表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/31

4

  低く唸るような声にシェリーはにっこりと笑った。


  鼻息荒くじろりと見上げるヴィーノを見つめ、口を開く。



「お母様が大好きで大好きで仕方がないなんて……ヴィーノも可愛らしいですね」


「何言ってるんだよ、お前」



 怪訝な顔で佇むヴィーノの傍らに立つフレリックとヴァランは軽く頬をひきつらせていた。



「……こんな時にもシェリー様は喧嘩を売るんですね」


「ある意味尊敬するよ」



 しみじみと呟かれた言葉に首を傾げる。何故かシェリーらヴィーノに喧嘩を売ったことになっていた。意味がわからない。



「わたくしは本心を口にしているだけでしてよ?それに、自分のお母様が大切なのは当然ではありませんか。母を愛しいと思う感情を恥ずかしいと思うなんて不思議で仕方がありませんわ」


「ふんっ。お前の母親なんてお前と同じ見てくれだけの傲慢変人女なんだろ」



 腕を組み、そっぽを向きながら苛立たしげに吐き捨てたヴィーノにフレリックが咎めるような視線を送った。


 シェリーはヴィーノの言葉にきょとんとした後、苦笑する。



「確かにわたくしは正真正銘の性格がねじまがった美人ですけど、お母様は違いますわ。彼女は正真正銘の完璧な淑女でしたの。優しくて明るくて品行方正な」



 シェリーが微笑みながら懐かしむように言った。ヴィーノはその話に少し意外そうな表情で目をしばたかせた。



「ふーん……お前に普通の感性の母親ね。想像できないけどな」


「あら、そうかしら?」


「つーか、お前みたいな女が人間の腹から生まれてきたこと自体、不思議でならないよ」



 ヴィーノはシェリーを何だと思っているのか。まさか、木の根や畑の土から生まれたとでも思っているのだろうか。失礼な話である。



「わたくしは人間ですもの。人間から生まれてくるのは当然でしょう?」



 笑顔で言うとヴィーノは黙りこんだ。そして、ふと何か思い付いたような表情で言う。



「お前の母親はお前が竜国に嫁ぐのを反対しなかったわけ?お優しい人間の母親なら絶対止めるだろ普通は」



 ヴィーノの言葉にシェリーは目を見開いた。もしかしてヴィーノは知らないのだろうか?他の兄弟達を見てもどうやらシェリーの母親のことを知っている顔ではない。


 シェリーは口許に人差し指を当て考えた。


 もしかしたら父親の竜王が意図的に教えなかったのかもしれない。母親を亡くした幼い子供達にはシェリーの母親のことを話すのは躊躇われたのだろうか。それとも何か別の意図があるのか。だとすればどう答えたら良いのだろうか。


 シェリーは少し悩んで、結局素直に答えることにした。


 竜王にどんな意図があったとしてもシェリーには関係がない。それに子供の疑問に答えるのも母親の役目だ。



「貴方達は知らなかったのですね」


「はぁ?お前の母親の気持ちなんて知るかよ」


「そうではありませんわ。わたくしのお母様はわたくしが幼い頃に死んでしまいましたのよ」



 瞬間、ヴィーノが目を皿のように見開き硬直した。フレリックとヴァランも同じような反応をする。


 単純に驚いているのか、それとも別の何かを考えているのか。しかし黙り込むだけなので話を続けた。



「お母様は自身の妹の代わりに毒をあおったのですわ。つまり毒殺されたのです」



 はっとか細い息を吐き出したのは誰だろうか。毒殺といえばアルフレッドの件が身近に起きているので記憶がフラッシュバックしたのかもしれない。


 三人とも愕然とした表情でシェリーを見つめる。


 それから数拍の沈黙の後、最初に口を開いたのはフレリックだった。



「すみません、シェリー様」



 口許に手を覆い、謝罪を口にしたフレリックにシェリーは首を傾げる。



「何故、謝るのです?」


「それは……その……。知らなかったとはいえ……シェリー様を傷つけた……」



 彼にしてはゴニョゴニョと歯切れの悪い言い方である。


 シェリーはふっと失笑した。



「別にわたくしは傷つけられてませんわよ」



 瞬間、三人は目を剥いた。シェリーはスッと目を細める。



「お母様の毒殺の件は祖国では有名でしたし、皆が知っていましたから。心にもないことをいう意地の悪い者もそれなりにいましたしね」



 顔は極上だが性格が最悪のシェリーである。当然、ほとんどの女の子に嫌われていたので、ヒソヒソとしかししっかりとシェリーに聞こえるような声で毒殺の件の噂話をするのだ。


 酷薄に笑うシェリーを三人は静かに見つめる。そして今度はヴァランが口を開いた。



「犯人は捕まったの?」


「……憐れな実行犯なら見つかりましたわ。もう、この世にはいませんけど」


「え……?」


「自らも同じ毒を飲んだのですわ」



 唖然としたようにヴァランはぽかんと口を開ける。



「まさか……復讐?」


「はい?」


「シェリーがお母さんの為にそいつに復讐したの?」



 不可解な言葉を投げつけられ、シェリーは目をぱちぱちと瞬かせた。なぜ、そこまで話が飛躍したのか。それに……



「何故、わたくしがお母様の為に復讐をしなければならないのですか?」


「それは……」



 言い淀むヴァランにシェリーは傲然と笑った。



「お母様の為の復讐になんの意味があるのでしょう。復讐をしたところで、お母様が生き返るわけでもないし、お母様が喜ぶわけでもありません」



 死人は何をしたって生前のように生きて血色の良い笑顔を見せてくれるわけではない。生前のように感情があるわけではない。



「わたくしがお母様の為に復讐だなんてありえませんわ」



 きっぱりと言いきるとシェリーはにっこりと笑い、いまだに頭が追い付かず呆然と立ちすくむ三人をおいて、階段を降りていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