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波乱の新婚生活

 婚礼の宴はつつがなく終わり、シェリーは竜国の侍女に案内されて王より一足先に広間から退室した。


 なんといっても今日は初夜である。寝室に入る前に女性は色々準備をしなければならないのだ。


 けしてお酒が強いとはいえないシェリーは些かふわふわとした足取りで湯浴みや着替えを済ませた。


 たっぷりと体に塗り込まれた香油の良い香りが体から放たれ、自分の鼻腔を擽る。肌触りの良い絹を纏ったシェリーは侍女に案内され、国王夫妻の寝室に一人取り残された。


 当然のように室内の明かりは少なく、薄暗い。


 シェリーは今からやってくるであろう竜王を待ちながらベッドの端に腰かけ、かつて家庭教師に教わった寝所での作法を思い出していた。



 ──初夜ではお相手に全てお任せするのです。けしてはしたないと思われないように、けれど必ず終わった後は『素晴らしかった』と。



 素晴らしくなかった場合も素晴らしかったと云わなければならないのだろうか?と首を傾げると突然大きな音をたてながら扉が勢いよく開いた。


 驚いて音の方を見るとそこには意地悪く笑うヴィーノが立っており、ヴィーノはシェリーの姿をみつけるやいなや、手に持っている何かをぶん投げてきた。


 シェリーはとっさのことに動けず、その何かはおもいきりシェリーの胸辺りに当たるとポトリと膝の上に落ち、にょろにょろと動きだした。


 投げつけられたものの正体──それは一匹の蛇だった。


 シェリーはヴィーノと蛇を交互に見ながら顎に手を当てて考える。はて、この場合はどうすればよいのか?


 そういえば家庭教師が言っていた。もし、寝所にお相手の愛人が現れた時、けして慌てず、怒らず、威厳と風格を持って接すべしと。


 威厳と風格……とシェリーはボソリと呟く。


 威厳と風格いっても相手はまだ子供のヴィーノだ。どうしようもない。


 シェリーはそうベッドの端で考えあぐねていると、今度は静かな足音をたてて竜王が入ってきた。


 寝間着姿の竜王はヴィーノの姿を見つけると眉根を寄せて、低い声を出す。



「ヴィーノ……お前、ここで何を……」


「父上!」



 すると、廊下からパタパタと走る音が聞こえてきて、今度は慌てた様子のフレリックとヴァランが寝所に入ってきた。


 彼らは寝所の扉の前でしたり顔をしているヴィーノの姿を確認するとおもいきり顔をしかめた。



「ヴィーノ!やっぱりここにいたのか!」



 ヴァランが盛大なため息をついてヴィーノの襟首をぐんっと掴む。その瞬間、グエッと蛙の潰れたような声がヴィーノの口から飛び出した。



「ヴァラン……苦しい」


「黙れ。……ヴィーノ、今日は父上にとってもシェリー様にとっても大切な日だ。邪魔したら駄目だろう」



 フレリックは落ち着いた声で末王子を嗜めるが、言われた当の本人は不機嫌そうにふいっとそっぽを向いて鼻を鳴らす。


 そんな弟の様子に兄達は右手で額を抑え盛大なため息をつくのだ。


 仕方がないと長男のフレリックがシェリーに向かって九十度に腰を曲げ深くお詫びする。


「シェリー様……申し訳ございません。ヴィーノ……いや、この馬鹿弟がこんな所まで押し掛けてきて」



 フレリックの言葉に父親である竜王がふぅっと小さく息を吐いた。そしてシェリーの澄んだ青色の目を見ると申し訳なさそうに眉を下げる。



「シェリー……私からも詫びよう。息子が失礼なことをしたね。……それで、ヴィーノには何もされなかっただろうか?もしされたのなら遠慮なく言ってほしい」


 

 困惑しながらもきっぱりと言う竜王にシェリーは少し考えるも、ここは遠慮なく言わせてもらおうと口を開く。すると、膝の上でもぞもぞと動いていた蛇がぽとりと音を立ててシェリーの足元に落ち着いたのだった。


 今まで蛇の存在にまったく気づかなかった竜王と二人の王子は、にょろにょろとシェリーの足元で元気よく動く蛇の姿をその目に映し、愕然とした表情をした。そして事態に気づいたのだろう。確かに怒った表情で三人がヴィーノを見る。


 シェリーはその様子を少し眺めた後、ベッドから降りるとおもむろに身をかがめた。


 その瞬間、その場にいた全員からぎょっとする気配を感じた。


 シェリーは足元で動く蛇の首根っこを鷲掴むと、ぶらーんと蛇を宙に持ち上げたのだ。


 四人が呆気にとられ、シェリーを見つめる中、彼女はにっこりと微笑みながらヴィーノに尋ねる。



「この蛇は貴方のペット?」



 ややあって、ヴィーノは首を横に振った。



「あら、でしたら外に逃がしてもよろしくて?」



 更に尋ねると、ヴィーノは首を小さく縦に振る。


 シェリーはそれを確認すると部屋の窓の方へと蛇を手に持ったまま歩き、窓の扉を開け、目の前にある木の枝に蛇を乗せた。蛇はにょろりにょろりと這うようにシェリーの視界から消えていく。


 それを確かめ、シェリーは窓を閉めると再びベッドの側まで戻った。


 何故か室内が凍りつく中で、竜王がシェリーに向かって絹のハンカチを手渡す。



「どうぞ」


「あら、ありがとうございます」



 別に汚れたとは思わないシェリーだが一応手を拭いた。王はその様子を眺めながら苦笑した。



「蛇を素手で捕まえられる女性か……珍しいな」



 シェリーはその何とも言えない笑みを見つめ返し、艶然と笑った。



「あら、そうですの?ですがわたくし、蛇は嫌いではありませんの」



 そう言ってヴィーノを見る。



「女のくせに蛇が怖くないのかよ……」



 ヴィーノが不機嫌に不満げに聞いてくる。


 シェリーは首を傾げ一考した。どうやらヴィーノはシェリーが蛇に驚いて無様に悲鳴をあげるところが見たかったらしい。しかし。




「わたくしがこの世でただ一つ恐れるのは、蛇ではありませんのよ?蛇くらいどうということはありませんわ」



 優雅な仕草で口を手で隠しコロコロと笑うシェリーに、子供達は全員驚きに目を見張った。


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