7・協力者
足を地面に叩きつけた時の衝撃はなかなかのもの。ユイの体重も加算されているから。
でも3メートル飛び降りたにしては、ダメージが軽すぎるくらい。
跳躍シューズ、すごいな!
とんとんとつま先を地面につけてみたり、軽く歩き回ったりしてみると、足に吸い付くようなフィット感。
マジでどうやって作ったんだろう?
それを知りたければ、アイデアの光で暴走している俺自身に、向き合う必要があって。
ドクンと心臓部が大きく動いた。
ユイが腕の中から逃げた。
「だめですーーーー!?」
蝶々を触ろうとしてる。
それ一番だめなやつ!!
見た目は蝶々だけど校内巡回してる警備ロボットだから、ビリビリさせられるから、愛らしさに騙されちゃ、だめ!
スライディングでユイの側に滑り込み、抱き込む。
小さな手は目標地点に届かず、蝶々をつかむことができなかった。
蝶々が飛び去っていく……ホッ。本当に良かった……!
「ユイ、それが危ないものだって知識で理解はしていますよね? だ、め、で、す!」
「……」
イヤイヤをしている……
どうしたんだろう? 何を訴えたい?
「ユイ、理由が話せますか?」
ユイは噛み付かんばかりに、
「わんっ!」
…………。
…………。
……………………ああ〜〜!?
これはまた、嫌な予感。
「もしかしなくても、それしかまだ、話せないんですね……?」
ユイは(そうなのかな?)って自分でも確信できていないのかゆるりと口角を上げて、曖昧に微笑んでいるだけ。
うーん。
問いかけを変えてみよう。
難しかったり曖昧な物言いを避けよう。
「話そうとしたら『わん』になった、はい、いいえ?」
ユイは元気よく頷いて「わんっ!」と吠えた。
はあ……ああああああ〜……!
学校生活のハードモード上限がさらに上がった気がした。
もはや、どこまで?
・ユイは人間の言葉で説明ができない。
ここにきて……
いやここに来てからでよかった。
俺とユイが木陰でコソコソ話していると、近寄ってくる足音がある。
右、左、一般生徒よりも少しゆっくりのテンポ。
この人物は安全だ。
「ヒフミ、おまたせ」
「おつかれさん」
すちゃっ、と手を挙げた男子学生、一二三。
17歳として規定通りの170センチの身長、黒髪黒目#000000。
クセのない髪が、ざああっと風になびいて、元の形に収まると、頭に沿ったきれいな丸みのあるシルエットになる。
未来人らしい平均顔。見ていて心地よい程度に整っている。
涼しげな瞳はまぶたが半分覆っていて、視覚情報量を少なくしている。思考を優先しているときの、ヒフミ特有のしぐさだ。
つまりは、俺とユイの状況について、真剣に考えてくれてるってこと。
「ぷぷッ」
わ、笑っている……噴き出すように……!
さてはさっきの犬の鳴き声、聞いてたな!?
「あんな遠くから盗み聞き!?」
「聴覚精度を高めたんだよ。耳の神経回路にエネルギーを優先的にまわすように、って、イヤリング経由で脳に命令信号を送った」
「お、おまえ……おまえってやつは……! 頭弾け飛んだらどうすんの!?」
「うまくいったからよし。僕は情報伝達の研究のために生きているんだよ。ああそうだ、ハジメは喋る時の音が独特だから他の生徒よりも声を拾いやすかった。感情が豊かなため波打つんだよな」
「ええい、マイペースに説明を続けるんじゃない。心配したんだってば!」
「心配しがいがある友人同士だな」
ぐぅ……の根も出ない。
いつも迷惑かけてすみません。
助けてくれてありがとうございます。
「あのさ、情報……」
「分かってる。そのためにここにいる」
ユイの偽情報はすでに作られているらしい。
デザインミスの学生として、枠を一つ増やし、こっそり登録してくれることになった。
ヒフミは眩しそうにさらに瞼を下ろした。
「ハジメのそれ……目。チカチカする。暴走の兆しがあるかも」
「えっ!?」
「アイデアのこと考えてたりするときと同じ、目が光りかけてた。その子のこと見てるとき、そんな感じ。実感は?」
「ない……ちょっとドキドキするくらい?……ほら綺麗だから」
「造形比率は完璧だ」
ジー、とヒフミとユイがそれぞれ俺を見つめてくる。
「いや……光が収まった。ハジメの感情が昂ぶっているだけなのか、彼女がアイデアの光として傑作だから眺めているだけで満足しているのか、だと思う。暴走の時はもっとこう、底光り」
「嫌な表現だな……」
「事実」
ヒフミは完全に瞼を下ろして、落ち着いた声で話した。
検証を終えて、結果報告ってかんじ。
顎を指先でこすって、付け加える。
「ちなみに、僕たち未来人の目にハジメの光が映ったとき」
「目を合わせたらってこと?」
「そう。脳機能がわずかな向上をみせる。ハジメのアイデア暴走、縮小版って感じ……? 今、僕の思考速度が上昇してる。あ、うん……直った。このハジメと未来人の関係性について、ブレインブーストって名付けるのはどう?」
「情報量が多くてしんどいんだけど」
「がんばれ感染源」
ヒフミはニイッといじわるに笑って、俺のこめかみを、人差し指の第二関節を曲げたとこでガツンとつついた。いてっ。
「いじめっ子」
「ふーん」
軽口のやりとり。
でもわりと本質で、ヒフミは元いじめっ子。
さっき門の前にいた悪童たちのグループに所属してて、俺をからかいにきてた。
だけど、アイデア暴走したときの俺に一度酷く懲らしめられたらしくて、それからすっかり親切になった。
好奇心旺盛で、俺がいろんな発明品を作るのを楽しみにしてる。今ではファンみたいな立ち位置で、暴走後のフォローも快くしてくれる。
持ちつ持たれつ。
悪友って感じ?
