彼女の輿入れ
四頭立ての馬車が一列になり走る。
その数は僅か三台。
一度国境を越えれば、馬車は休みと走行を繰り返しながらも北へ北へと突き進む。その間、どんどんと気温は下がり、降る雪が辺り一面を白く染めていく。
同じ速度できっちりと列を成すその中に、ひときは豪奢な馬車がある。その中には思い切り頬をぶんむくれさせた令嬢が一人、意味もなく外の景色を眺めていた。
「お嬢様ぁ……そろそろ機嫌治してくださいよぅ」
向かいに座る一人の侍女が、情けない声で令嬢に言う。
「だって仕方ないじゃないですかぁ。お嬢様、婚約破棄されて国内じゃもう結婚相手見つからないんですから……」
「そんなこと……わかっていますわ!」
くわぁっと口を開き、令嬢は手に持つ扇をポッキリと折った。
「だけど、急すぎませんこと!?わたくしが王子に婚約破棄されたのは昨日のこと。輿入れの話もその時。馬車に放り込まれたのは今日の朝ですのよ?準備だってできずに、身一つで相手の方に輿入れだなんて屈辱ですわ」
「はぁ……それはごもっともで」
本来であれば令嬢ほどの身分の少女の婚礼には嫁入り道具の調度品や宝飾品やドレスがぎっしりと詰まっていなければいけない。しかし、馬車の中は驚くほどにすっからかんである。
令嬢の気迫に圧倒された、相手の御者は可哀想にすっかり身を縮こまらせ、隅の方で震えている。とはいえ今は馬車の中、逃げることなどできないのだが。
「優しいだけの王子様だと思ってましたのに……やられましたわ」
地を這うような低い声。半眼で睨み付け、ギリギリと歯を鳴らす令嬢の姿はきっとどんな魔女と比べても恐ろしいだろう。なまじ、美しい少女だから尚更である。
「シェリー様が悪いんですよ?件の男爵令嬢を苛めるなんて噂がたつから」
「苛めてませんわ!!」
「それはこのエマ、十二分に理解してます。しかしながら、国内の王公貴族は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして、シェリー様が男爵令嬢にそれはもう、凄惨かつ悪逆な行為をしたと思っていますよ」
「誠に遺憾ですわね」
「シェリー様の普段の行いに問題があるんですよ」
はぁぁと疲れきったようなため息をつく侍女のエマにシェリーはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「せっかくの美貌なんですから態度も可愛らしくすればいいのに……毒舌、傲慢、変人、じゃあ嫌われて当然ですよ」
「別に……この性格は生まれつきですし、あの方達に好かれたいからってこれを変えたいとは思いませんわ」
「なまじ本当に顔がいいから……」
恨みがましく涙目になりながらエマは呟いた。
シェリーは本当に美しかった。
眩い金髪は絹のような光沢を放ちながら滑らかに流れ落ちている。まるで湖の煌めきを連想させるような青い瞳。筋の通った高い鼻梁。紅をささずとも薔薇に染まる唇。それら全ての完璧なパーツが小さく滑らかな輪郭に見事な配置で収まっているのだ。
華奢でありながらも出るところの出た体躯は見事に均整がとれており、先ほどから放たれている声は恐ろしく玲瓏で聞くものをうっとりさせる。
まるで大輪の薔薇と清廉な百合を掛け合わせたような驚くほどの圧倒的美貌。
人の好みに差はあれど、彼女は誰もが認めるしかないほどの美少女であった。
しかしこのシェリー、何分性格に難がありすぎる。
エマはシェリーに気づかれないようにこっそりとため息をついた。
シェリーはエマにとって唯一の主。エマが彼女の侍女である以上、何があっても彼女に従うしかないのだ。そう、例え彼女が国を追放されても。