16・図書館
──放課後、図書館。
無事、4人が集合した。
「大変な1日だったぁ……」
俺がグッタリと机に伏せると、笑い声が聞こえてくる。
「こらこら。大変有意義な1日だった、と言いなさい?」
「そうそう。大変愉しませていただいた1日でした、でもいいぞ?」
モモとヒフミ、からかいに余念がないなー。
そんな挨拶の後に「「おつかれさま」」とやっといたわりの言葉をもらう。ありがとー。
「確かに、大変有意義で、大変楽しませてもらった1日でもあったよ……」
窓際のソファを眺める。
おだやかな日差しが入り込んできて、ソファにぱあっと広がる黒髪を照らしていた。
長い睫毛が、なめらかな肌に影を落としている。
「ユイ」
返事はない。
なんとも心地よさそうな寝息が聞こえてくるだけ。
ここに着くなり、ふかふかしたソファでごきげんに弾んで、エネルギー切れを起こし、丸まって寝てしまったんだ。
ふーーっ、と3人の長い息が、重なった。
「ゆったりとした時間だねぇ……」
「そうだよなぁ」
「ホント、実感する」
やっと育児から解放された俺たちは、肩の力を抜いてぐったりソファに腰掛けた。
図書館の奥の勉学スペースは、複数人で過ごせる個室になっている。
4人が入室してから鍵をかけてしまったから、他人に覗き込まれる心配はない。
「ユイのレポート書かなきゃ……」
ちょっと頭が疲労してる。
でも、緩慢に腕を動かして、ユイと過ごした怒涛の時間を記録していく。
記憶が新鮮なうちに、感性が持続しているうちに、どんなことをしてユイはどんなことを感じたか。
細道を駆けて、葉っぱを放り投げあいっこして、人が多いところでは隠れんぼして……
ユイの気持ちを書くとき、<♡♡♡><♪♪♪>の多いこと。
ヒフミたちが、にやにやとこっちを見てる。
「この1日で親バカになったな、ハジメ」
「育児書読みながらユイのマフラー編んでるヒフミに言われたくないで〜す。なんで?」
いや、ほんとなんで????
ヒフミの手には編み棒と赤の毛糸が。毛糸っておいおい。
「旧式紙書籍に、マフラーの型紙が載ってたから。ほら、お前が見せてきたR18【ロボット育成日記】のやつ」
「言い方」
あー、ヒフミは情報処理能力に特化している分、白黒はっきりした文章以外の、グレーゾーンに弱いって欠点があるんだよな。
ゆえに、こんな間違いをやらかしたんだろう。
半眼で見てやる。
「七月六日、初夏だぞ? ユイが俺たちよりも寒がりとはいえ、マフラーまでもは暑いと思う」
「七月項目に、マフラー作ったって書いてあったけど?」
「……俺が行間を読んだところ……昔、研究所の中は冷房が効いていて、七月でも人間には寒かった、だから心ある人型ロボット一番が、指の訓練をかねて、マフラーを編み女性博士に贈った。どう?」
「しくじった」
ヒフミが編みかけのマフラーを放り投げた。
うん……
「ヒフミお母さん?」
「やかましい」
からかい返してやったら、ジロリと睨まれた。
「こーら。騒がしくしてたら、ユイちゃん起きるよ」
「「ごめん」」
ユイが身じろぎをしている。
むにゃむにゃと口の端が動いて、柔らかな笑みをつくった。
ああ、幸せそうでよかったなーーーー
ーーーー
「おい」
ヒフミが俺の肩を強く掴む。
痛いって。
「お前、今、どっちだ……?」
「ハジメだけど?」
「オッケーわかった。アイデア屋の方な」
あちゃー……とモモの声。
そんなに嫌わなくてもいいんじゃない?
苦笑する。
「仲良くしよう? 俺たちみんな同胞、平成50年代の人間なんだからさ」
「うるせー」
「仲良くはむずかしい〜」
「えーひっどい」
ちょっとスパイスの効いた軽口を言い合いながら、俺は気持ちを切り替えて、さっきまでのハジメが書いたレポートを読んで、新たにペンを持った。
「……何書くんだ?」
ヒフミはノートパソコンを開いた。
記録してくれるらしい。
「ユイの行動について、もっと詳しく記述しておくんだ。ヒフミ、データ入力はよろしく」
「そうくると思ったから。お前なら」
「頼りにしてる☆」
「語尾やめろ」
しばらく無言で手を動かす。
ヒフミがぽつぽつと喋った。
「いつも僕にデータ入力をやらせたがるよな……自分の作業は紙にするのは、なぜ? アイデア屋のお前なら、さらっとデジタル暗号文章くらい作るだろう」
「記録媒体は複数持っておくに限るんだよ。紙、電子データ、映像。あとは適材適所って感じ、俺は紙に書くことに慣れててヒフミはキーボードを打つのが早い。……過去の戦争後、電子データのほとんどが破損やら液体腐食で屑と化しただろう……」
ヒフミが睨んでくる。
まあ気持ちはわかるよ、ごめんって。
けなした電子データ入力を僕にやらせてるわけだけど? って不満に思うよな。
「どれだけ技術が進歩してもさ、人間の腕は2本しかないわけだ。一度にできる作業量は限度がある。だから助けてヒフミ!」
俺たちの想像・創造力は、この常識を超えられない。
4本腕の未来人を作ることなど、常識破りは暗黙の禁忌だからな。
「わかったよ、助力するって。約束だからな」
ヒフミが渋々と頷いてくれた。
