6話
夢を、見た。
その夢に、アレンが私の目の前に立っていた。
―――――――嬉しかった。
夢の中とは言え、アレンに出会えた事が。
その長く揺らめく髪も、その綺麗な瞳も、その唇も、その細くひ弱そうな手も。
間違いなく、アレンだ。
だからこそ、私は初めて和らぎを得た感覚があった。アレンを抱き締め、このまま二度と離れない様に。昔の様に、笑って、喜んで、悲しんで。そんな当たり前な日常を取り返す為に――――――。
けれど。
「―――、―――、―――、―――――――………―――」
何か、アレンは言った。
確かに、口を動かして私に伝えたのだ。
だが、わからない―――――――聞こえない。
「何を」
「――――――――――、―――――――、―――――、―――、――――――――――」
その瞳は、確かに悲しみが滲んでいた。
とても、そして酷く。
しかも悲しみだけではなく、私に対しての怒りも感じ取れた。けれど、その怒りよりも悲しみが大きいことは一目で理解できる。
けれど、何故だ。
……いや、理由なんて簡単だ。
私が、アレンを裏切ったから。そして勝手に私が死んで、アレンを孤独にさせてしまったからだ。そもそもアレンは許してはいなかった。
それはそうだろう。
何せ、他の男共に股を開き性欲に溺れた愚かな妻。更には己が乱れた姿を夫のアレンに見せつけるという狂った事もした。そして―――――夫である筈のアレンを、傷付けたという紛れも無い事実。
そうか。
そうだったな。
こんな汚れた私が、気安くアレンに触れるとは……例え、夢の中であろうと許されるべきではなかった。
けれど、私は離したくない、離れたくはない。
何とも愚か者なのだ、私は。
己の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
それを自覚しておきながら私は己の本心が優先してしまう。本心というより、己の我儘だ。
義父上、義母上を、アレンの同族であるエルフ達を奴隷に追いやった原因でもある私は、こんな感情までもコントロールが出来ない。もしや、王子達に投与された薬物の影響しているのか。
転生したのに。
けれど、転生したとしても私の罪が消えるわけがない。消えていいものでもない。
「―――、―――。――――。――――――、―――――――――――……―――、――――――――――――――――。―――、―――――――――――――――――――……」
あ、あぁ、アレン。
何故だ、何故なんだ。
私は、アレンの声が聞こえない。
アレンの、声が、何一つ聞こえないんだ。
罵詈雑言、何でも構わない……聞かせてくれ、アレンの声を。私の名を。
「!―――、―――――!」
な、何だ……?
アレン、こんな愚かな私に何故強く肩を掴むんだ。なんで、何か必死に訴える。その瞳も、私に対する憎悪は何一つ無い。ただ、何か大事な事を必死に伝えようとしているのだけは、こんな私でも理解ができた。
「アレン、聞こえないんだ。一体、何を私に――――――」
「――、――――………ッ!?!?」
その瞬間、アレンに異変が起こった。
アレンが、私の身体を突き飛ばしたのだ。私は拒絶されたと、惨めにも尻餅を付いてしまい呆然するしかなかった。そして恐る恐るアレンの姿を見上げた瞬間、絶句する。
「……―、―、―゛―゛―――――」
「ぁ……そ、そん、な」
アレンの胸に、血に染まった真っ赤な細い腕が生えていたのだ。
ゴボッと口から吐血するアレンは呻き超えを溢しながらもその痛みに耐える様にしている。そしてその真っ赤な鮮血は私の目の前に滴り落ちていたのだ。
何が起こった?
いや、背後から何者かがアレンを襲ったのだ。
直ぐに私はアレンが再び失ってしまうという絶望に駆られ、激情に染まり背後にいるであろう何者かを殺す為に身体を動かそうとした。
だが、その前に胸から生えた細い腕が抜き取られ、力無く彼が崩れ落ちるように倒れたアレンが私の元へ倒れてきたのだ。即座に受け止めた私は、アレンの名を何度も何度も叫ぶ。叫んで、叫んで、その時の私は涙等で顔がぐしゃぐしゃになってしまった。
だってそうだろう。
夢だとしても、アレンがまた死んでしまうのだから。
嫌だ、一緒にいたい、と叫んでもアレンの身体はピクリとも動かない。そして私を映し出していた綺麗な瞳も、身体の温もりも消えてしまう感覚が確かにあったのだ。夢なのにも関わらず、現実と変わらないこの現状が、余計に私の思考を混乱させ鈍らせていく。
私の声は届かず、身体も動かないアレンを抱き抱えた私は殺意を込めて、アレンを殺した者を姿を目の当たりにした時。
今度こそ、私の思考は止まってしまう。
「やあ、久しぶりだね。愛しい愛しい――――――ボクのスカサ」
そこに立っていたのは。
アレンの姿をした何者か、だ。
だが、アレンは今私が抱きかかえている。そして目の前に立つアレンは容姿こそ瓜二つなのだが、真珠の様に白い肌が褐色に。金髪だった髪は墨汁に染められた漆黒のそれである。
普通ならば、アレンではないと思うだろう。
しかし、だ。
「だれ、だ……」
「酷いなぁ、スカサ。ボクにあんな事を見せ付けて、剰えそのままボクを殺そうとしたじゃないか。それに、君のせいで両親は死んで、同族もほぼ全滅さ。そんな仕打ちをしたボクに対して―――――――『だれだ』だ、なーんて……本当に、酷い人になっちゃったんだ。悲しいな、苦しいな……でもねスカサ。そんか酷い君でも、ボクは愛してる。愛してるよ。ボクをこんな姿にした君を、憎たらしい程愛してる。あぁ、そんな顔しないで。そんな怯えた姿の君なんてらしくないよ。そうでしょ。どんな相手も勇敢に立ち向かう君は――――――って、そうか。もう君のイメージは淫乱な君の姿にしか印象に残ってないね。悲しいね、酷いね、ボクは。けど、あんな淫乱な君も愛してる。あんなにボクを、裏切った君も愛してるから――――――」
ねっとりとした声と共に真っ赤に染まった右手を私の頬に触れて優しく撫でるアレンの姿をした何者かに、私は恐怖を抱いてしまう。
そして気付けば、抱きかかえていた筈のアレンの身体は身体が崩れ灰の様に消え去っていた。私は空になってしまった腕の中から消えたアレンを探そうと目で見渡すのだが、目の前のアレンの姿をした何者かに両手で頬を触れて強引に向かす。
「ボクはここだよ、スカサ」
「おま、えは……」
「……あぁ、本当に、本当にッ!酷いなぁ、スカサは!この、ボクの姿を見て、偽物とか思っんでしょ?言ったよね。ボクの姿
―――――スカサ。君のせいでこんな姿になったって」
「ちが、う。お前は、アレンなんかじゃ――――」
「違わないよ?ボクは、紛れも無くアレン本人だ。ほんと、酷い女だよスカサ。正直、幻滅したよ――――――あ、違うか。君が裏切った後の事、そして君が死んだ後の事、知るわけがないもんね。仕方がないか……うん、仕方がないね。色々あったんだよ、君のせいで同族にも狙われたんだから」
「……ぇ」
同族に、エルフに、狙われた?
