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「王妃様のご想像どおり、この国の外交は盛んではありません。というかほとんどしてません。ごく一部の国とは親交が熱いようですが他は皆無と言っていいです。まあ、そんな訳でこの国の貴族のほとんどが血縁関係がありますね。この国に特別な産業はありませんがどこかの村や町に特別な畑や養殖所、果実園があるらしく衣食住はそこで生産したもので賄われているようです。竜人という種族柄か一族の協力体制は必須になるのか、絆は強硬であり、結束は固いようです。竜王様に関しては概ね竜国の皆から支持されているようですよ。まあ、見た目がよく、温厚な方ですからねぇ……」



 あの王は確かに外面は温厚である。外面は。



「なるほど……よく分かりましたわ。この短い間でよく調べましたね、エマ。流石ですわ」


「いえいえ。我が主であるシェリー様の為ですから」



 にんまりと笑うエマにシェリーはにっこりと笑い返した。



「それで……本音は?」


「臨時ボーナス待ってます!」



 間髪言わずにエマは言った。本当に正直者だと感心する。


 シェリーはニコニコと笑うエマの右手を掴むと彼女の白くふっくらとした手に紙幣を三枚渡す。エマの顔が輝いた。


 しかし、その顔は一瞬ですぐに真顔になると彼女は実は……と切り出した。



「気になることがありまして」


「何ですの?」


「それが実は……先ほど述べた事に関しては皆さん一様にスラスラと答えてくれるんですけど……ある話題に関しては皆さん口に重石でも乗せてるのかと思うほど口ごもるんです」


「ある話題?」



 シェリーが首を傾げると、エマは大きく頷いてピンっと右手の人差し指を立てた。



「王子様方と前王妃のマーニャ様の事についてです」


「…………」


「皆さん、竜王様のことに関しては嬉々と褒め称え何でも教えてくださるんです。だけど、王子様方に関しては聡明だとか元気だとか可愛らしいだとかしか言いませんし、前王妃様に関しては優しい方だとか良い方だとしか言いません」


「確かにそれは妙ですわ」


「特に末王子のヴィーノ様に関しては重石をつけるどころか石を飲み込んだように皆さん何にも喋らなくなるんですよ」


「まあ……」



 新しい王妃に気を使って前王妃の話を憚るのは理解できる。しかし、息子となる王子のことまで口を重くするのは明らかに変だ。



「辛うじて、一番仲良くさせてもらってる侍女から話を聞けたんですけど……」



 そこでエマは何故かこの部屋には二人だけなのにシェリーに顔を近づけ、まるで内緒話をするかのように声を潜めた。



「何ですの?勿体ぶらずに話してくださいまし」



 シェリーの言葉にエマはコクンと頷くと真剣な表情で口を開く。



「前王妃様の死は事故とされてますが、不審な点があるそうなんです」


「まあ、そうなんですの?」


「前王妃様は元々体が丈夫ではなく、殆どを部屋で過ごしていたそうです。しかし、前王妃様が亡くなった日、何故か彼女は城の西塔にいてそこから落下し命を儚くなさいました」



 シェリーの美しい柳眉が軽く歪む。



「しかも、当時その塔に居たのはその前王妃様と三人の王子様だけでした」


「三人の王子様……」


「ええ、竜王様が駆けつけた時にはすでに前王妃様は亡くなっており、呆然と立ち尽くす王子様達が三人とも窓から塔の下を覗きこんでいたようです」


「その話は真実ですの?」


「恐らくは。ちょうど侍女が落ちる王妃様を目撃していたんですよ。塔も螺旋階段の一本道ですし、彼女が嘘をつく理由もないです」


「……理解しましたわ」



 真剣な表情で考え込むシェリーにエマは次の言葉を吐き出そうとして躊躇う仕草をした。しかし、シェリーの真剣な様子に感化されたのか結局話をした。



「これは……前王妃様の死とは関係あるか分かりませんが……」


「なんですの?」


「前王妃様が亡くなる数日前にとある男と数日間にわたり激しく口論していたそうです」


「とある男?」



 それは誰ですというシェリーの疑問にエマは静かな口調で答えた。



「竜王様の従兄弟で王家の血族の方です。名をアルフォース様と言うそうです」


「アルフォース様?そんな方、婚礼の時にはいませんでしたよ?」


「当然ですよ。彼は前王妃様が亡くなる数日前に亡くなったんですから」



 シェリーは思わず息を呑んだ。



「死因は」


「毒殺です」



 まあっとシェリーは口を両手で覆う。



「犯人は捕まってません。けれど噂によれば犯人は直前まで揉めていた前王妃様の可能性が高いとのことで……」


「そうでしたの」



 この情報、もしかしたら無視できないかもしれない。


 そのアルフォースが死んだ数日後に事故死した前王妃のマーニャ。しかも彼女がアルフォースを毒殺した可能性が高いという。


 でも何故彼女が?


 分からない。けれども凄く気になる。それは彼女もまた竜王の妻であり王妃だったからなのか。


 シェリーが真剣に考えている様子を見つめ、エマがその目を細めた。



「いかにシェリー様とはいえ、この国は一筋縄ではいかないかもしれませんよ?」



 シェリーは何も答えない。


 幼いころから美少女としてもてはやされてきたシェリー。しかし、そんな彼女の美貌にいっさい靡かず、妻として愛してはくれない竜王。もしかして彼はすでに心から愛する人が決まっていて……それが亡くなった前王妃なのだろうか?


 前王妃は三人も子供を生んでいる。あながち間違った仮説ではないだろう。しかし何か釈然としない。


 それは単に自分が認めたくないだけなのか、それとも第六感が告げているのか。


 世の中には知らない振りをした方が良いこともある。


 それくらいはいかにシェリーとて承知していた。


 しかし知らないままでいては胸の奥がモヤモヤとして落ち着かない気分にさせるのだ。シェリーはそういう損な性分をしていた。


 もう少し……前王妃について調べてみようかしら?


 重要となるのはきっと三人の王子達だろう。


 もっと情報が欲しい。まずはその王子達を攻略せねば……


 そうシェリーが考えていると。



「あー!王妃様、それ私のケーキ!!」



 突然、エマが大声で叫んだ。



「私の分まで食べないでくださいぃ」


「別にいいじゃないですか。わたくしの分はすでに食べてしまったのだし……」



 シェリーはケーキの皿を指差す。報告を聞いているときに全て平らげてしまったので皿の上には何も乗ってない。



「駄目ですよぅ!これは今日のおやつとして楽しみにしてたんですから!」


「主人が食べたいといっても?」


「駄目です!これだけは譲れません!!」



 まるで死んでも死守するという気迫がこもった声にシェリーは呆れ返った。先ほどまでのシリアスな雰囲気がぶち壊しだ。


 しかし、このケーキは本当に美味しい。いや、ケーキだけではない。提供される料理はどれをとっても美味しいのだ。


 やはり、人間の国とは違う竜国。育て方も調理方法も何もかもがちがうのだろうか?


 ケーキをシェリーの手から取り戻したエマは、またシェリーに取られないようにと一心不乱に貪っている。はっきり言ってその姿は下品だ。


 しかしながらそれでこそエマである。


 シェリーは幼い頃から支え続けてくれる使用人を眺め、そっと美しく微笑んだのだった。


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