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しかし、次の瞬間空気が一変する。
広間の正面にある一際大きな扉が勢いよく開き、三人の少年達が飛び込んできたのである。
「あっ!フレリック様、ヴァラン様!ヴィーノ様!」
側にいた大臣が慌てたように三人を見る。よくみれば他の皆も一様に慌てた様子だ。
シェリーは王に尋ねる。
「陛下、こちらの方々は?」
その時、三人の中でも一番小さな少年が王の言葉を遮るように口を開いた。
「おい。お前が新しい王妃か?」
シェリーを鋭く睨み付けながら、問う少年はシェリーの腰くらいの背をした王に似たプラチナの髪を持つ端正で華やかな容姿だった。彼の後ろにいる他二人の少年も睨みこそしないものの探るような視線をシェリーに送っていた。
「おいっ!黙ってないでなんとか言えよ!!」
少年は目を吊り上げて脅すように吠えた。その姿が実家で飼っていたよく吠える子犬の姿と重なり、思わず笑みがこぼれる。
「そういう貴方はどなた?」
「質問してるのはこっちだろ。いいから答えろよ」
軽く小首を傾げ問えば、少年は益々苛立ったように顔を歪ませた。しかしシェリーはそんな表情を向けられてもどこ吹く風である。
「あら、嫌ですわ。わたくし、礼儀を弁えない方に名のる名などありませんのよ」
瞬間、少年はぽかんとした表情になる。後ろで黙って見つめていた二人の少年も同様に。
しかし、言われた少年は自分が侮蔑されていることに気づいたのだろう。一瞬で顔を真っ赤に染め上げ怒りを露にした。
「なるほどな。よく分かったよ。お前、どうせ竜人なんて化け物だと思って馴れ合う気ないんだろ?傲慢でプライドばかり高くて自分本意。典型的な人間のお嬢様だな」
憤然と口を開きその可愛らしい犬歯を見せる少年にシェリーは悲しむでも怒るでもなく微笑んだ。これくらいの言葉は日常的に言われるため、シェリーにとっては耳にタコである。
「まあ、それは仕方のないことですわ。だってわたくし、これほどまでに美しいんですもの。生まれた時からこの美貌でちやほやされれば傲慢になるのも当然ですし、そのせいで変な嫉妬心や厭らしい視線に晒され続ければ、自然と性格も歪むものでしょう?」
きっぱりと告げる。すると視線の先でエマが頭を抱えるのが見えた。
「それで?貴方方はどこの誰ですの?」
その疑問に答えたのは隣で黙って話を聞いていた竜王だった。
彼は涼やかな顔で少年達を一瞥すると、すぐにシェリーに対して柔らかな笑みを向けた。
「ああ、シェリー。紹介が遅れて申し訳ない。この子達は私の息子達です。ほら、お前達も挨拶しなさい」
「はい、父上」
先ほどから無表情にこちらを見ていた黒髪少年が初めて口を開いた。そしてシェリーの方に視線を向けると、紳士的な礼をし少年特有の少し高い声で挨拶の口上を述べる、
「初めまして、シェリー様。僕はこの国の第一王子、フレリックと申します」
静かに大人びた表情で挨拶をするフレリックの隣で今度は同じ黒髪の、しかし先ほどの色のない顔から一転、子供らしくニカッと笑った少年が同じく一礼する。
「初めまして、俺はヴァラン。第二王子だよ。よろしくね」
人懐っこく右手を差し出すヴァランにシェリーは笑顔で答えた。
そして、次は先ほどシェリーに噛みついた一番小さな少年である。
少年は隣でシェリーに挨拶する二人の兄を見て面白くなさそうに頬を膨らませそっぽを向いている。まるで馬車に乗っていた時のシェリーのような態度だ。
彼はやはりシェリーに思うところがあるらしくいくら待っても自分の名を名のろうとしない。
シェリーはそんな少年の様子に仕方がないと苦笑し、少年に向けて花の咲くような笑みを浮かべた。
「初めまして、わたくしはシェリーと申します。今回、わたくしはこの国に嫁いできた身ですし、特別にわたくしの方から折れて差し上げますわ」
その言葉に少年はまたも憤りを込めた視線を向けるが、シェリーの隣に立つ父王が「ヴィーノ」と低い声で嗜めたため、渋々といった形でその細い腰を折った。
「俺の名前はヴィーノ。この国の第三王子」
「まあ、ヴィーノと言いますのね。良い名前ですわ。これから、母子として仲良くして下さいましね」
一人ことさら明るい声で告げ、ニコニコと笑うシェリーにフレリックとヴァランは面食らったように目をまんまるにしてシェリーを見つめ、ヴィーノは嫌そうに下から上へと彼女を眺めた。
「いや、あり得ないだろう。こんな女」
そんな新妻と子供達のやり取りを王はどこか色のない表情で観察するように眺めている。そして、一通り観察し終えると、再びシェリーに微笑んだ。
「シェリー。君のようにまだ年若い娘に三人の母親になれというのは酷な話かもしれないが、どうか仲良くしてやってほしい」
快活に穏やかにそう告げる王の瞳にどこか不可思議ないろが混じっている気がするのは気のせいだろうか?
しかし、いくらシェリーだとてそれをこんな婚礼真っ最中に指摘するなんて野暮なことはしない。先ほど生じた疑問をそっと胸の中にし舞い込み、誰もが目を奪われずにはいられない絶世の笑みを浮かべたシェリーは子供達の頬にそっと挨拶がわりのキスをした。