20・学園プラン
朝礼になり、教室に担任が入ってくる。
起立、礼、着席。
俺の膝の上にユイの姿。
──見逃された。セーーフ。
未来人の特徴、機械のゆりかごから生まれるときの生活プログラムが思考に強い影響を及ぼす。
「学校の規律を守る」の「規律」を改造したことにより、ユイがいる生活を当たり前と誤認識してしまうわけだ。
一限目、数学。
授業を受けることができたけど、幼児のユイの集中力が持つのはここまでみたい。
あくび。
そわそわと落ち着きのない様子。
勉強に飽きて、走り回りたいように見える。
メニューでは授業を受けること、って設定されていたけど……
それ以上に優先されるのは、ユイの幸せ、であるはずだ。
ふと、モモが「根本理由はみんなを救うためのものだから、ハジメくんを助けるよ」と生徒指導委員でありながらも違反を庇ってくれていることを思い出す。
ユイの気持ちは?……
<♪♪♪>
<楽しい けど もういいや>
<眠いー>
…………
「──よし!」
俺が急に声を出したから、ユイがビクッと反応した。しー、と口に指を当てて。さあやるぞ!
バタッ、と椅子に背中を預けて倒れるふり。
白目を剥いていかにもやばそうに。
ついでに、ヒフミの椅子の下を蹴っておく。
<えっ? えっ? ハジメー!>
ゆさゆさ肩をゆすってくれるユイには悪いけど、ちょっと騙されていて?
長時間抜け出すならこれが一番だから。
ヒフミがうかがうように、声をかけてくる。
「生徒番号一番?……うん」
爪先を光らせて、電子メッセージを送る。ヒフミはそれを見ただろう。
「保健室に連れてこう。ユイさん、付きそってくれる?」
<うん!>
ユイがガシッと俺にしがみついた。
そうじゃなくて。
ヒフミがひょいと俺とユイをふたつとも抱えて運ぶ。
うん、未来人の骨格ならそれも可能だけどもさ。
保健室に着いたら、ムサシ先生に爆笑された。
「あっはっはっは!! ふぅ〜……こんなに笑ったの久しぶりだわぁ」
「そうでしたか……」
「ハジメくんがユイちゃんに嫌われて凹んでいた時のくらい? あ、今はヒカルくんって呼ぶんだっけ?」
ムサシ先生がくすくす肩を震わせながら、俺の髪を指で梳く。
「可愛いなって思ったのよ、君たち。とても一生懸命で」
ヒカルくんもハジメくんも、無茶するんじゃないわよ、と柔らかい声で言った。
「……はい。ところで今回は仮病でして」
「そのようね」
「授業の時間に、こっそりと校内散策をしようかなって」
「まあ。さっそくの無茶だわ……」
「ところが教室に居続けるのも無茶なので」
「うーん、そうね。そしてユイちゃんがより快適に過ごせる無茶を選んだってこと?」
ムサシ先生がユイの頬を撫でると、プク、と膨れる。
指でつつくと、ぷしゅう、と空気が抜けた。
また、プク、ぷしゅー、プク、ぷしゅー。
ユイと先生が笑いあう。
「感情豊かになったわね、ユイちゃん! 見るたびに新しい遊びを覚えてきてる。守ってあげなさいね」
「約束します」
「じゃあ行っていいわよ。怪我をしたらすぐにぼくのところにきなさいね。先生や生徒が尋ねてきたら、適当にごまかしておくから。あとぼくも校内散策をレポート読みたいな〜?」
「個人的な興味で?」
「うん!」
「それなら、わかりました」
ムサシ先生の協力も得られそうで、安心した。
「ユイ」
<なに 散歩?>
目をキラキラさせて俺を見るユイの前に、跪く。
「今からヒカルに変わりますから」
<うーん>
「怖くないですよ。ユイと一緒にいたい気持ちは、俺も、もう一人の俺もおんなじなので」
<そうなの?>
「はい」
<でも ハジメが イイナ>
ぐっ。
〜〜〜〜!!
心臓部にぐっさり刺されるような痛み!
ヒカル〜!!!
お前〜!!!
抵抗していいと思ってんの!?
……はあ。これも記憶が共有されるなら、俺の人格のまま過ごすとしようか。
本当にユイを待ちかねていたくせに、間接的にしかユイと関わらないなんて、後悔しても知らないぞ。
10日の命なんだぞ。
……それでも出てこないのかよこの感傷的弱虫ーーー!!
「ユイ、俺……ハジメと行きましょう」
<うん!>
ユイの手を取る。
ヒフミがイヤリングの操作を終えたらしい。
「モモに連絡を取った。さあ、そろそろ来るかな」
「……ハジメくーん君ってやつはーーー!」
ドッカン! モモが現れた。女子の登場音としておかしい。
「……大丈夫!? 体調不良だなんて!」
フェイクのサポートもありがとうございます。あとさっき登場ついでに廊下にいた生徒をぶっ飛ばしてくれたらしい。いろいろとワイルドにありがとう。
扉を閉めて、ひそひそ。
「なにする予定なの?」
「校内散策プランに変更。いろんなところを見て回るのって、ユイが喜びそうかなって」
「んー、確かに! それは納得だね。水族施設とか動物研究所とかあるもんね」
「サポートするとしようか」
「ユイちゃんのためと、ハジメくんたちのためだからね〜」
…………。
……モモの言葉でまたぐさっときただろ、おいヒカル。
ちょっと反省しなよ、そのひねくれた性根。
首を傾けているユイを誘う。
「このキャンバスには、いろんな研究所がある。珍しいものを見られるんだ。こないだ行った園芸室もそのひとつだし。ほかには、視聴覚室でVR体験したり、化学室のロボット研究エリアだろ、動物園や水族展示室もあるんだよ」
ユイの目が、キランと輝いた。
こんなにきれいな光が見られるなら、どこにでも連れて行きたいし、楽しんでもらいたいよ。
ユイが俺の首に手を回す。
うわブレスレットがなかなか怖い。
よし!!
「行くか!」
ちいさな体を抱き上げる。
俺の腕からはみ出したユイの脚が、楽しそうにぱたぱたしている。
ぎゅうとしがみついてくると、白衣の袖からフルーツ果汁の甘い匂い、ユイの髪の香りと混ざってすてきだ。
しっかりと床を踏みしめて。
ひとつ、ユイを楽しませること。
ふたつ、ユイに怪我をさせないこと。
幸せな人型ロボットライフを、君に、約束!!
「人が少ないのは廊下A3から北のルートだ、行くか」
「転がってる生徒が廊下にたくさんいるから、踏まないようにね〜! オッケー?」
「ははははいじめられっ子の逃走能力、ナメちゃいけないっ」
「「かわいそう……」」
「同情やめてテンション下がるから」
「「ぶちかませ」」
「エンジン点火が極端!!」
いざ出発!
行ってらっしゃーい、とムサシ先生の声が聞こえた。
[レポート]
美少女型ロボット 唯 3/10
・知識 博士級
・知能 幼児
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ
・なつき度 MAX+一
※エネルギー残量:ほどほど




