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「そもそもシェリー様……いえ、王妃様は態度を改めるべきですわ」



 名前ではなく王妃と呼び直したエマは両手を上げて首を振りながらはぁぁっと盛大なため息をついた。


 そんな侍女にシェリーはにっこりと笑いながらも纏う空気は重苦しく、棘のある目で見下ろした。



「あら?貴方は調査の結果を報告しに来たのではなくて?それともまさか、このわたくしにつまらない説教をしに来たのかしら?」


「いででっ!いっ痛い!痛いですぅ……!!止めてください王妃様ぁ」



 エマのふわふわとした髪をまるで雑草のごとく掴みあげ、シェリーは女神のごとく微笑んだ。



「ち、ちゃんと言います!言いますから手を離してください~」



 半泣きになりながら懇願するエマを見下ろしながら、優雅に扇を開くとその口許を隠しながら可愛らしくこてんと小首を傾げる。しかし、その目はまるでネズミをいたぶる猫だ。



「でしたら早く報告しなさいな。わたくし、これでも暇ではないのですよ」


「……陛下といまだに初夜が迎えられないのは私のせいじゃないのに」


「五月蝿くてよ!!」



 シェリーは履いていた部屋履きを素早く脱ぐとそれを右手に持ち、スパーンと勢いよくエマの頭を叩いた。


 最初から不機嫌であったシェリーだ。今のエマの言葉で更に機嫌が急下降することになる。


 部屋履きはヒールのついたものになり、シェリーはそのヒールの先をエマの白い頬に押し当てる。そしてそれをグリグリと回し始めた。



「や、止めて!止めてください!!私の麗しのほっぺに穴がっ!穴が空いちゃうぅぅ!!」


「無駄口しか叩けない侍女にはお仕置きをしなければならないでしょう?大丈夫。貴方の頬に風穴が空こうがわたくしは痛くも痒くもありませんから」



 これを見たもの曰く、ゾッとするような魔女の微笑み。その笑みを浮かべながらシェリーの青い瞳が怪しく光った。



「ぎゃあぁぁぁっ!誰か助けてー!!」



 美しい王妃の部屋には似つかわしくない、女の悲痛な絶叫が響き渡った。






 ◆◆◆◆


 シェリーと竜王の婚礼から今日で一ヶ月が過ぎた。


 その後、シェリーと竜王の間に何か進展があったかと問われれば何もないとしか答えられない。


 竜王はあの失敗した初夜以降、仕事だ、流行り風邪だ、急な視察だと、シェリーとの夜をことごとく拒否してきたのだ。


 これには流石のシェリーも気づく。竜王はシェリーと夫婦の営みをするつもりはないのだと。いや、それだけではない。竜王はシェリーを王妃として扱いはするが妻としての扱いをするつもりはないようだ。


 一体何故だろうと考え、もしかして愛人でもいるのかと考えたが、それはヴィーノの反応で否定された。なら、女に興味はないのだろうか?と考えたが、よくよく考えたが彼は三人の子持ちだ。その考えはすぐに否定される。


 であるならばなぜ?


 不幸中の幸いか竜国で人間の王妃がやることは無いに等しい。


 だからこそ逆に手持ち無沙汰にもなる。


 城の家臣達も流石に早々王妃に馴れ馴れしくすることはできず、どこかよそよそしい。シェリーが人間であることもそうだが、彼女の人並外れた美しさが、近寄りがたい雰囲気を漂わせる一端となっているのだ。


 それならとシェリーは執務中の竜王に会いに行こうとしたが、遠回しに邪魔だと追い出され、ならばと王子達と親交を深めようとするが彼らも忙しいと断られてしまう。


 しかしそれで諦めるシェリーではなかった。


 彼女は強硬手段をとったのだった。


 シェリーは今日も夜遅くまで仕事をしている竜王の執務室までいくと軽くノックをするや否や返事を待たずして室内に入った。


 薄暗い部屋の中、目を凝らしてみると居たのは夫だけではなく三人の子供達まで。子供達は一様にぽかんとした表情になっており、竜王は怪訝な顔をしていた。


 そんな四人の様子など軽く無視しシェリーはにっこりと微笑んだ。



「ごきげんよう、皆さん」


「シェリー!一体どうしたんだ?こんな所まで」



 竜王はすぐに本心を隠すような笑みを浮かべ、椅子から立ち上がる。


 シェリーはそんな竜王の元までスタスタと歩くと、王専用の執務机の前で立ち止まり無垢な乙女の表情で小首を傾げ竜王をじっと見つめた後に口を開いた。



「ねえ、陛下……わたくしはいつ、貴方と夜を共にしたらよろしいの?」



 その瞬間、空気が凍った。


 上二人の子供達は目を真ん丸にしながらその場で硬直しているし、末息子のヴィーノに関してはまたも顔を真っ赤に染め、シェリーを指差しながら口を開けたり閉じたりを繰り返している。


 当の竜王は一瞬驚き硬直したもののすぐに持ち直しシェリーに再び笑顔を向ける。しかし、その笑みは先ほどとは違い若干皮肉めいた影が見え隠れしていた。



「わたくし……この城に来た日から気づいてましたのよ?陛下はわたくしと仲良くする気がないのだと。貴方は……わたくしと仲良くすることに、何か不都合でもあるのですか?」



 そこまで言うとシェリーはじっと竜王を観察するように見つめる。


 シェリーに見られている竜王は片眉を少し上げ完璧な非の打ち所のない笑顔を浮かべて言葉を返した。



「シェリー。私は君を誰よりも大切に扱うつもりだ。この国一の女人として、それはもう大事に……。この国一の贅沢を君に与えよう」


「ええ、それは理解していますわ。でもそれは王妃としての待遇ですわ。貴方の妻としてはどうですの?」


「妻として?」


「そうですわ。貴方はわたくしを妻として愛する気はおありなのですか?」



 そこまで言われ、竜王はすぐに表情の一切をそぎおとす。その表情のなんと無機質なことか。なまじ美形なだけにまるで成功な彫刻のようだ。


 しかしながら竜王はすぐにその端正な顔にふっと笑みを浮かべてみせた。そして、シェリーに向かってどこか吐き捨てるように告げる。



「それはないな」



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