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 北へ北へと進み続けた馬車は四日をかけて、竜人が治める竜国へと入った。


 馬車はそこからさらに北へと走る。


 初めて見る竜国の景色。


 率直な感想は山と森が多い拓けてない場所である。


 平坦な土地が少なく、険しいまでの山脈がいくつもそびえ立ち、数少ない平地もあまり開墾されていないようだ。


 そんな山や森、そして村を抜けていって目的に着いた頃には辺りは真っ暗になっていた。


 馬車は人里はなれた森に入って行き、そして暫く林道を走った所で止まった。


 シェリーは窓の外を覗いてみる。するとそこには背の高い柵に囲まれた城の敷地があった。


 大きな正門は馬車が止まるとすぐに開き、馬車はゆっくりと中に入っていく。


 その中も外とは変わらず沢山の木々で埋め尽くされており、夜とはいえ、月の光すらも入らず暗闇が覆っている。


 そんな暗闇を進み続け、木々の中を通り抜けた先に石造りの大きな城がそびえ立っていた。馬車は城の前に着くとピタリと止まる。


 シェリーは先に降りた御者の差し出す手をとり、馬車を降りた。その瞬間、強い風がヒュウッと吹き、シェリーの輝く金髪をキラキラと靡かせた。


 見上た城は国の城とは違い簡素で飾り気もない味気のない城だった。それなりに大きいが石造りであり、尚且つ辺りを高い鉄鎖で囲っているのでどこか牢獄のような圧迫感すらもある。


 中から使用人が扉を開けたので、シェリーは城の中に入る。


 その城の中も随分と薄暗かった。もっと明かりを灯せばいいのに……と考えながら、辺りを見渡す。城内も外観と同じくらい飾り気もない簡素な作りである。廊下や玄関ホールには調度品の一つもなく見えるのは部屋に入る扉と階段のみ。



「変わったお城ですねぇ」



 思わずと言ったように呟いたエマにシェリーは同意するかのようにこくりと頷いた。




 ◆◆◆◆



「ようこそ、シェリー・ウィン・アレクセイ嬢」



 城の奥にある広々とした広間に通されたシェリー達を待ち構えていたのはどこか気だるげながらも優美な雰囲気を醸し出す美しい青年王だった。


 その予想外の姿にシェリーは大きな目をぱちぱちさせる。



「エマ……どういうことですの?お相手の王様、ヨボヨボの爺様ではなくまだ全然お若いではありませんか!」


「知りませんよ!竜人と人間では寿命も時の歩みも違うといいますし……もしかしたら竜人の八十歳は人間でいう二十半ばを指すのかもしれません」



 笑顔を張り付け顔を固定しながら主従はひそひそと小声で互いに突っ込み合う。


 八十歳男性のイメージが覆された瞬間である。


 しかも枯れ木のようにヨボヨボとしたお爺さんばかりを想像していたシェリーは予想外の美形の登場に目を皿のように真ん丸にしながら驚く。


 杖はついていないし髪もしっかりとある。少しつり上がった深紅の鋭い目。高く鼻筋の通った鼻梁。薄く形の良い唇。プラチナの豊かな髪は後ろで軽く縛ってありどこか気品が感じられる。


 背も高く見事なスタイルの青年王にシェリーは軽く困惑し後ろに控えるエマはぽぅと頬を薔薇色に染めた。


 とはいえ、シェリーも上流貴族であり第一王子の元婚約者でもあった。一通りの礼儀作法は身につけている。


 シェリーは己の狼狽を瞬時に押し殺し、すぐさま笑顔の仮面で顔を覆うと、ドレスの裾を摘まみ驚くほど優雅にそして艶やかに口上を述べた。



「お初にお目にかかります。ライアムル王国から参りました、アレクセイ公爵が一人娘、シェリーと申します」



 柔らかな絹のドレスを翻し、腰を落とした瞬間、高く結い上げた髪からダイヤの髪飾りから見事な輝きが放たれ、耳飾りのエメラルドが優美に動く。


 シェリーは長い睫毛に縁取られた青い湖のような目を向けると、女神のごとく極上な笑みでにっこりと微笑んだ。



「まだ至らぬ点はあるかと思いますが、どうかよしなにお願いいたします」



 その場にいた家臣一同、シェリーのずば抜けた美貌と洗練された優雅な佇まいに感嘆の深いため息を漏らす。


 エマはその様子にこっそりと息をついた。久々の特上営業スマイルを見たなぁと。馬車の中のぶんむくれたシェリーとは百八十度違うその姿にもうただただ感心するしかない。


 例え、彼女の悪評がここまで伝わったとしても、今ので払拭されたのではないだろうか。皆が彼女の美しさに釘付けになっている。


 事実、彼女がいかに悪名高い令嬢かつ第一王子の婚約者だからといっても勇気を振り絞って求婚してきた勇者はいたのだ。


 何にせよ、後ろ楯の一切ない異国の地で彼女は最初から敵を作る気はないようだ。


 良かった良かったとエマはほっと息を吐く。



「こちらこそ、辺境の地によくぞいらした。竜人が住まう国であり君のような人間には住みづらい場所ではあるだろうが、どうか永久に寛いでくれ」



 そう言って、王はシェリーの手を取ると軽く甲に口づけ、彼女を広間の奥の祭壇まで案内する。そして竜国の礼式なのか、王は人間には聞き取れない言葉を一つ呟くと、どこからか取り出した紙に自分の名前をサインした。王に促され、シェリーもそこに自分の名前を書く。


 その瞬間、二人の婚姻は成立した。


 流石にその悪名と美貌が国中に広まる娘だからといっても、結婚式など初めての経験である。


 緊張からかはたまた計算か。頬を薔薇色に染めはにかむ姿のなんと清楚で可憐なことか。


 エマは思った。魔の地と呼ばれる竜国もこれなら何とか生活できる?


 目の前では麗しの美男美女のカップルが誕生している。


 結婚万々歳だ。


 どうかこのまま何も起きませんように。そしてこれを気にシェリー様が大人しくなりますように。


 エマはそう心の中で呟くと、どこにいるかも分からない神様に切実な祈りを捧げるのだった。

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