4・幼馴染
朝起きたら、とびきりの美少女の寝顔が目の前にありました。
心臓ぶっ壊れるかとおもった。
ぼんやりする頭をイヤリングの流電刺激で叩き起こして、机においてあったレポートに手を伸ばして読み、昨日のことを確認する。うん。
頬をつねって痛みを確認。
はーーー…………現実だ。
よっしゃ、人型ロボットの幸せ学園生活! サポート! がんばろう!
「おはようございます」
小声で、うかがうような挨拶。
もふもふとわたぐもクッションに埋もれていたユイが、身じろぎをした。
夜間にもずっと俺のシャツを離さなかったようで、小さな手が布にシワを作っている。
そこに手を重ねてから、
「ユイ?」
呼んでみると、閉ざされていた目がぱっちりと開いた。
黒#000000の瞳に、俺の髪色・白#FFFFFFが映り込んでいる。
キラキラとしていて、生命力に満ちている。
俺の容姿は未来人としても異端なカラーで、髪は白#FFFFFF、瞳は銀色。
持病も含めて「デザインミス」と呼ばれている。
スタンダードカラーの黒目に映りこむと変色させてしまうから、感染源ってあだ名をつけられたこともあったなぁ……。けっこうガチなイジメだよな。
まあそれはいいや。
ユイの目と混ざった色は美しく感じたから。
朝6時。
いつも通りのタイミングで起床できた。
ユイの体調を確認。
体温を測って、体の内側を……ロボットスキャン装置で確認する。
大きな箱型の本格タイプ、中に入ったユイが動き回るから、スキャンに20分もかかったけど。
骨格正常、潤滑液も体内を問題なく流れている。規則正しく心臓が脈打って、健康という判断をモニターが表した。よし!
「ユイ、液晶モニターは指で触らないでください!」
「?」
肌が昨日よりもつやつやとしている。
高級皮膚素材が馴染んだらしい。
抱きついてくるユイの感触は柔らかくて、ほんものの人間さながらだ。
ユイのぶんの学生備品で支度できるものを……
タブレット端末、教科書、その他こまごましたものを予備カバンに詰め込んだ。
本日の授業ぶんはまず誤魔化せる。
ユイが、櫛やら手鏡やらもカバンに放り込む。んー、おもちゃみたいなのは困るけど、機嫌をとれるなら持っていくべきか。カバンの底板をめくって隠しスペースに入れておいた。
俺が準備できるのはここまで……時計を確認すると8時。
もうそろそろ出ないと、朝礼に間に合わなくなる。
「ユイの服どうしよう……」
あれから、協力者からの返信は来ているだろうか?
本日初めてタブレット端末の電源を入れた。
【着信1000件】
「ヒッッッ!?」
下手なホラー映画よりも恐ろしい数字が現れた!
こっわ!
しかしこれは間違いなく現実なんだよな……こっわ……しかも、昨夜から現在の間に起こったリアルタイムのやつ。
「うわああ俺が協力をお願いしたんだから、でなくちゃでなくちゃでなくちゃ……」
そう思いながらもさ、4桁という数字が強烈でなかなか着信を折り返せないーー……!
強烈に叱られそう。
指先が震えてる。
▽体温が下がっています、と電子イヤリングが訴えてくる。
ビビリでつらい、情けない、ああもう、俺、弱虫だな……
うつむいて、胸に手を当てて、深呼吸。
……落ち着いてきた。が、頑張れ。俺も動かなくちゃいけない。
もう弱虫のままじゃいられないんだ。
ユイが顔を覗き込んでくる。
ドキリとする。
情けなくしぼんでいた心が、あたたかくなる。
「っユイのこと、守りますからね!」
発端は俺のせいだから、何様目線だろう、って思うよ。
償いの気持ちと、でも純粋に、この綺麗な存在に幸せになってほしいという願いがある。
顔を上げた。
「うん、大丈夫」
友人に頼って、でも任せきりじゃなくて、俺もやるんだよ!
電話を折り返そうとした、その時。
ドゴオオオオオン!!!!
家の扉にものすごい衝撃。
大きく内側に凹んで、鋼鉄の扉がぐにゃりとくちばしのようにいびつに尖った。
鋼鉄の扉…………???? 待って!?
家の材質としておかしい!
なんか妙に寝不足なような気がしたんだけど、もしかして俺、夜間に起きて何かやらかしたか?
だって昨日はこんな扉じゃなかった! アイデアの光ぃぃ!
何がどうなって……
ドゴオオオオオン!!!!
とか考えてる場合じゃない!
あれやばいって。
何の攻撃だ?
せ、政府に気づかれた?
ざあっと体温が低下していく。
家のウサギロボットたちを臨戦態勢で待機させて、部屋の隅に隠したユイを守らせる。
外部モニターを起動、家の外を確認。
長くすらりとしたモデル並みの美脚が、映った。
白い靴下に包まれたふくらはぎが、プリーツスカートで隠されたり現れたり。足踏みしているらしい。女学生の影がチラリと見えた。
「……そういうことか!?」
把握した!
むしろ扉を開けてしまう。
──蹴りの姿勢になった女学生がその勢いのまま、部屋を横断していって、延長線上にあるわたぐもクッションにすっぽりと埋もれてしまった。
それを確認次第、俺は扉を閉めた。
音もなく、鋼鉄の扉が横にスライドして、この家を完全なる閉鎖空間にしてしまった。まじでどうやって作ったんだよ俺、こんなの建築家の目玉が飛び出て戻ってこないレベルだわ。
自分自身の内なる暴走にドン引きしていると、ユイが飛び出して、クッションに近づいていく。
「待って待って待って、危ないから!」
後ろからユイのお腹に腕を回し、やんわりと力を調整しつつストップ。
……好奇心の塊ほんとおそろしいな!
