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その瞬間、竜王の瞳に僅かな光が煌めいた。その表情は困惑しているようで、けれど全く別の感情も感じる。まるで歓喜と悲哀がごちゃ混ぜに入り交じったかのような不思議な顔。
シェリーはじっくりとそれを観察して、彼の心の奥を暴き出そうと言葉を重ね続けた。
「わたくし、貴方を好きになる為なら努力を惜しみませんわよ。どんなに嫌がれようが、迷惑に思われようが、わたくしは貴方のもとに通い続けます」
傲慢──と呼ぶに相応しい笑みで竜王を見つめる。
シェリーは竜王に嫁いでからずっと彼のことを考え、観察してきた。彼を知りたくて。好きになりたい一心で。その為にどれ程竜王に拒絶されようともシェリーは笑顔で彼を見つめ続けてきた。
それが、シェリーの今出来る最善だと思ったからだ。
初めて竜王に出会った時、シェリーは驚いた。八十歳を越えたとは思えないほど彼は若々しかったし、竜人と言っても見た目は完全に人間と同じだ。だけど、纏う雰囲気は今まで出会ってきた人間とは明らかに違っていた。
シェリーはそれを好ましく思った。たとえ、どんなに夫からも息子達からも拒絶されようが、この場所で生きていけると確信するほどに。
「理解してくださいましたか?」
竜王の表情をうかがうようにシェリーは首を傾けた。
彼は困惑した表情を直すことも忘れ、しばし沈黙し、ようやく言葉を返した。その声色はどこか疲れたようでもあり、悲しげにも感じられた。
「君は……私に近づくべきではないよ。それがお互いの為だ」
あの話を聞いた後に言う言葉ではない。シェリーはそう思った。
「君は私を好きになる必要なんてないんだ」
「貴方を好きになる、ならないを決めるのはわたくしですよ。陛下ではありませんわ」
一瞬の間も置かずにシェリーは言い返した。また竜王の目が揺らぐ。
「……どうして、君はそんなに頑固なんだ」
ため息と同時に飛び出た言葉にシェリーは長い睫毛に囲まれた湖の目を瞬かせる。
頑固なのだろうか。自分ではいまいちよく分からない。しかし、諦めが悪いのは自覚していたし負けず嫌いなのも自覚していた。
シェリーは右手に頬を当て、うっとりするほどに婉美な笑みを浮かべるとそっと目を閉じた。思い出すのは親愛なる母。彼女の全てがシェリーの誇りであり、シェリーを形成する根幹なっている。
ゆっくり目を開くとそこには深紅の目をした美しい夫の姿。シェリーは彼に言った。
「お母様の教えなのです。必ず夫となる方を全身全霊で愛しなさいと。わたくしは無条件でお母様に愛され、わたくしもお母様を愛していますから、お母様の言葉を忠実に守って生きていきたいのですわ」
それが的確な答えになっていないのは理解しているが、これ以上の答えも見つからないのでそう言った。竜王はどこか焦点の合わない目を向けてくる。
「きっと君のお母様もこんな辺鄙な地に住んでいる竜人のもとに嫁ぐなんて思ってもいなかっただろうな」
その意見には同意する。しかし、それはさして問題ではない。
「わたくしは竜人に対して特に何も感じていませんわ。それにこの国はわたくしとって住み心地がいい」
「化け物だったり魔の地だったりと他の人間は言っているのに?」
「そうですわね。でも、わたくしは貴方達を恐ろしいとわ思いませんわ。むしろ、この世界には貴方達なんてはるかに凌駕する恐ろしい生き物がいますもの」
そう、シェリーはこの世で一番恐ろしく醜悪な存在を知ってる。その時の記憶が甦り、唇をきつく噛みしめた。
しかし、すぐにそれは花の咲くような笑顔に変わる。
「ですから、わたくしはこの国に嫁ぐことができて嬉しいのです。皆さんはわたくしに良くしてくださるし、子供達も凄く可愛いですしね」
「子供達にはあまり関わるな」
「嫌ですわ。あの子達は共に暮らす大事な家族であり、可愛いわたくしの子供達ですのよ?関わるななんてお願いは聞けませんわ」
即答する。竜王はぐっと口元を引き結んだ。そして険のある表情を見せる。
「私やあの子達は君を不幸にする。自分を不幸にする存在に自ら近づき、優しくし、笑顔をみせる必要はないんだ」
何故ぜ不幸に?という疑問が頭を過ったが、竜王の言葉があまりにも的外れだったので先にそちらを指摘することにした。
「わたくし、貴方達に幸せにしてもらいたいなんて思ったことはありませんわ」
堂々と胸に手を当て玲瓏な声を響かせるように言ってのける。竜王の顔がまるで不可思議な者をみるようなものに変わった。
「幸せも不幸も【してもらう】ものじゃなくて【する】ものですわ。だって、どんな境遇でも自分が幸せだと思えば幸せだし、不幸だと思えば不幸でしょう?結局、幸せになるのも不幸になるのも自分次第なんです」
にっこりと告げるシェリーに竜王は面食らった顔をした。
「わたくしは自分を不幸だなんて思いません。だってわたくしはこんなに美人で家柄もいい。それってもの凄く幸せなことでしょう?わたくしは生まれてからずっと幸せなのですわ。そう思い毎日を生きていますのよ」