「同族に恨まれて……何度殺された事か。エルフだけじゃない。他の種族……ううん、違う。ボク以外全てが、ボクを敵と見なして殺しに来たのさ。裏切り者、異端者、蛮者……色んな事を言われたよ。中には仲間だと装って寝込みを襲われた事もあるんだ。しかも賞金も賭けられててね。世界最悪の犯罪者、だってさ。ほんと、嫌になるよ。ね、スカサ。君のせいで、ボクは人類の敵で嫌われ者なんだ。誰も耳を傾けてくれない。誰もがボクを殺しに来る。その中には神様とか一杯いたんだ。神様までもが、ボクを殺しに来るなんて……ふ、ふふふ♪なにも、なにもしていないのにね。ただ、君を救おうとしただけなのに、なんで?なんで、ボクは襲われるの?なんで敵になるの?」
そんな事が……私は、アレンの事を知っていない。苦痛に満ちたアレンの姿をした何者か―――――いいや、アレンなのだろう。間違いなく。
私は、私が知るアレンは、アレンの本の一部しかわからない。私が裏切り、国から追い出した後何があったかはわからない。私が死んだ後の事も……。
私は、知らないんだ。
結局、散々アレンを苦しめておきながら。
罪悪感を抱いていたのにも関わらず。
知ろうと、していなかった。
だからこそ目の前にいる変わり果てたアレンの姿は、私が裏切った爪痕。私が犯した罪そのものだ。
「――――――でも、嬉しいんだ。スカサが、ボクの心臓を吸収してくれたから。やっと、また一緒になれるんだから」
嬉しい、のか。
そうか。
私も、私も、アレンと一緒にいたい。
あの時夢見ていた様に……妻としてではなく、スカサとしてアレンと一緒にいたいんだ。だから、アレンが嬉しいというのなら、私も嬉しい。ただ、それだけで、私は幸せなんだ。
「だけど、まだ足りない。スカサ、ボクはスカサと永遠に共に居たいんだ。だから、ね?スカサともっと、もっと、一緒になりたいから……探して。ボクの身体を。ボクを、集めて。そうすれば、ボクとスカサは完全に、一緒になれるんだ」
「元からそのつもりだ、アレン」
お前の身体を取り戻す。
だから、待っててくれ。
必ず、必ずバラバラになったアレンの身体を取り戻す。それこそが、私がすべき償いなのだから。何より、私はアレンと一体化した瞬間が何より幸福なんだ。
「うん……うんっ!嬉しいよ、スカサ。愛しい愛しいボクのスカサ。君の身に危険が訪れたら、その時はボクが助けてあげる。だから、期待してるよ。今度こそ、ボクを裏切らないでね」
「あぁ。今度こそ、必ず――――――――」
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スカサの姿が消え去り、一人残された褐色肌と黒髪のアレン。ただ一人取り残された白い空間を見上げていた。何を考えているかは不明だが、不敵な笑みを浮べている。
「あぁ行っちゃった。夢から覚めちゃったんだね。でももう少し――――――――ッ」
その瞬間、彼の身体に幾つもの細い槍が四方から串刺しされてしまうのだ。右手は貫かれた衝撃で吹き飛び、左脚は太腿に突き刺さった事により微かに身体がフラフラとよろけるのだがそれでも倒れる事はない。
「ああ、君か」
「……」
微かに首を動かして、横を見るとそこには最初にスカサの前に現れていたアレンの姿があった。そしてその彼はスカサがよく知るアレンの姿そのもの。そんな彼の頬には涙が伝い、悲しみの表情に染まっていたのだ。
それと同時に、怒りもあった。
勿論、その矛先は串刺しにされた偽物の様なアレンにだ。
「―――……」
「怒ってる?けどさ、もう止まらないよあの女は。ボクが今更何を言おうと、彼女はバラバラになった身体を全て取り戻す。それに、あれだけの仕打ちをしてきたんだ。彼女にはうんと苦しんでもらわないとさ。そうだろ?これは君も望んでいた事じゃないか。勿論ボクもね」
「―――――ッ!―――、――――――ッ!!!」
「ふふふ♪さあ、楽しみに待っておこうよ。それまで君の相手はボクがしてあげるからさっ♪」