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1(朝のはじまり)

 何だか幸せな夢を見たので、今日はとてもいいことがあるような気がした。

 カーテンを引いて窓を開けてみると、六月には珍しいくらいの青空が広がってる。気持ちのいい青さが目に染みこんで、吸いこむと何グラムか体の軽くなりそうな空気が街を覆っていた。まだ目覚めたばかりの景色は、どこにも汚れがなくてきらきらと静かに輝いている。

 ぼくは大きくのびをして、半分眠っているような太陽の光をいっぱいに吸いこんだ。体のどこかにあるネジが巻かれて、自分の中の時間が動きだすのがわかる。一日のスタートとしては、まずまずの出来だと思う。

 それからぼくは、向かいの家にある凛香(りんか)の部屋の窓をのぞいてみた。

 一階部分の短いスレート状の屋根の先に、彼女の部屋の窓がある。屋根を伝っていけば簡単に行き来できる距離だし、実際にぼくたちはそれをよく使ってる。「カイとゲルダの屋根裏」と凛香は呼んでいた。アンデルセン童話にある、雪の女王からとった名前だ。

 今、凛香の部屋の窓は閉まっている。カーテンも引かれたままで、密度の濃い沈黙がそこにはあった。そこではまだ、夜の時間が続いているんだ、というふうに。

 ぼくの隣の家に住む森凛香(もりりんか)は、ここしばらく中学校に通っていない。

 しばらくというのは、一年の終わりから、進級して二ヶ月くらいのこと。授業の単位なんかはレポートの提出で認められているそうだけど、いわゆる不登校というやつに違いはない。凛香がいつまでそうしているつもりなのか、ぼくにはわからなかった。少し前だったら、窓の外をのぞくとそこには大抵、凛香の姿があったのだけど――

 ぼくはしばらくのあいだ、彼女の部屋の窓をじっと見つめていた。そうすれば、何かの拍子に姿を見せたとき、いつもみたいに挨拶ができるだろうと思って。そして挨拶さえすれば、砂時計を引っくりかえすみたいな簡単さで、みんな元通りになるような気がして。

 でも凛香の家の窓は開く様子はなかったし、それは百年くらい待っても同じように思えた。

 ぼくは仕方なく窓を閉めて、いつもみたいに朝食をとるために一階に向かう。

 そうしてカバンを持って学校に向かう頃には、今朝どんな夢を見たのかも、うまく思い出せなくなっていた。自分がどれくらい、幸せな気持ちだったのかも。

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