8・朝礼
それは気持ち良さそうな寝息だ。
寝息。
眠っている。
俺の膝の上で。
膝の上というのは言葉のあやみたいなもので、実際は、足の上半分すべてを使ってさらに腕で補助をし、くったり眠りこける彼女を支えるベッドと成り果てている。
「ユーイー……」
起きない。
そういえば無理やり起こしたら機嫌が悪くなるかも、と思い至って、口をつぐむ。
「ヒーフーミー……」
前の席のやつの名前を呼ぶと、肩を震わせながら振り返った。
こっちを見ると、グッ……と喉を鳴らして噎せている。
「めちゃくちゃ面白いな」
「なんなんだよ……なんなんだよ……」
「教室来る前に覚悟していたらしいじゃん。じゃあいいんじゃない? 女の子一人、抱えたまま授業受けるのもさ。なかなかできない体験だぞ」
「そんな体験したやつ俺以外いないだろ……」
「僕、未だかつてないものを見るのが好きなんだよな」
「それを今聞かされてどうしろってわけ……?」
「ハジメのサポートたくさんしてやるよ、って言質」
「ぐうぅ」
ほんっとうにヒフミは言葉選びが上手いよなぁ……
俺がため息を吐いてる間に、ヒフミは俺の机の上に教科書やら必要なものを2人分配置してくれて、ノートパソコンをいじって学生管理システムへの干渉に余念がない。
「ありがとう」
「ハジメのそれ、美徳だって言ったモモに同意だ。もっと助けてもいい気になるから」
「おお。椅子、くる?」
「椅子は何があっても増えないから。学生はこの教室に30人固定、新しい椅子は絶対に作られない。必要がないからだ」
「……1000人以内。未来人の人口は確定している。そうだよなぁ……」
「そういうこと」
ヒフミがふと、俺の髪の毛を触った。
間抜けなことに、頭に葉っぱがついていたらしい。
ユイを抱えて走ってきたから、両手が塞がっていて、頭に違和感はあったけれど自分で触って確認することもできなかった。
「白#FFFFFF。いいな、デザインミス」
「さんざん悩んできた俺の前でそれ言う?」
「僕らなんてさ、代わりがいくらでもいるから。でもハジメは唯一無二だ」
そう言って目を細めるヒフミの言い分も、わからなくはない。
でも……
俺だって、ヒフミたちの正常なデザインが羨ましかった。
それはもう痛烈に。
正常なら、繰り返す毎日に疑問を持たずに生きられる。
正常なら、同じ黒髪黒目、同じ景色を見ていられるであろうこと。
正常なら、俺も輪の中で過ごせていたのかなって……疎外感で、悩んでいたことも、あったけど。
腕の中に重みを感じている現在、何もいえない。
デザインミスの俺でなければ、ユイを生み出すこともなかっただろうから。
彼女が生まれなければよかった、なんてことを指す言葉は、言いたくないって。
もやもやとくすぶっていた言葉群を飲み込み、その代わりに、ユイの口元につられて俺も少しだけ微笑みを浮かべた。
「いいな。ユイ、とハジメ、で唯一」
「おおー」
ヒフミが、ふと思いついたように発した言葉に、ひどく納得した。
2人ともが異質な存在であるハジメとユイ。
でも異質な存在が2人いれば、新しいグループが作られるのかもしれない。
……ヒフミも唯一に入る? って聞こうとした時、チャイムが鳴った。
教室に担任が入ってくる。
「センイチ先生、おはようございます」
彼は、中年男性という設定に合わせて髪はグレー##D3DBE2。
メガネをかけているのは、俺たちが制服を着ているようなシチュエーションアイテム。未来人の正常デザインなら、視力が低下していることはないだろう。
夏用の薄手のスーツに、白衣を羽織っている。担当科目は科学。そして心理研究学科にもよく現れるため、そこの生徒と共同開発したという蛇ロボットが肩に乗っている。
「おはよう」
抑揚のない声が、無駄のない言葉を紡いで、センイチ先生による、生徒の点呼が始まった。
ユイの名前が呼ばれる時、ヒフミが俺の喉の調子を改変、女子生徒の声で俺が返事をする「はい」。
センイチ先生は一瞬停止したけれど、その後、とくに言及することもなく朝礼を開始した。
俺はド緊張していた胸を撫で下ろして、日課である音読を開始した。
──人型ロボットを作ることは禁止。
──血の色は禁止。
[レポート]
美少女型ロボット 唯 2/10
・知識 博士級
・知能 犬
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ
・なつき度 MAX
※快眠状態