表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

9・初めての授業

 


 一限目、数学の授業。


 教卓には黒髪黒目の先生が立ち、黒板こくばん(グラフィックボードという製品だがみんな黒板と愛称を呼ぶ)に数式が現れては消えていく。

 生徒のタブレット端末には黒板と同じ画が現れていて、名を当てられた者が、電子ペンシルで回答を書き込み、正解することで授業が進む。


 ぱらり、という音。

 紙書籍がめくられる時と同じ音が、タブレット端末の画面が切り替わるごとに、発される。

 この音に聴覚を刺激され、眠気を誘発される生徒もいて、数人、こっくりこっくりと頭が動いている。4秒停止フリーズでまたシャッキリと背筋が伸びる。


 この繰り返し。

 これが授業。


 未来人が、平成50年度においてこなしているプログラムだ。



 ▽こんなことを繰り返したところで……

 ▽数式なんて生まれた時から完璧に理解しているわけで……

 ▽未来人は知識をプログラムされて生まれるわけで……

 ▽旧式社会保持に、何の意味があるんだろう?

 ▽過去の戦争を忘れないため?


 そんな考えが、俺の頭の中で、鈍く光り、びかりと……



 ゴイン!!!!



「いっ……たっ……!?」


 ユイの後頭部が俺の鼻を直撃した。ぐおおおお……!

 強度の関係であちらも痛かったらしく、前のめりになって後頭部を押さえて悶絶している。


「だ、大丈夫ですか……!?」


 ああ、この状況でユイの方を心配しなくてはいけない理不尽さよ。


 ユイはギクシャクと俺の方を振り返り、ポロリと一粒の涙を流した。


 う、うわあああ女の子泣かした!? ごめんごめんごめん!


 体重をぐったりと肩に預けてきたので、思わず、両腕全体を使って抱き込むようにかかえる。


 ユイ……………やっぱり理不尽じゃないですか??

 さっきぶつかってきたのそっちですけど??

 あれ??

 ん??


 ちょっともやもやしながら、下を向くと、なんとユイは学生用ネクタイの紐を噛んで遊んでいる。どうりで静かになったわけだよ。ほんと犬。

 俺は、こみ上げてきた笑いを堪えるのに忙しかった。



 こんなことをしてたら、俺の頭の中のくすぶりは、いつの間にか無くなってしまった。



 えーと、タブレット端末でユイの犬的動画記録、ヒフミにのみ制限メール送信……っと。

 前の席で「ンッ」とくぐもった声がして、肩が揺れ始めたので、奴も必死で爆笑を堪えているようだ。朝礼の時にからかわれた仕返しができて、俺は満足。



 10分。

 20分。


 だんだんとユイがこの場に慣れてきて、テンションが上がってきてしまった……


 授業中だから、先生に叱られないように、俺はこっそり注意することしかできなくて。

 弱々しい制止では、知能・犬のはしゃぎっぷりを抑えきれない。



 ユイの犬耳カチューシャが小刻みに揺れて、リンクされた感情が俺の頭の中に「♪♪♪」「♡♡♡」と現れている。実にやかましい。



 スムーズに授業が進……っっっむわけがない。


「ユイ、おとなしくしててくださいっ」


 無理な相談だ、わかってる。


 ついに机の上のアイテムに手が出始めた。


 タブレット端末や電子ペンシル、ホログラム時計に紙書籍、ユイの関心を引く「初めてのオモチャ」がいっぱい。

 さっきまで「触らない」をできてただけえらかったんだろう……


「生徒番号一番」

「はい」


 先生に呼ばれて、回答を行う。

 正解、花丸がつけられたのが、リアルタイムでタブレット端末に表示される。

 ユイが興奮して、タブレット画面を指でグイグイ押した。

 画像が乱れる。

 黒板に<エラー>。


 先生も生徒たちも、急なデータバグに動揺してしまって停止フリーズ

 ああもう、未来人は不足の事態に弱いから!


 ヒフミが大急ぎで、プログラムを直してくれる。彼は俺の友達をやっているせいで緊急事態に慣れている。

 ありがとう……!


 ユイは反省の様子を見せずに、俺の手の甲をぺしんぺしんと叩いている。

 鼻歌みたいな音を漏らしながら、ごきげん……。


「だめですってば!」


 強めに言うと、むすっと頬を膨らませた顔は、子供みたい。

 早く幼児並みの知能まで成長してくれ〜! って切に願うんだけど!



 また、俺が当てられるところから授業が再開。

 平穏を装って回答する。


 先生が背中を向けて、黒板の表示操作、ページをめくる音。

 切り抜けた……ホッと胸をなでおろした。



 隙あり! とユイの手が伸びてくる。

 電子ペンシルを盗られる。


「それはだめ!」


 ユイの小さな手には思わぬ力があって、俺と取り合いが均衡した。


 きっと反動なんて気にしない全力の「ちょーだい!」だから、これ、俺が手を離したら思い切りこけて後頭部を床に打ち付けるはず……だ、だめすぎる。

 慎重に、力を込めて、


「あっ!?」


 バキョ、と嫌な音を立てて電子ペンシルが壊れた。


 その勢いのままユイは横に転げ落…………させるか!


「っ!」


 肘を、ユイの後頭部に滑り込ませて、頭ごと抱える姿勢。

 ぐおおお肘関節が……!


 助けてヒフミ、と視線で訴える。


「せんせー。ハジメくんが転校生を押し倒してまーす」

「何!? 廊下に立っていなさい!」


 何言ってんだこのやろおおお!?

 先生もそれルール違反の時の常套句だけど、もっと融通効かないわけ!?


 ……方法はアレだけど、この教室でずっと授業を受けるのは無理そうだから、抜けるべきかもしれない。


「大丈夫でしたか? ユイ、……!」


 指に、擦り傷。

 皮膚が裂けかけている。

 ほんのりピンク、朱色、それから、赤────



 ──血の色は禁止。




 ゾワッッ!! と全身が冷たくなった。


 頭の中に警報のようなものが現れる。



 ユイのお腹を抱えて、運ぶように持って、廊下に向かう。

 横目で見たヒフミが、驚いたように目を丸くしてこっちを見ていた。


 教室のみんなも、俺たちに注目している。

 ヒフミと全く同じ表情で、揃って首をひねって、凝視しているその頭のなかで何を考えてる?


 ユイのを見られてはいけない。

 そう思った。


 急いで、ユイの指先を口に含んだ。

 ただ隠すためだから。

 いやほんと。


 口の中で妙な感触。

 きっと、たらりと指をつたった潤滑液が、したたり落ちたんだろう。



 おかしい。

 おかしいって。

 人型ロボットの培養槽に入っていた潤滑液はピンクだった、”それが体内色になるはず”、なのに、ユイは……


 デザインミス?




 ピースがカチリとはまったように確信してしまった。


 保健室に向かおう……!


 とても優しい保険医がいる。

 ユイの皮膚を縫合する設備と予備部品もそろっている。

 アイデア暴走時に迷惑をかけたことは、謝り倒すしかないなぁー……!


 彼女の指を、咥えたまま、俺は全神経を足に集中させて、不気味なくらいにやさしくかつ素早く走るという奇行を見せた。




 [レポート]


 美少女型ロボット ユイ 2/10


 ・知識 博士級

 ・知能 犬


 ・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ

 ・なつき度 MAX



 ※指・負傷中

挿絵(By みてみん)


こんなので授業できるわけない〜


読んでくださってありがとうございました!





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