15・それぞれのサポート
<トイレ>
まずこれが来たか!?
トイレ。
つまりは体内潤滑液の入れ替え。
デザインフルーツを摂取したことで体内の水分が多くなりすぎたんだろうと。
「モモのサポートが受けられるタイミングでよかった……!」
「うん、ボクがユイちゃんを連れてく! ええと……心理研究学科の校舎にロボット洗浄室があるから〜、そこに連れてくね」
「お願いします!」
モモがユイの手を引いて、走っていく。
っと、ユイは反対の手で、俺の服を掴んだままだ。
俺も走らざるを得ない、だってユイが転ぶかもしれないから。ヘンテコなフォームで、駆ける。
「ちょっっ……ユイ、モモにあなたをいったん託します! いいですね? 女子にしかできないお世話が、ありますから! 俺はユイを守ると約束しました、その判断を信じて、くださッ」
舌噛んだあああ!
1秒、間があって、
<イイヨ>
ユイがぱっと手を離したので、モモがこれ幸いとユイを担ぎ上げて、連れ去っていった。
俺はその場に膝をついて、呼吸を整える。
「ぜえ、ぜえ、つ、辛かった……! ユイの速度に合わせつつ、足を絡めないように、走るのって、っ大変だったぁ……うえ、舌にダメージあるし」
「おつかれハジメ」
ヒフミが派手に肩を震わせている。
そりゃあ面白い光景だっただろうよ!!
ヒフミから筒状の道具を受け取る。
皮膚の表面を覆う応急処置スプレーだ。
舌に吹き付けて、犬のように舌を出して、乾燥させる。
その間に、ヒフミがつらつら語る推測を聞く。
「モモは戦闘力もあるし、生徒指導委員長って信用も活用して、犬猿キジロボットとともにユイさんを守るだろう。鋼の布陣だ。女子の救助部隊として、モモ以上の逸材はいないだろうな。……さっきの速度で走っていって、問題なく処理を終えて、戻ってくるまで15分前後と計算した」
タブレット端末の電源ボタンを押し、スリープモードにしたヒフミ。
2人でしばらく突っ立っていた。
「もう15分経った?」
「まだ15秒」
「……ユイがいないと、時間の流れ方が明らかに違う……っていうか。15秒ってこんなに長かったっけ?」
「ハジメは昨日からユイさんとべったりだったからな。解き放たれて、どんな気持ち? って……ポカンとした顔見てたら分かった。混乱状態だろ、今」
「うーん、ユイとの時間が濃すぎて、慣れて…………変なの。15分経った?」
「25秒」
「だー!」
そわそわする!
落ち着かない。
ヒフミがふっと笑ってから、木陰に歩いて行ったので、俺もその背中を追う。
木の根元にしゃがみ込んで、軽口を話す。
えーと、話題はモモのことにしよう。
「……女子高生に戦闘力って物言いはどうかと思ったけど?」
「だってモモだし」
「モモだからなー」
本人には聞かせられない噂。
「ありがたいな。女子としてのサポートはモモが、情報のサポートはヒフミがしてくれて。俺は、何をすればいいんだろう?」
呟くと、ヒフミが目を丸くする。
「まさか弱気か?」
それは若干、責めるような口調だった。
木の枝葉が、ヒフミの顔に影を作り、真剣な……無表情に近い表情に、静かな迫力を宿らせている。
そんな風に感じた。
……感じた、って。
なんて曖昧な精神状態なんだろう。
ヒフミならきっと「人型ロボットの世話をしているときに迷いは不要」って未来人らしく切り捨てたに違いない、感情なんかじゃなくてさ。
ちょっと相談してみようか。
ユイがいたら言えなかったようなこと。
「……あのさ、ヒフミ。そのまんま言うけど、俺、不安みたいなんだ。落第生の俺なんかに、9日分の守る力があるのかなって。ユイが近くにいると忙しさと不誠実な気まずさで、考える暇なんてなかったけど……。今になって、膝が震えて、目の前が暗くなったり、ええと、無駄な弱気が……無駄だけど、顔を出してくるっていうか。そんなの無駄だって、わかってるんだけどさ????」
「言葉が乱れてる。喉も引きつってる。落ち着け」
肩を叩かれて、そのリズムに合わせて呼吸を整えた。
「……ハツラツとしてるハジメは、ユイさんの前限定だったんだな。急に変わりすぎだと思ったけど、本質はそのままか。なるほど」
「なるほど、って、俺も今、実感してるよ……」
「うん、見慣れた弱気なお前だ」
膝を抱えて小さくなって、うつむいている。
木陰は、俺のためにあるような場所。
光のアイデアやらで暴走後、校舎に戻れなくなった時や、いじめられた直後に、よくこうして木陰にいた。
見慣れた俺だ。
苦笑いもできない。
コツン、とヒフミの肘が、俺の腕に当たる。
「まずは問題確認、それから解決だ。いいな? 時間はあと10分で話し合おう。心ある未来人・ハジメというものは不安定で弱い。しかしユイさんがいれば、自分を求めてくれる存在の確立によって、ハツラツと生きられる」
「そ、そう、なのかな。求めて……くれてるかな」
「僕の分析を信じないか? 散々頼っておいて?」
「……信じることにする。ありがとう」
「ん。刷り込まれた劣等感はなかなか直せないんだろうな」
「そうだと思う……」
「記憶は人格のプログラムに匹敵する」
ヒフミはいたって冷静にいう。
規則違反をせざるをえない持病と、それをひどくからかわれることは、俺の劣等感に直結する。
思い返すだけでも、頭がさらに膝にめり込む……
はあ、心臓が痛い。でも。
自分1人だったら、この問題にこんなに向き合えなかっただろう。
まずは、知るところから。
「ヒフミに、自己分析、手伝ってもらえてよかった」
「うん。あとごめん」
「その分助けてくれただろ」
「助かる。じゃ、本題に戻ろう。お前は何をしたらいいか……」
ヒフミの声を遮るように、チャイムの音。
ふと、遠くで動く影。
だんだんと近づいてくる。
──悪童3人組の姿!
