5・学校へ
隣部屋からはしゃぐ女子の声が聞こえる。
ユイさん、脚が華奢だねー!?
膝がほんのり朱色で可愛い。
これ隠しちゃうのもったいないから、ちょっとスカート短めにしようか。
腰のところでスカートを折って、あと上のブラウスも長いね……それはボクがチャチャッと裾縫いしてあげよう。
ユイさんに一番似合う服装、大事だもん。
大丈夫、ヒフミ君が校則データ改変してくれるって。ボクたちは友達というチームだからね。
もう友達、って思ってもいいかな? ユイさん
ひゃあ! 笑顔可愛い! ありがとう、ボクも嬉しいよ。
──モモって、天然タラシなんだよなぁ。モテるのは、容姿がいいからだけじゃない。
相手の「してほしいこと」「長所を伸ばすこと」を気遣う能力に、モモは長けている。
ユイと仲良くなったみたいだし、女子らしさのプロデュースは、モモにお願いするとしよう。
俺は、ユイが怪我をしないように。他人の悪意に晒されないように。
まずなによりも守ること。
いじめられっ子だったからこそ、というべきか、そういう悪意のセンサーは敏感だ。
──俺だからできることもある。
「できたよ。わっ!?」
「!」
扉が開くやいなや、ユイが走り込んできて、俺のお腹に抱きついた。
ちょっとひんやりとした、ユイの体。
体温を測ってみると36,3度。
そして40度にのぼせ上がった俺の体温で温められて、ちょうどいい平熱に。
心地よさそうに頬ずりして離れない。あ、はい、風呂温度ですね……。
「ボクも、ユイちゃんと仲良くなったけど。一番はハジメくんみたいだね?」
「確かに生徒番号一番は俺だけど〜……」
「んもー、照れちゃって。分かってるくせにぃ」
モモがズビシッとおでこをつついてくる。
穴が開くかと思った!?
「いいなー!」
モモは腕を広げてそう言って、ぜんぶを包み込むように抱きしめた。
「ぎゅー」
天然タラシ、ほんとすごい。
「ねぇねぇ、ボクにありがとうは? ユイちゃん可愛いでしょ」
「まだ見れてないけど」
ちょっと離れてもらって、確認する。
まあモモがブツブツ言ってたとおり、セーラー服に膝丈スカート、よーーく似合う。
「ありがとう。ナイスセンス」
「ナイスセンス!?」
ぷはっとモモが吹き出す。
言葉が妙なツボに入ったらしかった。
「へたっぴ。でもそーいう素直なとこ、ハジメくんの魅力だよ!」
クシュン、とユイのくしゃみ。
人型ロボットの体は、どうやら冷えやすいらしい。
「ユイちゃん、ハジメ君の白衣、奪っちゃえ」
「科学授業の持ち物、紛失になる……」
「叱られちゃえ」
昨夜、ユイを白衣一張羅で過ごさせていた時間があることなど諸々、モモは共有レポートで把握しているわけで。
にっこり、という笑顔で語られた言葉には実に迫力があった。
はい貸します。
ユイの風邪>>>>>>>>>科学授業。
ですよね。
セーラー服に白衣をはおった超絶美少女が誕生した!
「「これはすごい」」
俺とモモの感想がぴったりと一致する。
すごいものを生み出してしまった、と絶句4秒、脳がしばらく固まっていた。
「ハジメ君の白衣ってところがまたフェチズム高いな〜」
「その判定やめて……せめて言語化しないで……俺が素直にユイのこと賞賛できなくなるじゃん……」
「照れちゃって?」
「そう」
「素直」
モモは笑い出すのを必死で耐えているらしい。
口元がモニョモニョしている。
ユイが歩くと、カポカポ皮靴が鳴る。
サイズが合っていない。
「ユイ、それで転ぶと危ないですよ。怪我をさせたくないので……どうぞこれを」
「?」
昨日、商店街で買っておいた女子用のスニーカ〜。
暴走時の俺、準備万端かよ〜。
「うっわハジメ君、うっわ。君ってやつは! ほんと! もう! あははははは!」
ついにモモが耐えきれなくなって、笑い出した。
「うん、まあね、暴走してる時のハジメ君はねー! 意外にもきちんといろんなことを考えてるんだよ? ぷっくく。周りに被害は及ぼすんだけど、ちゃんとギリギリライン。ふふふっ。それから落とし前を計算してる。ボクたちが助けることも、それに見合ったお礼もね。だからまた手助けしたくなっちゃうんだ〜。あはは!」
「記憶がないのがつらいんだけど……」
「ハジメ君、暴走してる時の、もうひとりの自分にきちんと向き合ったことはある?」
言われてみれば、被害が嫌だなぁとアイデアの光を嘆くばかりで、目を逸らし続けていた。
ハッとしたような心地。
ゆるゆると、頭を横に振った。
「光の記憶を取り戻してみたら?……っあはははは!」
俺が傅いて丁寧にスニーカーの紐をリボン結びしているのがそんなに面白いか、モモ……。
しかも器用! と笑いはなかなか止まらない。
光の記憶を取り戻すこと?
