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 竜王が歩いてくると、三人の王子は待ち構えていたように腰を折った。



「おはようございます」



 一斉に挨拶をする。



「ああ、おはよう」



 竜王が子供達の挨拶に答え、子供達の顔を一人一人確かめるように見ると最後にシェリーに視線を向けた。



「おはようございます、陛下」



 シェリーはにこやかに言った。竜王もにっこりと微笑み答える。



「おはよう、シェリー」



 シェリーはにこにことした表情のまま竜王を見つめ続ける。竜王はその笑顔を受けてすぅっと目を細めた。



「どうかしたのか?」


「貴方様のおはようのキスを待っているのです」



 さらりと発せられた言葉に竜王は笑みを浮かべたままフッと息を吐くと大股でシェリーの元まで歩く。そして彼女の白魚のような滑らかな手を恭しくとるとその甲にそっと口づけた。



「これでよろしいかな?」


 まるで鉄壁の笑顔。いつまでたっても竜王の強固な笑みは崩れない。


 シェリーは何度か目を瞬かせた後、少し拗ねた表情をして見せた。



「まあ……キスとは口にするものですのよ」



 シェリーのバラ色の唇が怪しくそして艶やかに光る。少しそれが艶めかしく見えるのはシェリーの意図したところかそれともただの偶然か。見るものを虜にするような淫靡さがちらちらと見える。しかし竜王はそれを見て……



「お断りだ」



 と一刀両断した。


 そのまま笑みを崩すことなく竜王は席に着席すると朝食はスタートする。


 使用人たちがシェリーの前にナイフとフォークそしてスプーンを置いた。


 料理を運ぶ使用人達は相変わらずきびきびとした良い動きをするがいかんせん無表情なのがなんだか寂しい。


 そんなことを考えながらシェリーは目の前に出される料理を眺める。


 外の皮をパリパリに焼いた胡桃のパン。甘酸っぱい木苺のジャム。珍しくほんのり甘い白桃のスープ。瑞々しいサラダ。微かに塩のきいた鶏むね肉の燻製。ふわふわ卵のオムレツ。


 子供たちの給仕は男の使用人がし、シェリーの給仕は女の使用人がする。この女も確か貧しい村から買った女だという。


 料理は相変わらず絶品だった。どれを食べても美味しい。シェリーは出されたもの全てを美味しく平らげる。


 子供達も流石は成長期といったところか結構な量をその腹に収めていた。しかし、竜王はあまり食べていないようにも見える。


 些か寂しい家族団欒を眺めてると、ふとヴァランが何やら怪しい動きをしていることに気づいた。先ほどまで嫌そうにサラダに乗っているピーマンを意味なくフォークでつついていた彼は、ちらちらと伺うように竜王を見ている。



「父上、今日はどうされますか?」



 オムレツをナイフとフォークを使い器用に食する竜王を見つめながら長兄のフレリックが控えめに聞いてくる。



「今日は一日執務室に籠るから、お前たちは好きにしていなさい」


「はい。わかりました」



 その時、ヴァランが竜王の一瞬の隙をついて緑色の艶々としたピーマンを目にもとまらぬ速さで竜王の皿に移動させようとフォークを使い飛ばす。しかし、竜王もヴァランの行動に気づいていたのだろう、自分の皿に乗る前のピーマンをナイフを使い空中ではじき飛ばした。結局、ピーマンはヴァランの皿に落下する。


 顔をおもいきりしかめるヴァランを竜王がじろりと睨んだ。



「好き嫌いは良くない。食べなさい」


「…………はい」



 嫌々ピーマンを口に運ぶヴァランを横目に見つつ、シェリーはまじまじと竜王を観察するように視線を注ぐ。それが、竜王を誘惑すると宣言したあの夜からの習慣になっていたのだ。


 彼は一体、何を好み、嫌い、そしてその心を動かすのか?


