21・音楽室
ヒフミが全授業を調べて、使われていない教室を探してくれる。
入退室の際に扉の端末にアクセスするから、どこが使用中なのかわかる。
もちろん秘匿情報なんだけど、ヒフミがノートパソコンを扱えば10秒で開示される。……そういえばこのノートパソコンを作って与えたのも、ヒカルだった。どこまで考えてたのかな。
努力したんだろうか。
ただの天才なんだろうか。
そんなものと体を一緒に使っているなんて、不思議な気分だ。
胸のあたりを、トントン、と拳で軽く叩く。
──音楽室。
「音楽は、さまざまなよい影響を与えると言われている。心に、ね。
デザイナーズベイビーが機械のゆりかごでクラシック音楽に包まれているのもそう。古い言い方をすると……胎教というやつだ」
ヒフミが指をタクトのように振った。
「ユイの幼心にも響くといいですね」
すりすりと可愛いものが寄ってきたので、頭を撫でた。
中に入ると、扉をロック。
雰囲気を重視した飴茶色の木造り風の床、同色の壁。レトロな雰囲気が漂う。音をよく反響させそうだ。
棚に、ずらりと楽器が並んでいる。
「どれがいい?」
ユイに直感で選んでもらう。
俺の顔を見上げつつ <ハジメ これ> 指差したのは、
「俺が? うん、いいけど。バイオリンできるよ」
艶を放つバイオリンを首に置いて、弦をかまえた。
演奏の知識を、頭の中に呼び起こす。
<モモ>
「ん? ボクはフルートなんだね」
<ヒフミ>
「ピアノか」
犬耳カチューシャを通したユイの言葉は、俺にしか聞こえていない。
顔を見てから楽器を指差して、ユイは意思を伝えた。
ちゃんと名前呼んでるぞ、ってモモとヒフミに伝えたら、嬉しそうにふんわりと微笑んでいる。
全員ふわっふわの骨抜きにされてるな。
楽器、決定。
ユイは音楽教本を渡されて、膨れツラだ。
大きな楽器を渡すのはまだ不安だからね。
白衣の袖をまくって、小さな手でページをパラパラめくる。細い手首に、ブレスレットが光っているのをついつい見てしまった。
静かな横顔に、意外な大人っぽさを垣間見た。
夢中で読み込んでいる。
ユイ、読者は好き……なのかな。
頭にメモしとく。
昔つかわれていた紙の教科書には、童謡が書かれているはずだ。
横目で様子を伺いながら、指鳴らしを始めた。
メヌエット・ト長調。
朝の爽やかな気候にぴったりのハーモニー。
ん? バイオリンの音がよく目立つように、フルートとピアノは引き立て役に徹してくれている。
ありがとう。
ユイはちらりとこちらをみた。
そして本に視線を戻して、音に耳を傾けているのか<♪♪♪>の通信連絡。リズムに合わせてゆらゆら体を揺らしている。
足はぷらぷらと揺れた。
ユイが本を横に置いた。
打楽器の棚に向かっていく。
なにか触ってみたそう……かな?
幼子が触れそうな楽器もあそこにはあるけど。
演奏中断して、ユイが座っていた隣で開かれているページを覗いた。
星いっぱいの夜空を背景に、男女が描かれている絵と、初心者向けのメロディライン。
「日本の民謡『七夕』。七月七日の……ちょうど明日のための歌ですね」
いいの選びましたね、と甘やかし褒めて、ユイにカスタネットを渡す。
これー? ってユイの膨れ面。
もっと複雑な楽器を触ってみたかったみたいだけど、ごめんなさい、それしか渡せないです。
鉄琴木琴、太鼓とかもあるけど、ついはしゃいじゃって叩き壊すかもしれないし……
「さあ、始めてしまおう! 一、二、三、四……」
ユイがあわててカスタネットを装着したのを見て、クスリと笑った。
旋律が流れる。
はるか夜空の途方もない美しさが、シンプルに紡がれる。
ドームの外の夜空はどれだけ美しいんだろうか……規則だたしく同じ光景が流れる母なる空とは違って、本物の空は自由に移ろうんだろうなって。
昔の人間が夢見た、星々の物語。
頭の中がきらめいた。
そういえば、星に似てる。
アイデアの光って。
かちんかちん、とカスタネットの参戦。
ユイは最初こそトンチンカンなリズムだったけど、知識はあるし、体が知識に追いつくと、じょうずにリズムに乗ってみせた。
やり始めると楽しくなったようで、カスタネットを大事に包んで、ごきげんに叩く。
短い曲だからすぐにおわってしまった。
「次は?」
また同じページをユイは指差す。
気に入ったのかな? 七夕。
いいけど。
「ユイ……星空を見てみたいですか? 家の二階からは星がよく見えます。今夜はそこで天体観測しながら、寝てみる?」
ぱあっとユイが顔を輝かせる。
目が見開かれるとまつ毛が上を向いて、キュッと口角があがって、頬が染まる。
お、おどろきの可愛さッ……!
「じゃあ……そうしましょう。楽しみですね」
<うん!>
ぷひゅっと、ユイの鼻からヘンな音が漏れた。
噴き出したら、ポカポカ叩かれた。
言葉……どうなんだろう。
もう犬語以外も喋れるんだろうか?
ユイはさまざまなことを”理解”している。
喉から音を出していないだけ。
(カチューシャを通して発言してください。学校で「わん」は怪しまれますから)
……と注意しているけど、今、ユイの発言を止めているのは、俺のエゴ?
ユイの初めての言葉は、どんなものがいいだろう。
きっと、特別な思い出になる。
……この世界に生まれてきて幸せだって、言ってほしい。
胸に熱が宿る。
「あの。ユ……」
カチカチ!
カチカチ!
カチカチ!
ユイが目の前でカスタネットを鳴らしてくる! ちょ、鼻挟まないで!?
「わかったわかった、すぐに演奏しましょう!」
その言葉の勢いのまま、俺はバイオリンをかき鳴らす。
七夕エレクトリカルマーチアレンジ。
ユイがはしゃいで、大きく飛び跳ねて、くるくる回るように走る。
俺は調子にのってさらに激しく手を動かす。
ヒフミとモモもそのリズムに合わせて、演奏する。
めちゃくちゃな音のコラボレーション。
ユイは満面の笑み。
大成功!
けらけら四人でたくさん笑った。
いて、唇の端が切れた。
「!」
ノートパソコンに映るセンサーが青になる。
誰かがこの音楽室に近づいてきているということ。
「ーーーー!」
廊下から中年男性の怒り声…………センイチ先生!? なんでこの芸術エリアに!?
見つかったら絶対だめだ。
「やばい、騒ぎすぎた、逃げろ!」
「果たして騒ぎすぎたのが原因だろうか?」
「その考察今いる!?」
「どこから逃げるの? ハジメくん」
「窓に決まってるだろー!」
逃走プロフェッショナルめー! なんてモモとヒフミに悪態をつかれながら、俺たちは二階の窓から飛び降りて、なんとか着地。
みんな怪我もなく、さあ散策の続き、いくぞー!
時間は有限!
[レポート]
美少女型ロボット 唯 3/10
・知識 博士級
・知能 学童期
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ
・なつき度 MAX+一
※エネルギー残量:わずか




