星へ行った少年
カルカレスの街はずれに、いつも星空を眺めている少年がいた。
この男の子はみなしごで、変わり者で有名な学者のファーランの家で育った。
空ばかり見ているようになったのは、おととしファーランが亡くなって、その姉の家に引き取られてからだという。
ファーランは、空をずっと高く昇っていくとまた別の大地があるのだと話していた。
星々は、神様が英雄を空に上げた輝きではなくて、遠い空にある丸い大地なのだという。しかも、ここの大地さえ平らではなく、丸いのだと言って街の人々に笑われていた。
ファーランの話を聞くのは、いつも少年ひとりだった。いつでも、とても熱心に耳を傾けた。
なぜなら、少年はそれが本当のことだと知っていたからだ。
彼は夜の帳が下りると、聖マイアスの高い塔の一番上の部屋へ行って、星空を眺めるのだった。
カルカレスの中心街は、早朝から農作物の豊富な市場となる。
辺り一帯に住む者はみな農業を営んでいる。だから、物語の英雄たちは遠い存在であり、人々の関心は恵みの大地と太陽にあって、星空には全くなかった。
実は、星の位置を観察してファーランが暦を作ったのだが、人々は暦を取り入れても、その作り方にまで関心を持とうとはしなかったのだ。
いつも夜空を見に行く少年を、ファーラン以上の変わり者と街の人々は評した。
ファーランの姉は、そんな少年を決して心配していないわけではなかった。少年は星を眺めることを語りたがらない。このところ、明け方まで塔から帰ってこないこともある。
秋の収穫期を前に、少しずつ夜は長引き、寒さを感じるようになっていく。
あまり干渉するのは良くないと思いながらも、ある夜、ファーランの姉は一人の女の子に毛布を持たせて、少年の様子を見てくれるように頼んだ。
隣町から遊びに来たという、知らない子のほうが、かえって打ち解けるのではないかと思ったのだ。
焼き菓子の入った袋をもらった少女は、喜んで聖マイアスの塔へ向かった。
塔の一番上の一番奥の部屋に少年はいた。
姿を見つけた少女は、その場で立ち尽くす。少年の横顔には、夢見るような瞳が輝いていた。
星々は、その視線の彼方にある。
少年は少女に気づいた。少女はためらいがちに声を掛ける。
「あたしは、ティナ。あなたは?」
星空を見つめていた瞳が、少女に注がれる。
「ここへ来てからは、ルジェ。前の名前はうまく発音できないんだ」
「?」
「ルジェって呼んでいいよ」
少年は微かに笑った。
少女は少年の傍へ来て「星が好きなの?」と尋ねる。少年は答えず、しばらくしてからこう語った。
ここに生まれる前、ずっと遠くにある星で暮らしていたのだと。
そこはここよりもずっと暮らしは豊かで、街並みや景色の美しい世界だったらしい。ここではみなしごの彼にも、むこうでは家族や仲間がたくさんいた。
だから、今はとても寂しくて、懐かしい星を毎日のように捜しているという。
「でも、もうここには長くいないよ。銀色の光が時々来るようになったんだ」
「銀色の光?」
「そうだよ。銀色の光がぼくを星まで乗せていってくれるんだ。この間、ぼくはその光と約束をしたんだ。ぼくの星に連れて行ってくれるって」
少年は少しだけ声を落とす。
「あと七晩たったら、なんだ。おばさんが心配するから絶対に言わないでね。ぼくは銀色の光とリドリス山の頂上で待ち合わせをしているんだよ」
「リドリス山なんて、何にもないところじゃない。そんなところに、誰も来ないわよ」
「でも、光は来るよ。この辺では、星に一番近い場所だもの。おじさんが死んじゃってから、ぼくは星に行きたいと思って、ずっと星空に祈ってたんだ。ぼくの星に願いが届いたんだよ!」
少年の瞳は、また夢見るように輝いた。
少女は、少年の話を本気にしなかった。少年の様子だけファーランの姉には話したが、それ以上は誰にも話すことなく、隣町へ帰っていった。
しかし、それから七晩たって、本当に少年の姿は消えてしまった。少年を知る人々は心配してあちこち捜し回った。だが、消息はまるで知れなかった。
そんなある日、真夜中にリドリス山で銀色の光を見たという噂が市場から伝わってきたのだ。
市場には、知識人と交流があって、星空の彼方について知る者も来ている。この噂をきっかけに、そのことを語る人たちも出てきた。
それは、ファーランの言葉が嘘ではなかったことを示していた。
夜空を心に留めなかった人々にも、この話は広まっていった。隣町の少女のところにも伝わった。
少女は、ファーランの姉に会いに行き、少年の言葉を語ったのだ。
「あの子は、本当に銀色の光に連れられて、住んでいた遠い星へ行ったのかしら」
ファーランの姉が呟くと、少女は頷いた。
「きっとそうだよ。ルジェはね、本当はみんなが星の子だって言ってた。みんながこことは違うところで、別の人だったんだって。みんなずっと前にいくつもの星で、いろんな人に生まれているんだって」
いくつもの星で、いろんな人に生まれている――その言葉は、人々の心に沁みとおっていった。
かつて住んでいた世界を、自分たちも見られないだろうか。
人々は、星空を見上げるようになった。
少年の心を、今はみんなが持っている。