 この人と人生を共にするなら知りたい。


 しかし、シェリーはいまだに竜王の感情の一端を見たことがない。


 小さく息をつく。彼を知るのは骨が折れそうだ。


 シェリーはそんなことを考えて最後のデザートであるプリンを食すのであった。







 食事が終わると早々に竜王は仕事に向かう。仕事熱心なのはいいが少し新妻を構ってくれたらよいのに……とシェリーは内心口を尖らせる。


 そんなことを考えながらシェリーは暇を持て余したかのように城内を歩く。王妃となってから夫に構われることのない妻は毎日が退屈なのである。


 流石に公の場では優しい竜王だが二人きりになるとその態度が一変する。


 この間、いつまでも寝室に訪れない竜王を待つのをやめたシェリーは自分から彼の部屋に行ったのだ。


 今度は彼の部屋の前でコンコンとノックをし、これまた返事を聞かずに中に入る。するとすでに寝支度をしていた竜王が訝し気な表情でシェリーを見ていた。



「こんばんわ、陛下」



 彼は微笑むシェリーの姿に大きなため息をつくと、訪ねる。



「何の用だ?」


「まあ、夫婦として為すべきことをしにきたのですわ」


「……なるほど。それで王妃自らが王の寝室に?素晴らしく大胆な行動だな」



 顔は笑っているが目は笑っていない。まるで恥知らずといったように責めているようにも感じられた。



「それは仕方がないでしょう?だって陛下がこれほどまでに美しいわたくしに手をだす勇気がないのかと思って……わたくしのほうから勇気をだして会いに来たのです。これは優しさですわ」


「優しさ?」


「ええ、優しさです」



 すると竜王の纏う雰囲気にどこか冷気が混じり始めた。



「……私に何をしてほしいんだ?」



 彼の言葉にシェリーはこてんと可愛らしく首を傾ける。知ってるくせに……という言葉を飲み込んで、聞くものをうっとりさせるような玲瓏な声で告げた。



「してほしいことを言えば陛下はその通りしてくれますか?」



 まるで露骨な挑発である。それをシェリーは巧みに返す。竜王はその返答に眉をひそめ、押し黙った。そしてやや考えた後。



「悪いがそれは無理だ。私ももう疲れているし君も早く部屋に戻って寝なさい」



 その言葉にシェリーは目を見開いた。


 この人は……自分の目的のために挑発から折れることもできるのか。大人の判断であり、賢明な判断であり、手ごわいと思わせる判断だった。


 折れたのは向こうなのに何故かこちらを負けた気分にさせる。


 シェリーは笑みを深くして一礼した。



「わかりましたわ。夜分遅くに失礼しました」


「ああ」



 そう短く答える竜王をしげしげと眺めた後、シェリーは部屋を出ていき、自室に帰る。


 その足取りは夫に拒絶された妻とは思えないほどどこか軽く、鼻歌さえも歌っている。


 手強い相手。頑なな相手。冷たい相手。そして……シェリーは彼を苦手だと思った。いや、思い知らされた。


 こんな人今まで出会ったことがない。


 シェリーは驚き笑いながら考える。この先何十年とシェリーは竜王と共に過ごすことになる。なら、そんな竜王の心の内を抉り出したいと願うのは当然というもの。どうしたらそれができるのか。


 結局その答えはいまだに見いだせてはいない。


 だけど、いつか必ず彼のすべてを曝け出させてやろうとシェリーは誓っていた。


 シェリーは生来の負けず嫌いでもあるのだ。


 まるで未知のものと出会ったような高揚感に身を包み、城内を歩きながらこれからの暮らしに思いを馳せる。


 すると長々と続く廊下の端に見慣れた人が佇んでいるのが見えた。シェリーは目をぱちぱちさせる。


 あれは……フレリック?


 フレリックはシェリーの視線に気づいたのか、ハッとしたようにこちらを向き、一礼した。シェリーはその様子を見て不思議に思う。なぜか彼の生真面目ないつもの顔が少し強張っているようにも見えたのだから。


 彼はシェリーの視線を受け居心地悪そうに顔を背けると、足早に近くにある勉強室に入っていく。


 シェリーはその様子を暫し眺め、フレリックの後をつくように彼女も勉強室に入ったのだった。

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