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「本当……今日の王妃様もお綺麗だったわ」



 頬に手を当てうっとりとした表情で使用人の少女、マチルダは言う。その頬は薔薇色に染まり蜂蜜のようにとろけた目はまるで恋をしているようにも感じた。



「はぁ……私、毎日あんな美しい王妃様の配膳をさせてもらえるなんて……幸せものよね」



 悩ましげにため息を付く彼女の隣でもう一人の使用人、ミシェルが同意するように大きく何度も頷く。



「本当に貴方は羨ましいわよ。私なんて遠目で王妃様を拝めるくらいで、関われる機会なんてそうそうないんだから」


「まあね。何故か陛下には私たち城務めの者たちは王妃様になるべく近づくな、話しかけるなって言われてるからねぇ……」



 渋面を作り言う彼女達を見ながらエマはおずおずと右手を上げてあのぅ……と二人の会話に割って入る。



「二人は王妃様に近づくなって言われてるんですかぁ?」



 エマの問いに二人は顔を見合わせる。そして気まずそうに眉をハの字に下げた。



「うーん。陛下は城中の者たちに言ってるのよ。王妃様には必要以上馴れ合うなって」


「そうそう、自ら喋りかけたら駄目。近づいても駄目。でも王妃様に何か命令されたら忠実にこなしなさいって」




 変な話よねと使用人の少女達は息を付いた。そんな様子を眺め、エマは不思議そうに首を傾げる。




「何で陛下はそんな事を言ったんですかねぇ」



 

 その疑問に二人は目をぱちぱちさせる。




「確かに……何でかしら?」


「王妃様がお嫌いとか?」


「えー!だったら命令を忠実にこなしなさいなんて言わないわよ」


「それもそうね」



 と話し込む。


 エマはそんな二人をしげしげと眺めながら空になったカップに熱々の紅茶を注ぎ、ベリージャムのクッキーを頬張る。甘いベリーと少ししょっぱいバターの風味が口いっぱいに広がり自然と顔が緩んだ。


 エマ達がいる部屋はマチルダとミシェルの部屋であり、小さいながらも可愛らし小物が所々飾ってある女の子らしい部屋である。


 中央に配置されている木製の円卓を囲むように先ほどからエマと少女達は歓談に耽っていたのだ。



「それにしても、陛下も変わってるわよね」


「何が?」


「陛下、王妃様に一切手を出していないそうよ」



 えー!とミシェルは大声を出し、体を仰け反らせて仰天した。




「嘘っ!それ本当?」


「本当よ。それに今日の朝食の給侍をしてた時だって、王妃様が可愛らしくキスをねだってだのに陛下ったら顔色一つ変えずに断ってたのよ」


「あのお美しい王妃様のキスを……?陛下って本当に男の人?もしかして……不能とか」



 自分の主に対してあまりに酷い言いぐさである。エマは苦笑するしかない。



「それにしても陛下って王様としては優秀なんだけど、色恋に関しては疎そうよね。真面目な方だし。まあ、この国は女が生まれないから仕方がないのかもしれないけど」


「あら。それを言うならうちのシェリー様だって顔と身分だけが取り柄の傲慢偏屈お嬢様ですよ」



 人のことは言えないエマであった。


 自分の主達の話をしているとは思えない三人の会話を止めるものなどこの部屋には皆無である。キャアキャアと三人は楽しそうに会話に花を咲かせる。



「でも、それじゃあ困るわ。王妃にはお子を生んで貰わないといけないのに……。せっかくあれだけ美しい方を王妃に迎えられたのだから早く夜を共にしてもらわないと」



 真剣な表情のミシェルの言葉にエマは「ん?」と首を捻らせた。



「あれ?でもこの国にはもう三人の王子様がいますよね?世継ぎ問題でしたらすでに解決しているのでは?」



 その途端、部屋の空気が一変した。


 少女達の顔に明らかな影がさし、ピタリと会話が止む。ああ、またこれかとエマは内心苦い顔をする。いつだって王子の話題をふると城の使用人達の反応はこんな反応を返してくる。はっきり言って異様だ。



「お、王子様方はほら……まだ子供で、これからどうなるか分からないし……」


「そ、そうね!お三方をお生みになった前王妃様もお体が弱かったから……王子様方もその厄を引き継いでいる可能性だってあるから」



 取り繕うように笑いながら二人は冷めた紅茶を飲み干す。そして顔を見合わせると、二人の視線はエマを貫いた。



「ごめんね、エマさん。私達、そろそろ仕事に戻らないと」


「楽しかったわ。ありがとう」



 ひきつった笑みで頭を下げる彼女達を見つめエマは分かりましたと頷く。本音は王子達の話をもっと聞きたかったエマであるがこれ以上、居座ってもきっと望むような答えは聞き出せないだろう。この城に務めている使用人達は一様に何かを隠しており、それをエマやシェリーに洩らさぬように箝口令がしかれているのは明らかだ。




「こちらこそ楽しかったです!お二人とも、今日はお招きありがとうございました!」



 満面の笑みで言えば、二人はほっとしたように胸を撫で下ろし、相好を崩す。



「では、私はこの辺で。またお招きくださいね」


「ええ、もちろんよ」


「次を楽しみにしてるわ、エマさん」


「嫌ですよ~『さん』なんてつけないで下さい。どうか私のことはエマと呼んでください。これからは共に城で働く仲間になるんですから」



 人の良さそうな笑みで右手を左右に振るエマを見て、マチルダもミシェルも再び満面の笑みになる。



「じゃあ、お言葉に甘えて。エマ、これからよろしくね」


「私達のこともマチルダ、ミシェルって呼び捨てにしてくれて構わないから」


「ありがとう、マチルダ、ミシェル。今日の紅茶もクッキーもとても美味しかった。本当にありがとう!」



 輝くような笑みと感謝の言葉を二人に向け、エマは部屋を後にしたのだった。






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