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「シェリー……せっかくの初夜にこのようなことになって申し訳ない。そして、私は君にもう一つ謝らなければならないことがある」



 いまだ呆然と佇む息子達の間を縫って、竜王はシェリーの目前まで歩み寄ると彼女の手を取り、片膝をついてその美しい甲に口をつけた。



「どうかなさいましたの?」



 シェリーの問いに竜王はそっと目を伏せる。



「今日が初夜だということは十分理解している。しかし……その……急な仕事が舞い込んでしまって。本来であれば明日に回せばよいのだが、そうもいかない案件なのだ」


「まあ」



 つまり、竜王は今すぐ仕事に取りかからなくてはならず、シェリーと睦合っている暇はないといいたいようだ。


 シェリーは湖のような目を皿のように丸くして、右手で右頬を押さえる。


 残念だが、仕事であるなら仕方がない。夫婦になったのだから睦事などいつでもできるだろう。それに妻であるなら夫の仕事に理解を示すのは当たり前のことだ。


 しばし驚きに身を浸していたシェリーは、すぐに気を取り直して心得たとばかりにゆっくりと頷いた。



「わかりましたわ。わたくしとて今日から王妃となる身。夫に理解のある良き妻に、良き王妃になりたいと思ってますのよ?ですから、貴方様はわたくしを気にせず、仕事に向かってくださいまし」



 怒りもせず、落ち着いた様子のシェリーに竜王は僅かな安堵の表情を見せ、立ち上がると胸に手を当て一礼した。



「ご理解、感謝する」


「ええ……」


「本当に、王妃が貴方で良かった」



 竜王はそれだけ言うと、すぐに背を向け、二人のやり取りを見ていた子供達を引き連れ寝室から出ていく。


 シェリーはその姿を確認した後、何もすることがなくなったため、そのままベッドに潜り込む。


 室内は温められ、布団も今日のために誂えた一級品なのだろう。ふかふかでありながら心地好い。これなら良い夢が見られそうだ。


 そうシェリーは考えながら遠い異国の地で初めての就寝につくのであった。




 この時のシェリーは本当に竜王に急な仕事が舞い込んできたのだと信じて疑わなかった。


 だから気づくことはなかった。


 寝所を出ていった竜王の深紅の瞳の奥に暗く陰鬱な影があったことを……。







 ◆◆◆◆


 宴の翌朝はけして早くはない。


 もちろん使用人達はいつも通りに働くが、主の目覚めが遅いことを理解しているせいか、その空気はいつもよりも幾分穏やかだった。


 シェリーに着いてきた侍女のエマもいつもよりも遅い起床でありながらも、シェリーの部屋に向かう足取りはゆっくりとしたものである。


 とはいえ、昨日の出来事を何も知らないエマは初夜の翌朝なので部屋にシェリーがいる筈がないと思い込んでいた。


 だから、シェリーが朝早くから部屋で待機し、満面の笑みでエマを待ち構えていたことに彼女は腰を抜かすほど仰天したのであった。






「遅いですわ」



 部屋の真ん中で、柔らかそうなソファーに沈みこむように腰かける主にエマは瞠目した。その表情は明らかに不機嫌そうであり、麗しの顔には僅かな隈も見えていた。



「どうしてシェリー様がいらっしゃるのです?昨日は竜王との初夜でしたのに……」


「陛下は急な仕事で夜は一晩中執務室にいらしたの」


「そーなんですか?私、てっきりシェリー様が乙女の如く恥じらいながら、竜王様を殴り倒してきたのかと……」


「馬鹿なことを言わないでくださいな!」


「えー!だってシェリー様、一昨年言い寄ってきた侯爵子息を踏みつけて不能にしたじゃないですかぁ」


「あれは、酔っ払ったあの方がわたくしを無理矢理モノにしようとしたからですわ!わたくしは悪くありません」


「じゃあ、なんでそんなに不機嫌なんですか?あっもしかして、まだ乙女だから……」


「はしたなくてよっ!」



 シェリーは手に持っていた扇をおもいきり振り上げ、エマの頭をパコーンと叩いた。小気味の良い音が室内に響く。



「いったぁい!……シェリー様、酷いですよぅ」


「五月蝿いですわ」


「もうっ!シェリー様は見かけによらず暴力的なんですから!……でも、それなら何で目の下に隈なんて作ったんです?初夜が行われなかったのなら、ぐっすり眠れたでしょうに」



 初めての場所では眠れない……なんてシェリーが繊細な玉ではないことをエマはよく理解している。だてに古くからシェリーの侍女をしているわけではないのだ。


 エマの疑問にシェリーは眉をしかめて答える。エマは驚いた。何故なら彼女の口から飛び出したのは意外な話だったのだから。




 その後、シェリーは目を瞑り深い眠りにつこうとした。しかし中々寝付くことが出来ない。


 頭がゴツゴツする……とかブチブチいうのだ。


 どうやら枕の下に何かがあるらしい。


 シェリーは訝しげに思いながらも体を起こすと、確認するため、枕を掴み持ち上げた。すると何と、そこには驚くことに大量のゴキブリの死骸が転がっていたのだ。しかも御丁寧に数匹は生きていた。


 流石のシェリーもこれには体を仰け反らした。悲鳴を上げなかったのは彼女の高い矜持からである。


 これは一体、どういうことだろうか?


 この国は国王夫妻の寝室にゴキブリを仕込む風習でもあるのだろうか?いや、そんな無礼千万なことある筈がない。


 これもヴィーノの仕業だろうか?それとも別の者の仕業?


 シェリーの頭の中でけたたましく警報音が鳴る。


 もしかしてシェリーの輿入れを喜ばない者が彼の他にもいるのだろうか?



「これは……もしかしてわたくしへの警告?それとも挑戦?」



 ただの悪戯にしては質が悪すぎる。仮にもシェリーは竜国の王妃なのだ。


 一体誰が──?


 シェリーは今日出会った人達を順々に思い浮かべる。しかし、大抵の人は一言、二言言葉を交わしただけである。怪しい者など直ぐには思いつかない。


 シェリーは盛大なため息をついた。


 この竜国、能天気に生活できるほど甘くはないようだ。


 シェリーはそこまで考えて、国王夫妻の寝室をでる。流石にゴキブリと共に寝る趣味はシェリーにはない。


 自室に入ったシェリーはすぐに布団に潜り込んだが、先ほどの出来事のせいで眠気が吹っ飛び、眠れなくなってしまった。


 そして、そうこうしているうちに外は白み朝になる。それでもシェリーは一睡もすることができなかったのだ。








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