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 挑発するなとはどういう意味だろう。もしかしたら竜王は少なからずシェリーを意識しているということだろうか。だとしたらもう一押ししてみたら……


 そう淡い期待を持って口を開く。



「なぜ、挑発してはいけませんの?」


「他の男はどうかは知らないが、私は一度肌を重ねた相手に対して情を持たずにはいられないんだ」



 憮然とした顔で竜王は言う。なんだか引っ掛かる物言いである。


 これではまるで、情を持ちたくはないが為にシェリーを拒絶しているようだ。一体何故だろう?


 考えてはみるがやはり何も思い浮かばない。竜王の表情からも感情を読みとくことはできない。相変わらず厄介な相手だと思い知らされる。



「陛下はわたくしが相手でも情をお持ちになるのですか?」


「そうだな……いかに君が性格が悪く変人だったとしても多少の情くらいは持つだろうな。私は冷血漢ではないんでね」



 なんだか少しイラッとしたのは仕方がない。妻に関心を持たないようにする夫は十分に冷血漢だ。


 シェリーは快活な笑みを浮かべる竜王を半眼で眺める。


 なんと胡散臭い笑顔だろうか?シェリーも口の悪さは自覚しているが、この男も相当である。しかもシェリーとは違い本心を見せない為に毒を吐くのだから尚更性質が悪いのではないだろうか?



「本当に陛下のお腹の中の真っ黒さには呆れを通り越して感心しますわ」


「そんな私に喧嘩を売る君もなかなかだがな。君の場合はたとえその腹の中を洗濯してもこびりついた黒さは落ちないだろうが……」


「まあ、陛下。竜人はどうか知りませんが、人間は洗濯できませんのよ?案外貴方もお馬鹿さんですのね」


「君のよく回る舌は油でも塗ってるのかな?もう少し可愛らしい性格をしないと男に好かれないと思うが?」


「わたくしはこんなにも美人ですし公爵令嬢ですから、いくら性格が悪くてもいつも男性からわたくしに群がってきましたわ。所詮、人間というのは顔と身分とお金が第一で性格など二の次だと思う方が多いのです」



 元も子も無いことをさらりと言う。



「それにわたくしはもう陛下の妻ですから、別に他の男性にちやほやされたいとは思いませんわ」



 右手を頬に添え、満面の笑みで言うシェリーに竜王は呆れたような疲れたようなどっちともとれないような深いため息をついた。



「それは良かったな」


「ええ、本当に」



 半眼で睨む竜王をシェリーは笑顔でかわす。


 竜王はどこか諦めたように脱力した。シェリーの相手をするのは必要以上に疲れるようだ。



「もし……わたくしが一方的に陛下に恋情を抱いたらどうしますか?」



 笑顔のまま言うシェリーに竜王はじろりと睨んだ。その表情を怖いと思うどころか可愛いと思ったシェリーは笑みをさらに深めた。



「……君は私が苦手だとつい数日前に言ったばかりだが?」


「例え話ですわ。それに恋に落ちるのに日数は関係ありませんことよ?」



 事実、シェリーに恋をした男の多くは一瞬で、ほとんどが一目惚れと呼ばれるものだった。日数なんて恋に関係ないことは自分で証明している。


 竜王はシェリーの言葉に目を僅かばかりすがめた。そして無味乾燥とした顔で告げる。



「君にを好意を持たれても迷惑なだけだ」



 ピシリッ──と空気が変わった。


 シェリーは完璧な笑顔を張り付けながら頭の片隅で考えた。


 これで竜王に振られるのは何回目だろうかと。







 ◆◆◆◆



「シェリー様でもなかなか籠絡できない殿方がいらっしゃるなんてこのエマびっくりですよ~」



 間延びした喋り方をしながらニコニコ笑っているエマだがシェリーからみたら主の苦難を心底楽しんでいるようにしかみえない。


 シェリーは自室でふかふかの椅子に座りながらぶんむくれた顔でそっぽを向いていた。その姿がまるで嫁ぐ前の馬車内でのシェリーとの様子とかぶりエマは苦笑する。



「別によろしくてよ。手強い方が誘惑のしがいがありますもの」


「前向きですねぇ……」


「ネガティブに考えることに意味なんてありませんわ。人間、ポジティブに前向きに考えるのが一番なのです」



 シェリーの場合は何でもかんでも前向きに捉えすぎる。変人奇人のポジティブほど面倒くさいものはないのではないだろうか?と喉元まで出かけたが、エマは何とかその言葉を呑み込んだ。言ったら最後、エマの命はないだろう。


 エマはゴホンと一つ、咳払いをするとシェリーを見据えた。



「シェリー様は昔から変わりませんよね」



 エマの言葉にきょとんとする。



「何がですの?」


「執着が強いところですよ」



 シェリーは途端に目を臥せ黙りこんだ。わりと何でも平然と話すシェリーにしては珍しい反応である。


 長年、シェリーに仕えてきたエマはそんなシェリーの様子を見て、シェリーにとって触れてほしくない話題だと悟ったのか、小さく息を吐くとすぐに話題を変えた。



「そういえば、あの第三王子のヴィーノ様は本当に純真そうな方ですねぇ。シェリー様が仰ってた通り、ザ・子供!って感じの可愛らしい方でしたよ……」



 エマののほほんとした笑顔にシェリーは鼻で嗤った。



「そんな子供を脅して怖がらせた不良侍女がよく言いますわ」



 手に持つ扇をバンッと開き、口許を隠しながら意地悪く笑うシェリーにエマはムッとした表情を作ってみせた。



「不良侍女とは失礼な!私は王子様を脅したんじゃなくて、ただお願いしただけですよ!」


「可哀想に……ヴィーノはまだ年端もいかない子供ですのに……」




 わざとらしく悲しげな表情を浮かべるシェリーにエマは丸い顔をさらに丸くさせて眉をつり上げる。



「確かに少し可哀想なことをしたかもしれませんね。なにせ、相手は純真無垢なヴィーノ様でシェリー様ではありませんですもんね!」



 心外なことを言われたシェリーは憤慨した。



「まあ!わたくし以上に純真で無垢で可憐な少女がこの世にいまして!?」


「純真で無垢で可憐な少女は侍女に虐待なんてしませんよ」


「それはわたくしの愛の鞭ですわ」


「嘘ですね!ただ私への苛めを楽しんでいただけじゃないですかぁ。鞭だけじゃなく甘い飴をくださいよぅ」


「ほかの子供に比べたら可愛らしいものでしょう?」



 子供というのは時に大人以上に残酷になることがある。彼らは幼いが故に自制が効かないのだ。だからこそ、思いもよらぬ結果になってしまう。


 エマにも思い当たる節があるのだろう。苦い顔で黙りこんだ、



「まあ、わたくしはエマに飴を与える気なんてさらさらありませんけどね」



 シェリーはエマを下から上へと眺め、にっこりと微笑みながら言った。エマは愕然とした表情になる。



「なっ!酷すぎますぅ」



 プンプンと頬を膨らませ憤慨するエマの顔がまるで風船のように見えてシェリーはさっきまでの不機嫌そうな様子とは正反対に声を上げて笑ったのだった。






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