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「シェリー様……僕に何の用ですか?」



 勉強室に入ってきたシェリーの姿を見て驚いたもののすぐに困惑と疑いが入り混じったような目を向けてきた。


 シェリーは少し思案した後、軽く微笑む。



「貴方とお喋りをしに来たんですの。大丈夫……それほど時間はとらせませんわ」



 フレリックの勉強机の上に置いてある学習道具を見て言った。



「……何が聞きたいんですか?」



 ボソリとつぶやくフレリックの言葉にシェリーはきょとんとした顔をする。そして、困ったように小さく笑う。



「……聞きたいことなんてありませんわ。ただ……貴方とお話がしたかっただけですの」


「お話?何を?……ああ、父上のことですか?」



 警戒を込めた目でフレリックはシェリーを見上げた。



「父上の何が聞きたいんですか?」



 聞きたいことはないと先ほどシェリーが言ったにもかかわらず、この問いである。息子に心底信用されていないシェリーは苦笑するしかない。



「私が今知りたいのは陛下のことではなく貴方のことですわ、フレリック」



 そこまで言ってシェリーは目の前に座るフレリックの頭をよしよしと撫でた。フレリックはシェリーよりも頭一つ分身長が高いが、座るとちょうどよい位置に頭が来る。撫でやすい位置にあるのだ。


 フレリックはシェリーの行動に驚いたように目を見開き、かぁっと頬を上気させた。



「何するんですか……」


「あら、母親が息子の頭を撫でるのは自然なことですのよ?」


「僕は……そんなに子供じゃないです」


「あら、貴方はまだ子供ですわ。それとも……もしかしてこういう行為はお嫌いですの?」



 シェリーの問いかけにフレリックは一瞬硬直して、直ぐに首を横に振った。



「嫌いじゃないです。僕も昔はよくしてもらいました」


「誰に?」


「母上です」



 その表情はどこか悲しげにも寂しげにも見え、シェリーは目をぱちぱちと瞬く。



「お母様は頭を撫でるのがお好きだったんですの?」



 その問いにフレリックは生真面目な表情で頷いた。



「はい。母は愛情深い方でしたから……。僕たち兄弟はたくさんの愛をあの人から貰いました。特に……頭を撫でるのを母は殊更好んでましたね」


「なぜです?」


「親が子の頭を撫でるのは何よりも伝わりやすい愛情表現だからですよ」



 フレリックはきっぱりと答えた。そんな少年を見てシェリーは優しいお母様だったのですねと一言。そしてまた彼の頭を撫でたのだ。



「シェリー様……やめてください」



 また頬を紅潮させ呟く。



「わたくしだって貴方の母になったんですもの。息子の貴方に愛情を伝えようとして何が悪いんですか?」


「……っ」



 シェリーの言葉になぜか目を逸らすフレリック。その行動にどこか引っ掛かりを覚える。



「わたくしは確かに陛下に王妃になれとしか言われず、彼の妻としても貴方達の母としても求められていませんわ」


「……」


「でも諦めませんわよ」



 えっとフレリックが顔を上げる。シェリーはにんまりと笑った。



「わたくし……子供のことは嫌いではありませんし……何よりこの一か月、貴方達を見てきてもっと知りたい、仲良くなりたいと思っていましたの」


「どうして?僕たちはシェリー様と血も繋がっていないし、何よりも竜人ですよ?」



 硬い表情のフレリックの視線がシェリーに突き刺さる。しかしシェリーは気にせずふわりと笑っている。



「だからなんですの?人間が竜人を好きになりたいと思うのはおかしいですか?」


「人間は僕たちのこと化け物だって言ってるの知ってる……」



 少し悲しそうな、しかし拗ねたようにも聞こえるその響きにシェリーは目を丸くした。



「フレリック……貴方、人間と仲良くなりたいのですか?」



 その言葉にフレリックは水をかけられたように固まった。単純に驚いているのだろう。



「まあ、そうでしたの。でも考えてみれば当然ですわね。だって、貴方のお母様も人間ですものね」


「変なことを言わないでください」



 変?何が?とシェリーは首を傾げる。そんなシェリーにフレリックは警戒するように顔を強張らせている。


 その反応がなんだかおかしくてシェリーはふふっと笑った。フレリックは馬鹿にされたと思ったのかムッとした顔になる。



「なんで笑うんですか?」


「可愛いと思ったんですよ」



 そう言ってまた頭を撫でる。そして、今思った素朴な疑問を尋ねてみることにした。



「ねえ、フレリック。貴方、お母様にはよく頭を撫でてもらってたようですけど……お父様には?」


「え?」


「お父様は頭を撫でてくださりませんの?」



 その問いにフレリックは眉根を寄せてそっぽを向いた。



「父上は……そんなことしませんよ」


「まあ、そうですのね」



 何で?とは聞かずにシェリーは納得したように頷き、そしてにこにこと笑った。



「でしたらこれからはわたくしが陛下の代わりに貴方達をいっぱい撫でて差し上げますわ」



 シェリーはそう言いながらフレリックに顔を近づけ、彼の広い額に口づけた。それのキスを受け、フレリックの顔が先ほど以上に赤くなる。可愛らしい子供の反応だ。



「ですから……僕はそんなに子供ではありません」


「あら……それは残念ですわ。でも、もし撫でてほしくなったら言ってくださいましね。キスでもよろしくてよ。わたくしはいつでも大歓迎ですから」



 笑顔で言うシェリーに、フレリックが赤い顔を背ける。そして消え入りそうな声で答えた。



「……駄目ですよ。シェリー様が僕たちに優しくしたり愛情を向けたりする必要なんてどこにもないんですから」



 そう言うと、フレリックはシェリーのことなど無視するように筆を持ち勉強を開始したのであった。

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