「ぷはっ!」
女子の後頭部が現れた。
ふたつに縛った黒髪は、肩下10センチ、規定通り。
後れ毛の一本も残っていない結い上げ、規定通り。
セーラー服の襟はぱりっとアイロンがかけられている、規定通り。
腕には「生徒指導委員長」の勲章がつけられていた。
俺の幼馴染に、間違いない。
「百」
わざわざ家に足を運んでくれたのか! と感謝しながら名前を呼んだら、明るい声になった。
ん?
振り返った彼女の顔がおかしい。
「鬼ーーーーーーーーーー!!」
「般若よ」
恐るべきお面をつけてたんだよ。
お面!!
なんで!?
般若の、木造りの古めかしい造形のお面は、恐怖をかきたてるようえげつないくらい丁寧にシワが掘られている。
そして目が物理的に光っている。これは電子的な光だ。
目尻から光が溢れるように線となり、お面全体に奇妙な文様を作り出している。
モモがお面のこめかみ部分を押さえて、爪先でスイッチを切ったらしく「カチ」と音がすると、光が消えた。
お面をとると見慣れた容姿。
デザイナーズベイビーの中でもさらに均整がとれた顔、二重の線がくっきりとした瞳が魅力的といわれてそれはよくモテる、モモ。
165センチの身長で、バランスのとれた肢体をこちらにずいずいっと近寄らせた。詰め寄られている気分。俺の顔が引きつる。ユイは首を傾げていた。
「お面、作ってくれたのハジメ君だよ?」
「……え。そうだったっけ……?」
「ボクの誕生日にプレゼントしてくれたんだけどなー?」
「俺のセンスひどすぎない?」
「あー。覚えてないんだー。ひどいなーセンスよりそのことの方がひどいなー」
モモがこれみよがしなため息をつく。
眉がハの字になっている。
苦笑。
「まあ、そうだと思った! あの時の君はね、目を過去切りされた月みたいに光らせちゃってさ、いつものアイデア暴走中だと思ったもん。きっとつくったものをそのテンションのままボクに持ってきちゃったんでしょう。ねえ、ありがとう? ねぇ?」
「どういたしまして……」
気まずく返事をすると、モモは俺の鼻をツンとつまんだ。
こういう苦笑と小さな罰を与えてくる時は「しょうがないなぁ」って考えてくれている証だ。
モモは優しい。
生徒指導委員長としてルールに厳しいとこはあるけど、それも、友人らが叱られないようにって心配しているからだ。
こちらこそありがとうございます、って気分。
「ところで、なんでお面つけてたんだ……?」
「ボクはこの般若面をつけると、運動能力が10倍になるんだよ」
なにそれ!?
動力源はなんなんだよ。そして10倍であの威力を叩き出すモモも尋常じゃないぞ、いくら運動万能とはいえ。
「ハジメくんが扉をロックしてたから、仕方なく蹴り破ろうとしたの」
判断が強すぎる。
でも、俺が助けを求めてるから早くって。ドジな俺が人型ロボットに襲われているかもしれないと思った、って……どこまでもありがとうございます。……モモの着信おり返せなくてごめんなさい。
細かいことはあとで、とお叱りはいったんスルーしてくれた。
あとで、に心底震えたけどな。
「モモ、協力してくれるんだ。ありがとう」
「じゃなきゃ来てないよ? 速攻で政府報告案件だもん、今回の件は重罪だよ」
「うっ」
「──でもハジメくんが頼ってくれるなら。ボクは応えたいと思う。社会的ルールは守るべきだよ、でも、柔軟に拡大解釈すべき場合もあると思ってる。ルールの本質ってさ、みんなの安寧のため。みんなって、ハジメくんもなんだからね! 切り捨てたりしないよ」
モモの言葉はとても優しい響きで。
俺の居場所を示してくれているみたいだった。
「友人が作り直しなんてことになるのはイヤだから。ボクはきちんとルールの本質を守って、なおかつ君を助けるよ」
ウインクがとても眩しい。
モモのウインクは綺麗で、ユイのウインクはできそこないだけど愛嬌があった。
ハジメくんに似てるかも、とモモが俺たち二人ともをからかう。
「ボクが現れたとき、彼女の前に立ったね? ハジメ君」
「……あー。そういえば」
「守ろうとしたんだ。共有レポートに守るって書いてたこと、達成できたね。すごいじゃない」
目を丸くした。
そうだ……そんな風に、俺はすこし変われたのかな?
弱虫から、ほんの少しだけ。
「あーあ。妬けちゃうなあ?」
モモは冗談めかして言って、くす、と笑った。
……いや訂正、にっっっこりって唇の端が吊り上っていった。
「ハイ。セーラー服持ってきたよ。お着替えしようね、女子番号501番・ユイさん!」
モモ、本当に可愛いものと服飾が好きだよな。
ユイは別室に連れ去られた。
[レポート]
美少女型ロボット 唯 2/10
・知識 博士級
・知能 犬
・装備 セーラー服・白衣
・なつき度 MAX
※2日目、と朝を基準にカウントすることにした。余裕をもって。




