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シェリーは夫の竜王からきっぱりとした拒絶の言葉を受け、ぱちぱちとその大きな目を瞬かせ、子供達は驚愕に目を見開いた。
「ち、父上?」
「えっ……本性晒けだしちゃうの?シェリー相手に?」
戸惑う子供達を見てシェリーは薄く笑った。
「あら……貴方達も陛下の気持ちに気づいてらしたのね。気づいていなかったのはヴィーノだけでしょうか?」
幼いヴィーノは父親の言葉に衝撃を受けたようで、意味もなく目をキョロキョロと動かしている。不自然すぎる行動だ。
「ヴィーノはまだ幼く反抗的だからな……全てを知るには早すぎる」
「なるほど」
完全に戦力外発言をされたヴィーノはたちまち顔を不機嫌そうに歪めると、自分の父親を鋭い目で睨み付けた。しかし、竜王はそんな視線など気にも止めずその形の良い口を薄く開く。
「残念だな……。君にはずっと優しい王として接してあげようと思っていたのだが……こうもあっさりと見破られるとは」
本心をけして読ませないような鉄壁の笑顔でそう言う竜王にシェリーは同じく他意など考えてもいないような無邪気な笑顔を向け返す。
「まあ、わたくしを舐めすぎですわよ」
「ああ、そうだな。残念なことに君はなかなかに聡い」
「あら嬉しい。それは誉めてますの?」
「いや、嘆いているのさ。君が思った以上に愚かではなくて」
そこまで言って竜王は小さく口角をあげた。
「夫婦といっても様々な形があり成り立っていると思わないか?」
笑みを浮かべながらそんな風に言ってくる。その笑顔に何か異質な底無し沼のようなものを感じて、シェリーはじっくり観察するように目の前の夫を見つめる。
「そうだな……私は君に対して毎日愛の言葉を呟くつもりもないし、公的な場以外で笑いかけることもしない。その代わり、君には欲しいものは何でも与えるし願いはなるべく叶えよう。だが、私自身は君に何もしない」
「どうしてです?美人はお嫌いですか?」
「いや、考えたことないな」
竜王は真面目に答えた。
「ではわたくしをちゃんと妻として扱ってくださいませ。わたくしは貴方の妻として誠心誠意お仕えしますわ。ですから陛下にもわたくしを妻として扱ってほしいのです。そう、わたくしが願うのは何かおかしいでしょうか?」
「おかしくはないが、それは無理だ」
「どうしてですの?」
シェリーの疑問に竜王は笑みに似つかぬ平坦な声で答えた。
「私が欲しかったのは【妻】ではなく【王妃】だからだ」
シェリーと竜王の話は平行線である。だからこそけして終わりはない。だが二人は矜持の高さか、それとも単に負けず嫌いなのか、互いに自分の思いをぶつけ合う。
「だから……互いに干渉するのはよそう」
「はい?」
「君は自由にしていてもよいということだ」
はっきりと告げるその言葉はまるで一本の鉛筆の芯のようで、しかしその言葉とは裏腹に表情は朗らかである。
「私達は相手の自由や意思を尊重し、その行動には口出ししない。しかしだからと言って、一国の国王夫妻が不仲であるのは望ましくない。適度な距離を取り、お互いに居心地よく、楽しく生活をしよう。私は君になに不自由のない生活を保証する。面倒くさいこともさせない。だから君もそれを等しく理解した上で好きなように過ごしてくれ。勿論、恋愛は自由だ。好きな男がいれば愛人にでもするといい」
それを聞いたシェリーは自国の貴族の恋愛事情を思い出す。たしか、配偶者以外の人と熱く燃え上がるような恋をするのが流行っているのだとか……
しかしシェリーはそんなこと一つも求めてはいない。彼女は陛下の赤い瞳をじっと見つめ、はっきりとした口調で告げた。
「嫌ですわ。お断りします」
その言葉を聞いた途端、竜王の纏う空気が若干の冷気を帯びる。
「なぜだ?君ほどの女ならいくらでも優秀な男が言い寄ってくるだろう」
竜王の言葉にシェリーは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ええ、確かに……。でも旦那様以外を許せるほど、わたくしの身は安くはなくてよ」
そして今度はふんわりと笑って話を続ける。
「ですから……その恋愛相手に貴方を選んでも?」
「それは迷惑だな」
「まあ、それは困りましたわ」
まるで聞き分けのない子供を相手にしているようにシェリーはふぅっと頬を手で抑えため息をつく。竜王はそんなシェリーの様子を冷え冷えとした笑顔で眺めている。
二人の視線が一瞬重なった。その瞬間、僅かに冷たい火花が散った。
執務室の中が緊迫した空気に包まれる。
子供達は固唾を飲んで両親のやり取りを眺めている。
しかし、その空気を破るようにシェリーは言葉を放った。
「でしたらやはりわたくしは貴方を全身全霊で誘惑しなければなりませんわね」




