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竜国と生まれ育った国には交流がない。あるとすればシェリーのように花嫁としての輿入れくらいだろうか。
シェリーが生まれ育った国は度々竜国へ花嫁となる少女を送っていた。
竜国の力は強大だ。そもそも人間と竜人では基礎体力も能力も知能も寿命も何もかもが違いすぎる。そして竜国では何故だか女性が生まれることは限りなく少ないという。
竜国は人間の世界に干渉しないかわりに人間の女を求めた。自分達の同胞を産む腹を必要としていたからだ。そして人間の国は強大な力を持つ竜国から確実に攻められないという保険が欲しかった。『花嫁制度』は互いの利害が一致した結果生まれたのだ。つまりシェリーのように花嫁とされる少女達は国の利益の為の生け贄である。
竜国は訪れたら二度と生きては戻ってこれないと噂される魔の地である。裏を返せば今まで花嫁達が生きて自国に戻ってきたことがないといえる。そして互いに干渉しないと契約している両国でもあるため、よほどのことがない限り、情報など皆無なのだ。
「えーと、そうですねぇ……お嬢様の旦那様となられるお方は竜国の国王であるヴィナード様で御歳八十歳だそうです」
「見事な爺様ではありませんか!わたくしまだ花も恥じらう十七才の乙女ですのよ!?」
「まあ、竜人と人間では時の流れは違いますからねぇ。それに相手の方は初婚ではありませんし。まあ、右も左もわからないお子様に比べたら幾分マシだと思いますよ?あ、そういえば竜国には人間の国にはない不思議な食べ物がいっぱいあるそうで。いやはや楽しみですね」
「貴方は何をしに行くんです?」
シェリーは半眼で自分の侍女を睨み付ける。
うっとりと幸せな妄想を繰り広げていたエマはシェリーの視線にハッとし、ゴホンと咳払いを一つした後、姿勢をただした。
「あと、もう一つ情報がありまして……」
「なんですの?まだ何か?」
「亡くなった前の奥様との間には三人のお子様がいらっしゃいます」
「…………」
まるで何でもないというようにとって付けた言い方をするエマの隣でシェリーは黙りこくる。そんな様子に気づかない振りをしてエマは話を続けた。
「三人共、当然のように男の子だそうですよ」
「そう」
「別に子供くらいよいではないですか。シェリー様だって嫌いではないでしょう?」
明るく言ってみるがシェリーの顔色は優れない。やはり、初婚のシェリーにとってこぶつきの竜王が相手であることにショックを受けているのだろうか。それとも……。
「どうかしまして?」
困ったように眉を寄せ、視線を左右にさまよわせるエマにシェリーは訝しみ尋ねる。
エマは少し迷うような仕草をした後、意を決したように口を開いた。
「恐れながら、シェリー様。第一王子のアレン様は確かに貴方様を好いていましたわ。あの方が男爵令嬢を選ぶなんて何かの間違いです」
「間違いではなくてよ。わたくしは確かに彼から婚約破棄を言い渡されたのですから。そして父の話によると次の婚約者はその男爵令嬢だそうですの」
「だとしても。きっと何かしらのカラクリがあるに決まってます。ねぇ、シェリー様。今からでも遅くありません。国に戻って調べましょう。そして男爵令嬢の悪事を白日のもとに晒しましょうよ!シェリー様がこのままやられっぱなしなんてらしくないですよ……!!」
悲壮感さえ漂うような言葉である。シェリーは苦笑した。
「別に男爵令嬢のことなんてどうでもいいんですの。それにわたくし、竜国に嫁ぐことに対してそれほど嫌ではありませんの」
「嘘です。さっきまでおもいきりぶーたれていたくせに」
「それは騙し討ちのように馬車に押し込まれたからですわ。嫁ぐことに何ら不満はありません」
シェリーはにっこりと何の憂いもなく微笑んでみせる。
「それに竜人とはいえ一国の主……つまり国王様が旦那様なのでしょう?わたくしのお相手としては悪くありませんし、きっとすぐにわたくしの美貌の虜になりますわ」
相変わらずの強気発言である。人間、圧倒的な美しさを持って生まれるとこうも傲慢になれるのか。
「それにわたくしだってあの国に生まれ、あの国に育ちました。つまりずっとあの国の世話になったということ。でしたら国にとって有益な方を選ぶのは当然ではありませんこと?何も問題ありませんわ。例え旦那様がヨボヨボの爺様でも大したことありません」
そこまで言ってシェリーはにっこり微笑み黙する。
エマはその表情を見て諦念の笑みを浮かべる。
無駄だった。
シェリーはもう竜国に嫁ぐことを決めたらしい。一度決めたらてこでも変えない人なのをエマは誰よりも知ってる。
エマ自身、彼女といたらどこにいても退屈することがないので竜国だろうが魔の地だろうが付いていくだけだ。
馬車の中に静寂が訪れる。
中身が空っぽの馬車と彼女を乗せた豪奢な馬車はしんしんと雪の降る山を進んでいった。