ハジメとともに人型ロボットを10日間生かすこと。
ヒフミとモモ、ムサシ先生が協力者でよかったよ。
紙に行動記録の補足が加えられていって……あと少し。
俺たちの記憶は共有されていない。
だから日記などで記録したり、読み返したりするんだよ。
モモがそうっと俺の顔を覗き込んでくる。
「あ。目が普通だね……」
手は止めずに、ちらりとモモを見る。
「アイデアの光の集合体が、ユイ。だから俺は、もう新たに何かを生み出す必要がないんだよ」
「ふぅん。なんとなーく察してたけど……重っ」
モモの視線が、レポートを眺めて読んでいく。
「電子ペンシルの破壊に始まり、授業中の別室に入ろうとした、資料棚を倒した……保健室に滑り込むこと4回。赤#EF454A がいつみんなの目に触れてもおかしくなかった。それを守ってみせたハジメくんは、すごいね」
「まあまあかな」
「もっと褒めてあげてよ、もう1人の君のこと」
「期待以上のときと、期待以下のときがあるってかんじ」
俺は、自分の胸に手を当てた。
感情が1人分、ある。
それを2分割しているから、感情豊かさはあっちが持っていて、考える力は俺が持っている。
元はひとつ。
だからどっちの俺が褒められても、どっちの俺が貶されても、心への影響は同じだ。
……そのはずなんだけどさ〜。
……いろいろと、心にクルものがあるな。
「もっと上手に生きられたならよかったのになー」
「それはハジメくんのこと? あんまり馬鹿にすると、ボクらが怒るよ」
「友達のことを悪く言われるのは不快だな」
思わず、俺の眉尻が下がったのがわかった。
「あっちの俺は、人に好かれる才能だけはほんとうに期待以上だ」
……また手元の紙に鉛筆を走らせた。
終わり。
ーーーーーー
ーーーーん?
気がつけば机に突っ伏していた。さっきまで目も閉じていた。
「俺、寝てた!?」
「「おはよう」」
「ごめん!」
「いや実際はお前、起きてた」
「なんなの……なんで一回おはようって言ったんだよ……」
「慌てるのかな? って実験?」
クスクス、2人の笑い声。
俺の反応がたいそう面白かったらしい。
もう、なんなんだよ……そんなに楽しそうにしてたら、つられて笑っちゃうじゃん。
「ハジメくんだねー」
「ハジメだなー」
なんか、しみじみと頷かれた。
ユイを見ると、まだ寝ているけど、瞼がピクピクとしていて、もうそろそろ目覚めそうだ。
あっ、早くレポート仕上げないと!……完成してる!?
「すげー正確に全部書き出されてる。え、もしかして」
「君の中の……光クンとしよう。さっき出てきてたんだよ」
「肉体労働は俺にまかせといて、ずるくない????」
「ずるいとか、子どもかよ」
ヒフミが噴き出して笑い出した。
「ちょっと笑い声大きいって、ユイが起きないようにしてよ!?」
「今のハジメくんは、ユイちゃんのことをまっすぐに見れるんだねぇ……」
「そりゃ……そうだろ。なんで?」
「光クンはねー、実は、ユイちゃんに嫌がられちゃったことがあり。それがショックだったのか、目を逸らしちゃってたんだよね」
「えっ」
俺は、ユイをまじまじと見て、うわ可愛いな、それから……一度、噛み付かれたときを思い出す。
その後、ごまかすようにぺろぺろされたけども。
──あの直前、気絶してたタイミングで、嫌われてたんだろうか?
うっ。
「まっっって……! ユイに嫌われるイメージしたら、心臓が軋んでもう壊れそうなんだけど!」
「ショックだよねーうんうん。今の感情豊かなハジメくんだとほんとうに壊れていたかもね。その点、記憶が共有されていなくてよかったね?……あ」
3人が、ぱちくりと見開いた目を、なんとなく見合わせた。
「感情豊か」
「アイデア狂い」
「「ユイさんを創り出すこと、心を保つこと、それをともに成し遂げること?」」
頭の中で、パズルのピースが、かちっとはまったような感じがした。
俺ってなんだろう。
……ただ、もう1人の俺とやらが、なんとなくかわいそうになった。
これじゃまるきり貧乏くじだ。
これまでは、俺が貧乏くじだと思ってたんだけど。
それはおそらく、ヒフミとモモもそう思っていて、眉尻を下げたしょんぼりした顔でこっちを見ている。
「君に幸あれ、だよハジメくん。だからね?」
「お前に幸あれ、だぞハジメ。だからな?」
「んんんん!?」
ヒフミが俺の口にイチゴをねじ込んできた。
モモが、ユイを起こす。ぼんやりと目をこすっていて、鼻が甘酸っぱい匂いを嗅ぎとり……
食いついてきたーーーーー!!
迫り来る犬系美少女ロボット、待て!!
口がイチゴで塞がれていて話ができない!
飛びついてきたユイの顔がすぐそばで、唇が開いて血色が、うわああああああ
頭に響く警報。
意識朦朧としながら、
「ユイ、俺のこと、好きですか……?」
「わんっ!」
そんな会話を、したような、しないような?
気絶した。
[レポート]
美少女型ロボット 唯 2/10
・知識 博士級
・知能 幼児
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ
・なつき度 MAX+一
※エネルギー残量:空腹