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変化していく感情

 今夜もシェリーは竜王の元に訪れる。


 いつもよりも早く仕事が終わったのか、竜王はシェリーが扉をノックするといそいそと扉の前で出迎えた。



「こんばんは、シェリー」



 快活な笑顔である。



「ごきげんよう、陛下。珍しいですわね、お出迎えをしてくださるなんて」


「珍しいか?」


「ええ……もしかして、わたくしが居なくて寂しかったのでしょうか?」



 ニヤリと瞳を怪しく輝かせて面白そうに言うシェリーに竜王は眉を潜めた。



「自惚れないでもらおうか?私はただ、世の男を見習って、自分から王妃を迎え入れただけだ」


「まあ、それは嬉しい」



 竜王は執務室の中央にあるふかふかのソファに隣に一人分の空間を空けて腰掛けた。そしてその空間をポンポンと片手で二回叩きながらシェリーを見上る。



「こちらにどうぞ、王妃様」



 冗談ぽく言われて、シェリーはにっこりと笑みを作るとそこに腰掛けた。あの日以来、竜王がシェリーを受け入れることが多くなった。それは喜ばしいことである。



「ねぇ、陛下……。わたくし、貴方にお願いがありますの」


「何だ?」


「今日みたいになるべく毎日お出迎えをしてくださりませんか?」



 シェリーの言葉に竜王は虚をつかれたような不思議な顔をする。



「君は……本当に変わったことを言うな。変人だとは聞いていたが……最初に出会った時の印象や噂とは全然異なっているから困惑するよ……」



 不可思議そうな顔で見られ、シェリーはきょとんとした。

 


「?変でしょうか?世の旦那様なら妻の訪れに対して当然の行動だと思いますが?新婚ならまずはそうやって、奥様の機嫌をとらなくてはなりませんわ」


「なるほど、世の旦那方は大変だな」


「陛下も見習いましょうか」



 にっこりと微笑むと、竜王は呆れたような目を向けてきた。そして、



「わかった。麗しの王妃のささやかな願いを叶えよう」



 と宣言した。シェリーは機嫌よく笑う。



「何だか楽しそうだな」


「家族にお出迎えされるなんて久しぶりなんですもの。本当に嬉しいですわ」



 満面の笑みで言う。



「そうか、では私も王妃を喜ばせる為に明日は張り切って君を出迎えよう」


「ええ、是非そうしてくださいな」



 嬉しそうに頬を薔薇色に染めるシェリーに竜王は些かひっかかりを覚えたのだろう、僅かに首を傾げた。



「君は家族とあまり関わることはなかったのか?確か、母親は幼い頃に亡くなっているが、父親はご健在だったはず……」



 竜王の疑問の声にシェリーは目を見開き、途端に色をなくした表情になった。


 突然のシェリーの反応に竜王は眉を潜める。



「シェリー?」



 無意味に名前を呼んだが、今は何故だかシェリーの名前を口にしたかったのだ。シェリーは竜王の呼び掛けにふんわりと寂しそうに笑った。



「わたくしは家族というものがあまり理解できませんの。お母様はわたくしを可愛がり愛してくださりましたが早くに亡くなりましたし、お父様はわたくしよりも王室の方々の方が大切だと思っていたようですしね……」



 国の宰相として高い地位にいた父のアレクセイ公爵。身分の高い貴族が家族よりも王家を優先させることは少なくはない。第一、シェリーと元婚約者の第一王子は従兄弟同士と言われる関係である。


 父の王室優先の考えをシェリーは否定するつもりはない。けれども……。



「お父様は毎日城に泊まり込み、屋敷には帰って来ませんでしたわ。それは、お母様が亡くなってからも……。お父様は仕事の合間にたまに会うわたくしにとても良くしてくださりましたから、わたくしのことは、娘として愛していたのでしょう。けれど、それの愛は王家よりも小さい」



 まるで心の内を吐露しているようで、それでも口調は妙に淡々としていた。



「ですからわたくしは新たに家族ができて嬉しいのですわ。この家族を一生、大切にしたいと思うほどに」



 嘘も偽りもない本心であった。シェリーにとって竜王も子供達も家族になったと同時にかけがえのない存在になったのだ。


 竜王はシェリーの話を無言で真剣に聞き、そして終わったと同時に小さく笑った。その笑みはどこかほっとするような安心感がある。



「なるほどな。君のような面倒くさい女性はこのような環境で育ったんだな」



 どこか意地の悪い響きを持つ言葉にシェリーはきょとんとし、少し拗ねた仕草をしてみた。



「まあ、酷いですわ陛下。新妻を面倒くさいだなんて」


「退屈しないという意味も含まれてるさ。前向きに捉えておきなさい」



 クスクスと笑いながら膨らんだシェリーの頬を軽くペチペチと叩く。



「旦那様の言うことですからね。今回は特別にそういうことにしておきますわ」



 シェリーはにっこりと笑って、頬に触れる竜王の手をとった。竜王はシェリーの行動に笑みを向けながらも探るような視線を向けてくる。



「何だ?」



 そう言って彼はシェリーの手をパッと振りほどいた。竜王は意地悪なことに自らシェリーに触れてくるくせに、シェリーから触れてくることを許可しないのだ。


 シェリーはそんな竜王としっかり目を合わせて言った。



「今夜はわたくしと共に寝ませんか?」



 竜王は目を見開き、その言葉の意味を理解してから厳しい顔になる。



「つまらない冗談だな」



 淡白に言われてシェリーはムッとした。



「冗談なんかじゃありませんわ」


「冗談でないのなら尚更問題だ。私は君とそういう行為はしないと何回も言っているはずだが?」



 確かに、竜王には幾度となく妻にするつもりはないと言われてきた。しかし、シェリーも諦めるつもりがないことは伝えてあった。



「別に妻としてベッドを共にしなくてもよろしいのではなくて?しようと思えばできるのだし」



 竜王はシェリーの言葉に半眼で見据え、ため息をついた。そして厳しい口調で言う。



「私を挑発するのはやめてくれ」


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