「光の消失、確認。いま何考えてる? いや、僕が当てよう……目尻が2ミリ上昇、眼球の左右の振動がうろたえを表す、口元が痙攣したように0.5ミリ動いた……なるほど。こういうときのハジメはだな」
「そういうのいいから。この子のこと、これから一緒に見てあげて欲しいんだ」
俺がユイのほうを振り返ると、にこっと世にも可愛い笑顔が返ってきた。
うっっ打ちのめされる……!
ヒフミが「笑顔。下まぶたの曲線角度、頰のもり上がり、口角の上昇率、記録完了」とブツブツつぶやいている。
表情をデータとして記録したようだ。
ノートパソコンを取り出した。
ヒフミは片腕にノートパソコンを乗せ、反対の手でキーボードを触る。リズミカルな打鍵音。
「作成した基礎情報、きく? 身長156センチ・体重40キロ・外見年齢17歳相当・学生領域クリア・入学知識量クリア・学生備品クリア」
「安心した……!」
「資料揃っててよかったよ。それにしても大変な創造をしたなぁ」
「あの、あとで叱られます」
「モモに? がんばれ」
「がんばるぅ……」
ガクッ、とうなだれた俺の肩を、ヒフミがトントンと叩いた。
キーボードの上をヒフミの指が軽やかに動き続ける。
ユイがそれを見てうずうずしている?
「あっ」
「……!」
ユイの手が俊敏に伸びた。
エンターキーを、よりにもよって押してしまった!
ヒフミが大急ぎでデリートキーを押す。
送信しかけていたデータを削除。
それから履歴をさかのぼり、呼吸止めて1秒、学校管理システムに異常察知されていない事を検証できた……
はーー、と深い深いため息。
俺はげっそりとやつれたような気がするよ?
「ユイ! だ……」
ヒフミに口を塞がれた。
顔面に書籍がドン。え、顔が痛いんだけど、なに?
「育児書」
「育児書!?」
「まだ知能低いんだろ? だったら余計に、教育の仕方には気を配るべきだ。図書館からもってきた。過去切りされた存在だから、過去の教育方法がいいんじゃない?」
だめ、って禁止事項を教え込む以外のやり方があるかもしれない……って結構カルチャーショックだな。
現代の主流はそれだ。はい、いいえ。良い、駄目。
ユイは何度禁止の約束をしても、破ってしまう。未来人とは違う。
そっか、ユイに合わせて、教育について考えるべきかもしれない……
「ヒフミ、ありがと」
「うん」
「ユイ、頑張りましょう」
「……」
しょぼりしていたユイが、パッと顔をあげた。
もしかして今まで、俺の剣幕が、こわかった?
約束事項を覚えさせようとしていただけなんだけどな……こういう学習を、未来人は機械的にこなす。悲しんだり落ち込んだりしない。ユイはやっぱり、特別すぎる。
「一緒に、頑張りましょうね?」
「!」
こくこくとあんまりにも一生懸命に頷くので、思わずユイの頭を撫でていた。
ん? ヒフミがにまにまーっと笑いながら、光景を記録している……。
「情報入力完了。見直し完了。オンライン接続、モモに送信。切断。オフラインになりました……っと」
ノートパソコンを閉じた。
鞄に入れる。
そして代わりに、何かを取り出した。
俺に渡してくる。
…………。
…………。
動物耳カチューシャ。
「なんだこれ!?」
「お前の発明品」
「俺ーーーー!!」
頭を抱えて天を仰ぐ。
「これをどうしろって? って考えてるだろ? もちろん人型ロボットに装着すべきものだ」
「俺め!! 意味はあるのか……」
「断れない理由があるぞ。これは装着者の脳波を感知して、その時の気分をアイコン化、イヤリング経由で『ハジメ』に伝える。素晴らしいコミュニケーションアイテムだ」
「う〜」
暴走時の俺に、一回キッチリ説教したい!
なんだこれ!
ユイに装着するとめちゃくちゃ似合うぞ!
なんだこれ!
可愛いなー!
上目遣いで犬耳美少女が見つめてくるのはそれはもうとんでもない破壊力。
頭の中で「♡♡♡」となつき度が表されるので、メンタルクラッシュしそう。
ん? 「ZZZZ ……」??
眠い、ってことらしい。ユイは目を擦っている。そのままもたれかかってきたので、抱き上げると、速攻で寝た。
「自由すぎる……さすがに僕も驚いた。この眠りの呼吸のリズムも、ノートパソコンに記録しておく。ハジメのイヤリングと、動物耳カチューシャに、記録をアップデートする。快眠しているかの判断に役立つだろう」
「ありがとヒフミ!」
ヒフミが校舎を指差した。
「じゃ、教室に行くぞ。『転校生』ってシステムだから、このまま教室に行ってもユイさんは怪しまれない。授業も一緒に受けられる。友情に感謝しろよ?」
「さすが〜!」
「明日、ジュース一本頂戴」
得意げなヒフミと、約束をした。
「……あ。俺がユイを抱えたままで、教室まで?」
「何言ってんだ? 当然だろう? 席は30しかないんだぞ?」
ヒフミ、そのニヤリって顔、悪巧みしているみたいなんだけど。
俺がユイを抱えたまま。
増えない座席。
始まる授業。
──なるほど〜。ちくしょ〜。
意を決して、教室にむかった。
[レポート]
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