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言った瞬間、竜王は数回瞬いた。
「わたくしを求め、わたくしを愛し、わたくしを本当の妻にしてくださるように誘惑してさしあげますわ。ですからどうか心おきなくわたくしを好きになって下さいませ」
シェリーはそこまで微笑みを一切絶やさないまま、深く淑女の礼をすると四人をその場に残し、部屋を出ていった。
「うわー強烈な王妃様」
「ああ……父上に口論で負けてなかった」
「……本気であんなのを自分の妻にする気かよ」
三者三様、それぞれの感想を口にするなか、父親の竜王は何も言わない。
「でも、何だか面白いよねー彼女」
「はぁ!?ヴァラン、脳ミソイカれてんの?」
「あのやり取りを見て、彼女を面白いと評せるお前は凄いよ」
「えー!そうかな?」
騒がしく、だけど楽しそうに会話する息子達を尻目に竜王は考えていた。
血筋がよく美しく傲慢で強かな娘。だからこそ王妃には誰よりもふさわしいと思っていた。今でもその考えは変わっていない。彼女は噂以上だ。
しかし、シェリーは聡く行動力があった。こちらの考えを早々に気付き、すぐに打破するための行動を起こせるくらいに。
ただの何もしらない傲慢で我が儘で愚かなお嬢様であればいいのに。
シェリーは誰よりも竜王妃にふさわしく……しかし、同じくらい厄介な娘でもあった。
竜王は深々とため息をつく。明らかに疲労が見えていた。
息子達はそんな父親の様子に気付き心配そうに眉を下げた。
「父上……大丈夫ですか?」
「ああ」
フレリックが駆け寄ろうとするが、竜王はそれを右手で制止、短く返した。
その様子に憮然としていたヴィーノが口を開いた。
「やっぱりさ……あの女を自国に追い返したほうがいいんじゃねーの?」
「ヴィーノ?何を……」
「あんな変人……俺達の母親になんてなれないよ」
ふんっと鼻をならし腕を組みながら強い意思を見せ話すヴィーノに、竜王は冷たい無感情に見える目で彼を見つめた。
「ヴィーノ。何度も言うがお前達に必要なのは母親ではなく王妃だ」
「でも……」
「お前が口を挟むことじゃない」
そうきっぱりと拒絶され、ヴィーノはムッと眉を寄せた。
「確かに父上が誰を王妃に選ぼうが勝手だけどさ、この城で一緒に暮らすなら、俺だって無関係じゃないだろう?」
そう言って足を組み、椅子に腰かける竜王を睨み付けるが、当の竜王はなんの感情も抱いていないような表情でこちらを見つめているだけだった。
ヴィーノは拳を握り歯噛みする。父王は何時だって身勝手だ。
「もういい」
視線を反らし投げやりに言う。
「ヴィーノ……」
「もういいって!」
今度は大声で吐き捨てるように言う。自分がいかに子供っぽい態度をしているか理解しているが、それでも憤りが収まらない。
「俺……夜も遅いしもう寝るよ」
兄達が心配そうに見つめるなか、ヴィーノはぼそりと呟いた。そして踵を返し、部屋を出ようとする。すると珍しく父王が呼び止めるように声をかけてきた。
「ヴィーノ」
「何だよ」
「私は……お前達を愛している」
淡々とした口調の中、どこかいつもと違う響きを感じてヴィーノは振り返った。しかし、視線の先にいる竜王は相変わらずの無機質さで、結局その異質な感情を見いだすことができなかった。
◆◆◆◆
結局、いまだに竜王を誘惑できていないシェリーは城探索をしたいと駄々をこねるエマを無理矢理説き伏せ、情報収集に勤しませていたのだが……
「この城の人達は皆よい人達ですね~」
「……皆とは一体誰のことですの?」
曖昧な物言いがあまり好きではないシェリーは眉間に皺をよせてエマを見つめる。先ほどシェリーに虐待されたエマはその表情を見て真面目そうな顔をした後、スラスラと答えた。
「私が聞いたのは主に城内で働く者ですね。えーと、確か……執事、従者、侍女、下働き、料理番、その他諸々でしょうか?まあ、話を聞いた人の名前はこの紙に記してあります」
「相変わらずの才能ですわね」
「えへへ~ありがとうございます」
嬉しそうに頭を掻くエマにシェリーはにっこりと微笑んだ。
1ヶ月過ごして気づいたのだが、この城の使用人達は異様に寡黙だ。そういう人材を選んでいるのか、それとも竜王がそのように躾たのか。彼らは一様に無駄口を叩かない。ただ黙々と仕事をするだけでシェリーとは必要以上に関わりを持とうとはしないのだ。
まあ、侍女が喋らないのは分からなくもない。竜国は女が生まれない為、彼女達は異国で買った奴隷達か貧しい村で買った娘達だからだ。
そんな彼らから情報を掴むなど相当難しいはずだ。しかし、エマならそんな難しいことも簡単にできてしまう。
彼女の見た目がそうなのか。それとも何か不思議な力を持っているからなのか。エマには天性の人タラシの才能を持っていたのだ。