ひとつ、重荷が増えたな。
できるかどうかはわからないけど、ユイと生活していくなら、必要なことだろう。そう思うと腹もくくれるってもんだ。
よし、やろう。
「あっ、学校に遅刻しないことが最優先だよ!」
モモの判断はスパッと、間違いがない。
俺の背中を押して、ユイの手をそっと引っ張る。
「ユイ、歩きやすくなりましたか? それなら良かった」
「それに可愛いね、も! ほらー」
モモの判断は間違いがないから……俺からユイに言うべきことをアドバイスしてくれる。
「可愛いですね」
ユイは、ぱああっと笑ってくれた。
傍目には、幸せそうにみえる。
そして俺たちは完璧完全パーフェクトに幸せな心地になった。なにこれすごい。
初夏の日差しの中を登校する。
朝とはいえ、俺たちの肌がジリジリと焼かれてしまう程度にすでに暑い。
青い空には、入道雲がもくもくと浮かんでいる。
飛行機雲がのびやかな線を描いていた。
街は広い道路が規則ただしく伸びていて、街路樹が緑の葉をイキイキと広げて、生命力を感じさせる。セミの鳴き声がジィィンと鼓膜を打つ。
並ぶ家はどれも同じ外観だ。
昔ながらの日本家屋をモダンデザインにしたもの。平成30年代に流行っていたタイプ。
一軒につきひとり、未来人が住んでいる。
風鈴がリンリン、と鳴る音の中を進む。
いたるところに備え付けられた風車が、勢いよく回って、ユイの視線を引いた。
風車は微量の風力発電を行っている。チリも積もれば、で<日本領域>を維持するための大事な礎である。
「こっち」
俺たちは日陰を進む。
ユイの身体は繊細だから、日に焼かれて皮がめくれでもしたら大変だ。
モモが「そこまで思い至らなかった、ごめんね」と、日焼け止めクリームの手配を約束してくれた。自分がそこは任されたから! と譲らない。
できるだけ他人に会わないように。
みんないつもの時間にいつもの道を通るので、その傾向を思い出しつつ、壁や木の陰に隠れながらいく。
すぐにいろんなものに手が伸びるユイを制するのも大変だ。
これが一番手を焼く。
庭先の柿の木の葉っぱを引っ張って、住民に気づかれそうになった時は「わんっ」てユイがごまかしてくれたからなんとか切り抜けることができた。
でも犬ロボットなんてこの街に30匹しかいないんだから、あまり使えない手段だなぁ。
セミロボット。
猫ロボット。
ミミズロボット。
いろんなものがある中で、人型ロボットだけが禁止とされている。
ドームに閉じ込められた未来人の俺たちは、なぜ、を考える間もなく予定通りに一日を終えて、スクリーンに映された嘘の空を、空虚な目で眺めるばかりだった。
ユイが空に向かって手を伸ばす。
目をキラキラとさせて、口元は期待に微笑んでいる。
あれは何? と視線で尋ねられてドキッと、心臓が跳ねた。
「<母なる空>……俺たちに日光を活動エネルギーとして与えるものです。未来人も、様々なロボットも、あれがないと生きられない」
ユイはぱちぱちと瞬き。
知識があるから理解はできているはずだけど。
ぴょん、とユイがジャンプ。
影から、日光の降り注ぐところへ出てしまう。
なびく長い髪がこの世界のルールに沿わずあまりに自由で……って、見惚れている場合じゃない!
「そういうのはまたあとで!」
太陽に俺が背中を向ける体勢で、ユイを抱きしめた。
するとすっぽりと影に包まれる。
「そんなふくれ顔をしてもダメです、あーもう、モモの不機嫌顔を学習したんですか?」
「ひどい言い草だなぁハジメ君。またあとで叱ろうっと。それより今は、学校に遅れないこと!」
全くもってその通り!
ユイを横抱きにして、駆け足!
白い校舎が見えてきた。
[レポート]
美少女型ロボット 唯 2/10
・知識 博士級
・知能 犬
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー
・なつき度 MAX