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緊張した空気の広間がようやく和やかな雰囲気に変わり、楽士達が各々の楽器を奏で始める。
どうやらそのまま歓迎の宴を開催するらしく、皆は使用人達が持ってきた飲み物や食事を楽しんでいる。
子供達は慌てて飛んできた乳母によっていつのまにか広間から連れ出され、姿が見えない。
辺りは瞬く間に賑やかになり皆がシェリーを歓待の目で見ていた。
「一曲お相手願えますか、お姫様」
「ええ、喜んで」
先ほどのことなど無かったように軽口を叩く王はシェリーの手を引いて広間の中央へと歩く。
滑らかな円舞曲が始まると、王はシェリーの体に腕を回して支えた。体が密着して初めて分かったが、王は背が高く細身に見えても意外とがっしりとした体つきをしており、どこか頼もしさを感じさせる。
シェリー自身、女性にしては頭ひとつ分身長が高く、バランスのとれた二人の優雅であり洗練された踊りは、広間にいる者達の視線を釘付けにした。
恍惚なため息があちこちから聞こえる中、シェリーは自分を支える王に身を寄せた。
「ダンスがお上手なんですね」
「君こそね。流石は絶世の美女として名高いシェリー嬢だ」
顔が触れるか触れられないかのギリギリの距離で囁かれた言葉にシェリーは満更でもなさそうに頬を染めた。
「まあ、嬉しい。ありがとうございます」
そんな賛辞など言われ続けてきたシェリーだが何故か竜王に褒められると落ち着かない気分になった。彼の目があまりにも鮮やかな赤だからだろうか?
胸のざわめきを隠しふふっと楽しげにそして美しく微笑む新妻に王はじっと凝視するように見つめる。その視線にどこか吸い込まれそうな不思議な感覚がしてシェリーは恥ずかしげに顔を伏せた。
なんでしょう。陛下の目には不思議な力が宿っているのでしょうか?まるで精神を引き込まれそう……
まるで赤いブラックホールのように底の見えない彼の瞳にシェリーはほんの少しの恐ろしさを感じた。
やがて円舞曲は終わり次の曲に移る。次の曲は先ほどの円舞曲とは違い、ゆったりとしたステップで刻まれるスローダンスのものだった。
王はそのダンスを踊っている最中もじっとシェリーを見つめている。流石のシェリーもこの視線に耐えきれなくなってきたのか思わず口を開いた。
「あの、陛下……わたくしの顔に何かついていますか?」
巧みなリードの中、明らかに必要以上にシェリーを見つめていた王は、彼女の言葉に苦笑する。
「ああ、申し訳ない。君が噂以上の美少女でつい」
「まあ」
正直ですのね、とは流石に言わなかったが、シェリーは当然とばかりに微笑んだ。
そんなシェリーに王は優しげな眼差しで問う。
「だから……嫌ではなかったか?竜国に嫁ぐことになって。君なら引く手あまただっただろう」
「え?」
「しかも後添いとして嫁ぐ。……確か、君は自国の第一王子と婚約していたはず。勝手な言い分ではあるが何故この話をお受けになったのか疑問でね」
その問いにシェリーは一瞬考え込む。本当は有無をいわさず無理矢理馬車に押し込まれたからであるが、そんなこと今言う話ではない。
シェリーは穏やかな口調で答えた。
「わたくしは国に望まれて来たのです。今まで散々贅沢をさせてもらったのですから女の身で断れる立場でもありませんし……これが国の利益となるのなら当然かと」
シェリーの答えに王は一瞬真顔になりながらもすぐに元の穏やかな笑顔に戻る。
「そうか」
彼からのその後の追及もなく、二人は皆が見守る中三曲のダンスを踊り終え、やがて広間の奥にある二つの玉座へと腰かけた。
その後シェリーは与えられた食事を楽んだり、王と当たり障りのない談笑を楽しんだりと歓迎の宴を過ごした。
一方のエマは出された料理を前菜からデザートまで全て平らげつつ広間全体を見渡しながら首を傾げた。
この国の料理も飲み物も素晴らしく美味しい。あの開墾されていない土地で一体どうやって野菜や肉、魚を調達しているのか大きな疑問だか、それはまあ今はいい。
問題は広間に集まる竜国の貴族や使用人達である。彼らのほとんどは確かにシェリーを歓迎しているようだが、一部そうでない者達もいるようだ。彼らは一様に笑っているようで目が笑っていない。
それ自体は珍しいことではない。遠い異国の地からやってくる王妃を疎ましく思う家臣などどの国にもいるものだ。
しかし、あの王子達はどうだろう。特に末王子のヴィーノは明らかにシェリーに反感を持っていた。まあ、半分はシェリーの性格が問題なのだが。しかし、公衆の面前であんな風にシェリーに辛く当たるのはどう考えてもおかしいのだ。
もしかして、竜国でシェリー様が大きな不幸に見舞われるなんてことも……
エマの中で一抹の不安が過る。しかし、エマは考えすぎかと思い切りブンブンと頭を振ってその不安を打ち消したのだ。
まあ、シェリー様も傲慢、変人お嬢様ではあるけれど、頭は悪くない。大丈夫。なんとか魔の地でもやっていけるでしょう。
他国……しかも、竜人の住まう竜国での生活はまだ始まったばかりである。今から心配しても栓なきこと。
第一、一国の国王に嫁いだのだ。多少の困難は付き物である。
そう結論付けたエマは手に持つ葡萄酒を一口飲み、美しい新婚夫婦を眺め、新たに出されたデザートを食すのに没頭し始めたのだった。