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6

 エマの報告を受けてシェリーは足早に竜王の執務室へと向かう。そして部屋にたどり着くと、今度はノックもせずに勢いよく扉を開けて入った。



「ごめんあそばせ、陛下」



 突然のシェリーの登場に竜王は一瞬目を丸くし、すぐに険のある表情をした。


 そんな竜王を無視し、シェリーはツカツカと彼の元まで足早に歩く。



「突然何の用かな、シェリー」


「突然貴方の顔が見たくなったのですわ」



 竜王はますます怪訝な顔をした。



「……私は君が一体どういう女性なのか理解できない」


「あら、わたくしは性格の悪い美人ですわよ」



 シェリーは当たり前のように答えたが、竜王の眉間の皺はいまだに深い。まるで罪人を見るような目をシェリーに向けている。



「それで、性格の悪い美人の王妃様は何で私の顔が見たくなったのかな?」


「それはわたくしが貴方に対して怒りの感情を抱いているからですわ」



 間髪入れずに宣言したシェリーの顔はいつもの笑みはなく、目を吊り上げて明らかにご立腹の様子だった。


 竜王はほぅ……と目を細める。



「何をそんなに怒っている?もしかして、私がいまだに君を妻にしないからか?」


「貴方がわたくしに壁を作っているなんて、そんな些細なことどうでもよくてよ」



 きっぱりと言い捨てるシェリーに竜王は僅かに瞠目した。先日まで、竜王を誘惑すると息巻いていたシェリーの言葉とは思えない発言だ。


 竜王は観察するようにじっとシェリーを見つめる。彼女は確かに怒っている。それも自分に対して矛先を向けて。


 だが彼女が怒りを抱く理由がわからない。最初は彼女を突き放していることが原因だと思ったが、事実はそうではないらしい。では何故──?


 いぶかしむ竜王にシェリーはバンッと机に手をつくと、ぐっと顔を近づけた。



「貴方、ヴィーノの秘密を知ってまして?」


「秘密?」


「シェリルムーアのことですわ」



 告げた途端、竜王の纏う雰囲気がガラリと変わった。


 驚きに目を見張り、微かに唇を震わせるその顔は今まで見てきた竜王のどんな表情よりも人間らしく普段のシェリーなら歓喜して目を輝かせていただろう。しかし、今のシェリーには竜王の変化に喜ぶ余裕はこれっぽっちもない。



「貴方はヴィーノがそのことで悩んでいたのはご存知?」


「それを……誰から聞いた?」


「質問をしているのはわたくしですのよ。質問を質問で返さないで下さいまし」



 二人の視線が重なり火花が散る。それに合わせて部屋の冷気が急降下した。


 数拍の睨み合いの末、先に折れたのは竜王だった。彼は深いため息をつくと、椅子に深く腰掛け長い足を組み、立ちはだかるシェリーを見上げた。その赤い目は困惑するほどに無感情に見える。



「ヴィーノがシェリルムーアを嫌っていることは知ってる」


「嫌っているのではなく憎んでいるのですわ」


「……ああ、そうだな。憎んでいる。しかし、その理由を君に話す必要はないな」



 完全な拒絶である。彼は他人に感情を一切読ませないような鉄壁と呼ぶに相応しい無感情さでシェリーを視線で貫く。その表情の何と恐ろしいことか。精悍に整った竜王の凍てつくような寒々しい雰囲気に一般的な貴族令嬢なら震えて泣きながら逃げ出すであろう。しかし、良いことなのか悪いことないのか。シェリーは一般的な貴族令嬢よりも数倍肝が座っていた。


 シェリーは無言の威嚇をする竜王を冷ややかに見下ろし口を開く。



「理由ならおっしゃらなくてもよろしいですわよ。どうせアルフォース様とかいう方の毒殺事件が原因でしょうし」


「……知っていたのか」



 苦虫を噛み潰したように舌打ちをする竜王にシェリーはにんまりと笑った。



「わたくしには優秀な目と耳がいるのですよ」



 誰とは言わなかったが、シェリーに忠実な部下などこの城には一人しかいない。竜王はのほほんと笑う一人の人間の侍女を頭に思い浮かべ盛大に嘆息した。



「あの娘か……姿形に似合わずなかなかの狸だな」


「そこがエマの良いところですわ」



 ニコニコと笑うシェリーとは対象的にどこか疲れたような笑みを浮かべる竜王。はりつめた空気の中、竜王が切り出した。



「君はアルフォースの件をどこまで知ってるんだ?」



 拳を顎に当て、視線を右斜め上に向けながら考える。



「毒殺されたこと。そして、亡くなる数日前から前王妃様のマーニャ様と口論なさってたことですわ」



 そして今日、その毒殺の件にヴィーノが関わっていることを知った。腹立たしことにあんなに小さな子供が。



「なるほどな」



 無機質な声が彼の口から飛び出す。低く乾いた声は重苦しいほど部屋に響き渡った。



「他には?」


「え?」


「他に知ったことはないのか?」



 竜王の言葉にシェリーは少し考え、そして正直に話すことにした。隠すことに意味などないからだ。



「アルフォース様が亡くなった後、マーニャ様が西棟から転落死したことは知っています」


「そうか……」



 竜王の赤い目の奥に複雑な影が走ったのをシェリーは見逃さなかった。その色に違和感を覚えたシェリーは思わず言葉を発していた。



「陛下と前王妃様は仲がよろしかったんですの?」



 シェリーの問いに竜王は首を横に振った。その顔は無感情ながらもどこか悲しげにも見える。




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