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3

 その後、エマは仕事に戻った為に暇をもて余したシェリーは城の中を探索しながら竜王の執務室に向かうことにした。


 辺りを見回し、相変わらず殺風景な城内だとシェリーは苦笑する。


 すれ違う使用人も少なく、シェリーの生家の公爵家よりも明らかに数はない。半数以下だろう。


 シェリーは少し行儀が悪いと理解しているが、人気もないので鼻歌を歌いながら廊下を歩く。


 そして竜王の執務室に続く階段を登っている最中に、階段から降りてくる三人の王子達と遭遇した。


 三人はシェリーを視界に入れて、各々全く違う表情をしながら足を止める。フレリックは無表情に、ヴァランは満面の笑みに、ヴィーノは心底嫌そうに。



「おはようございます、シェリー様」



 フレリックが弟達を代表して律儀に頭を下げる。


 シェリーもその場で足を止め、三人を見つめた。



「ごきげんようフレリック、ヴァラン、ヴィーノ」



 そう返す声はいつも通り、聞くものをうっとりさせるような美声だが、三人の表情はいつも通りである。むしろ、ヴィーノにいたっては何故かさらに顔が険しくなった。


 シェリーは三人の顔を順々に見つめ、にっこりと微笑む。



「今日も良い天気ですわね」


「はぁ?外は猛吹雪だぞ。どこがいい天気なんだよ」



 犬歯を剥き出しにしてヴィーノが噛みついてきた。シェリーは大きな目をぱちくりさせる。


 確かに窓の外では雪がもの凄い勢いで吹雪いている。外に出たらきっと目も開けていられないだろう。客観的に見たら良い天気と言うのはあきらかに語弊があると考える。しかし……



「今は冬ですのよ。確かに生身で外に出るのは大変かもしれませんが、情緒のある冬らしい天気ではなくて?……ヴィーノはまだお子様だからこの素晴らしさが理解できなくても仕方がありませんけど」



 ヴィーノのこめかみに青筋が浮かんだのはいうまでもない。兄たちは苦笑しながら二人を見ていた。



「それに晴天だろうが曇天だろうが吹雪だろうがわたくしがその場にいれば高名な画家が今すぐ描きたいと思うほどに素晴らしい景色になりますわ」



 胸に手を当てて艶然に微笑むシェリーを見てヴィーノは異質な者を見たように顔をひきつらせて、ガックリと肩を落とした。



「もうお前、わけわかんねぇよ」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」



 可愛らしい子犬を見つめるような目でヴィーノを見上げるシェリーにヴァランは尋ねた。



「もしかしてシェリー、父上に会いに来た?」


「そうですわ」


「あーだったら残念だったね。父上は今いないよ。何でもちょっとしたトラブルがあったみたいで、大臣達と別の部屋で話しこんでいるみたい」


「まあ……そうでしたの」



 本当に残念……とシェリーは嘆息した。


 竜王がいないなら執務室に行っても意味がない。そう思い踵を返した。しかし



「ちょっと待て」



 後ろからヴィーノがシェリーを呼び止めた。シェリーが振り向くとヴィーノはふて腐れた表情で見下ろしていた。


 シェリーは首を傾げる。



「なんですの?」



 尋ねるシェリーにヴィーノは半眼で不満を全面に押し出したような顔で言った。



「お前……毎晩父上の元に通うことを許可されたようだな」



 シェリーは黙って首肯した。この件はすでに城内の者であれば誰もが知っていることだし、隠すことでもない。


 静かに肯定したシェリーにヴィーノは何故か愕然とした表情をする。眉根を寄せて睨むその姿はどこか警戒しているようにも悲しんでいるようにも見えた。


 シェリーはそんなヴィーノを見つめてふと尋ねた。



「ねぇ、ヴィーノ。もしかしてわたくしが陛下に近づくのを嫌がる一番の原因はマーニャ様ですの?」


「は?」


「貴方はわたくしが陛下に近づくことでマーニャ様が傷付くと思ってますのね」



 シェリーはきっぱりと断言するように言う。ヴィーノの顔が徐々に強張り、フレリックとヴァランも表情を険しくさせた。



「なんで……」


「貴方がマーニャ様を愛していることなんて見ていればわかりましてよ。貴方はお母様の居場所がわたくしにとられると思って、こんなにも反抗的なのでしょう?」



 目を丸くし硬直するヴィーノを前にシェリーはさらに続ける。



「でもそんなことを考えても無駄でしてよ。だって亡くなった者に感情なんてないのですから。安心してわたくしに陛下を任せてください」



 にっこりと微笑めばヴィーノは目を皿のように丸くした後、一気に顔を怒りで硬直させ、目を吊り上げた。



「お前……ふざけてるのか?」


  「あら、何がですの?」


「母上を侮辱しただろっ……!」



 シェリーはきょとんとした顔をする。



「侮辱なんてしてませんわ。わたくしはただ、事実を述べただけでしてよ」


「ふざけるなっ!!!」




 ヴィーノの怒号が響く。シェリーはその声に目を見開いた。



「お前に母上の何がわかる!お前なんかに何がっ!!」



 癇癪ともとれるヴィーノの叫びにシェリーは拳を顎に当てて考える。何がわかる……と言われても何もわからない。なぜならシェリーはマーニャではないからだ。


 黙りここくむシェリーにヴィーノの勢いは止まらない。



「母上はずっと苦しんでいたんだ!ずっとずっと。なのにお前は毎日能天気に笑いやがって……!」


「…………」


「母上は父上に滅多に会うことはなかったのになんでお前は毎晩も……!父上だって最低だ。母上の気持ちなんて考えてもくれない」



 爆発したように喚くヴィーノを呆然と見つめ、シェリーは思わずと言ったように口を開いた。



「ヴィーノ……貴方本当にお母様が大好きなんですのねぇ」


「……はぁ?」



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