背筋が冷える。
なんてタイミング。
俺は……
ヒフミが立ち上がった。
「僕が相手してくる。ハジメはここで待ってろ」
「……俺も」
「それ、さっきのユイさんみたいだ」
あ、似てるかも。
ユイの<私も>って、幼い主張を思い出す。
相手がしていることを、真似したい。
きっと憧れて、新しい自分を見つけたくて、そんな風に考えるんだ。
今の自分が、不安だから。
ユイも?
「ハジメ=幼児、っぽい」
ヒフミがニヤッと笑って言う。
「なおさらここでぼんやりしていればいいんじゃない? おっちょこちょいで、意気地無しで、記憶喪失のハジメクン」
「っ……!? ヒフミのその物言い、すっげー嫌味……昔みたい。いじめっ子に戻った感じっていうか〜……さっきごめんって言ってたじゃん」
「今からあいつらの相手しにいくなら、こーいうのがやりやすいってだけ。頭の回路を切り替えただけだ、しばらく耐えて。……適当に同調して、ユイさんの過ごすエリアから遠ざけてくるから」
それってすごく助かる。
ありがとう? ごめん? 俺はこれから頑張るから?
ヒフミに、何を言おうって迷っているうちに、奴の行動は早くて、ぐわっと開いた手が迫ってきて、髪をぐしゃぐしゃにかき乱された。
視界で白#FFFFFFが揺れて、木漏れ日をきらきらと周りに散らす。
「陰の中で、光を集める才能、あるんじゃない? 容姿的に。あとは人格もそうなるといいよな」
「なにそのロマンチック」
「話の解決方法まで辿り着かなかったから、お詫び。ちょっとお前が笑ったから、よしとする。あとはユイさんが戻ってきたら大丈夫だろう、ハツラツ再開だ」
ヒフミが指差す方向。
ユイがこっちに飛び出してこようとして、モモに取り押さえられていた。
大きな黒目でこっちを見つめて、口角がきゅっと上がった笑顔、早く飛びつきたい! というように足がジタバタしている。
頭の中に<♡♡♡>のメッセージ。
あんまりな光景に、ちょっと噎せてしまった。
「じゃ、僕はこれで。いいか、ここで待ってろよ?」
「そうする」
「よし。モモが安全と判断したら、ユイさんを連れてくるはずだから」
「了解。ありがとう」
ひらっと手を振って、ヒフミが立ち去った。
木陰から、太陽の日差しがいっぱい注ぐ中庭に目を向けると────視界が一瞬、真っ白になった。
気がつけば、ドン! と腰に衝撃。
ユイが抱きついている。
「どこに行きましょうか?」
じいっと見定めるような、ユイの視線。
それからニコッと笑った。
<♪♪♪>
「えーと、楽しいところツアー、みたいな?」
「お任せなの? ふーん。ハジメくんならできるよ、ユイちゃんが喜びそうなこと、たくさん考えられるって」
モモが軽やかに、背中を押してくれた。
「じゃ、ボクは教師たちの相手をしてくるから。ユイちゃんを守るんだよ、ハジメくん!」
「はい」
その件は、約束したから、絶対大丈夫。
俺も未来人だ。
未来人は、約束を破ることは絶対にできない。
そういうプログラムだから。
「ユイ、守ります。約束しましたからね」
「わんっ!」
校内散策、開始!
子どもたちが散歩するみたいに、細道を行く、なんだかわくわくドキドキと、足は軽やかに動いた。
[レポート]
美少女型ロボット 唯 2/10
・知識 博士級
・知能 幼児
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ
・なつき度 MAX+一
※エネルギー残量:まんぷくー