3・ロボットレポート
わたぐもクッション(開発品)を持ってきて腰掛けながら、電子タブレットとにらめっこをする。
ユイはまた目を覚まして、ウサギロボットと足先で戯れている。
どれくらいの音で覚醒するのか、稼働時間はどれくらいなのか、リズムとして記録しておく。
それから、電子タブレットで紙レポートを撮影、フォルダにまとめていく。
・明日からの生活について考える。
・協力者に連絡をとる。
うーんこの項目の難易度の高さよ……。
「明日からの生活……学園……」
ユイの生活プランが書かれたレポートを眺めて、盛大に眉をしかめた。
・普通の教室で授業を受けてみること。
・友達と楽しく遊ぶこと。
・ご飯を食べること。
普通ってなんだ……
そもそも人型ロボットだぞ……
難易度が段違いだぞ……
「学園以外の選択肢は考えられていないわけ?」
家に閉じ込めておいて、ユイの心がどうなるかなんてわからないんだよなぁ。
今の俺が独自に考えたって、きっと、持病を患って行動している時の俺に敵うわけがないし。
チラ、と隣を見る。
ユイがいない。
ウサギロボットを追いかけて、頭をクローゼットに突っ込んで、その上に服がドサドサ落ちてきていた。
「わーー!?」
救出。
……そもそも家にひとりで居させるのは無理だな!
どれだけ部屋を散らかすかわかったもんじゃないし、ユイが怪我をしてもすぐに対応できないのが致命的だから。
「ね、寝た……」
寝た。
まじ?
もしかしてユイは留守番のほうがいい? という悩みは消し飛んだ。
「すごい……考察・検証・結果まで迅速すぎだった……」
留守番のほうがいいか(考察)・家にひとりにした場合(検証)・学校に連れていこう(確定)。
授業研究ではこうは行かない。
長い時間をかけてまずは考察をほぼ完璧に組みあげるんだ。
あてずっぽうな検証を繰り返すだけの余裕がないともいえる、平成50年現代。
戦争での破壊後、再建された街はドームに覆われている。
わずか1000人の人口と、限られた資源を循環させている。
失敗は許されない。
輪を乱してはいけない。
ーーとんでもない持病持ちの俺には、かなり、息苦しい。
「ユイは、自由ですね……」
今まで、俺以上に自由(というか破天荒)な存在には出会ったことがなかったから。
とても羨ましそうな声が、出た。
スゥスゥと眠っているユイ。
なんだか肩の力が抜けてしまって、俺は弱々しく笑った。
・容姿は高校生らしいか?(クリア)
・未来人に見えるか?(クリア)
未来人の容姿は、黒髪黒目#000000。
ユイは同じだから、溶け込むことができるだろう。
・セーラー服を調達。
・科学授業用白衣を調達。
・学生管理システムに干渉、ユイの偽造情報をねじ込む。
セーラー服ならびに白衣、普段着の調達は、幼馴染の百に頼むことにした。
学生管理システムへの干渉するのは、クラスメイトにして悪友の一二三に相談とする。
情報偽造はぶっちゃけ日常的にやっている。もちろんいけないことだけど、俺の開発品がアウトの極みだったら隠したりね。この辺は柔軟にしないと俺は生きていけない。許されない。
「それにしても二人にはお世話になりっぱなしだから、またちゃんとお礼しないとな」
今回は大仕事だし、どんなことを返せばいいのか?
いつもは開発品を譲ったりしている。
あ、今回はユイの麗し笑顔とか?……いやいや。
「ふう……」
項目二つが意外にも短時間で片付てよかった。
さっきユイに誓ったことで、覚悟が早かったのかもしれない。
タブレットに、電子ペンシルでチェックを入れる。
これがこなされていないと、落ち着かないんだ。
ユイの服は……ほら、いったん完了ということにしてるけど、現実がまるで違うから、チェックをつけられなかった……
「まとめ。送信」
独自回線を使い、二人にだけメールが送られていく。
レポートを共有しておけば、人型ロボット製造の情報認識ができる。
怒られるかな。か、覚悟……したし……!
時計を見ると、深夜11時。
家は高校が電気供給を管理しているから、深夜0時には完全消灯となってしまう。
ベッドに運ぼうとして、ユイの様子が気になってピタッと止まった。
ユイのまぶたがピクピクと神経質に動いて、扇状の黒いまつ毛が不安げに揺れる。
眉が顰められる。
さっきみたいに安らかな寝顔ではなくて、うなされている……。
なぜ?
無意識に、肩が震えた。
人型ロボットを怒らせてはならない、災いの元にしてはならない……
ユイの心情を、必死で考えてみる。
初めてこの世界に生み出された日、知らない部屋に知らない人間、ユイは何を思った? 何を感じた? どんな不安があるだろう?
──初めてのものがいっぱいで、楽しい、嬉しい。
──初めてのものだらけで、こわい、疲れる。
ああ、こうかもしれない。
妙にストンと腑に落ちてきた。
いや俺の想像だけども、ほんと正解なんじゃない?
人型ロボットになったようなつもりで、もっと掘り下げてみる。
たくさんの知識を与えられた状態で生まれて、目にするものすべてが理解できて、触れてみたくなって、それが新たな「感触」情報としてインプットされ、「楽しい」という気持ちで心がアップデートされる。
現実のあまりの豊かさに、さすがの人型ロボットも疲れてしまって、ネガティブな感情も出てくる。それが今。
ここはどこ、自分はだれ、情報以上の「心理」に悩まされてしまってさみしくなっている。
安心できる拠り所を求めている──
「ってところ、かなって……思いましたけど」
俺のシャツをぎゅっと握って離さない、ユイの小さな拳に手のひらを重ねて、そうっと尋ねた。答えが返ってこなくても、正解を確信していた。
トントンとユイの背中を一定のリズムで軽く叩く。
するとユイの顔は安らかに緩められて、口元が微笑んだ。
よかった。
「おやすみなさい。……両手が塞がってる状態でクッションから動かすのは無理だから、ここで寝ることにさせてください」
ベッドじゃない自由な場所で眠るなんて、初めてのことで。
なんだか解き放されたような感覚が、とても新鮮だ。
「ユイが幸せでありますように」
あなたを守るパートナー、ハジメです、と改めて呟いた。
「10日間のよい人生にしましょう」
家の照明が消える。
漆黒に沈むような、深い深い眠りだった。
[レポート]
美少女型ロボット 唯ユイ1/10
・知識 博士級
・知能 犬
・装備 Tシャツ・タオル
・なつき度 MAX
※熟睡状態