14・デザインごはん
ユイの一度の食事の量を、記録できた。
「ヒフミとモモがいてくれて、ほんと助かった。俺だけだったら、ユイが危ないもの触らないか見てるだけで、精一杯だった気がする……」
「「きっと大正解」」
「だよな〜」
今も、栗のイガを触ろうとしていたユイの手を、とめた。
むすっとしているユイの前で、俺がイガをそっと持ち、自分の腕に触れさせてみる。
棘がぷつん。
「あーいたいなー。これは触っちゃダメだなー?」
<イタイ!?>
ユイがぺろぺろと俺の腕を舐めた……。
ちがっ、そんなつもりじゃ……!
「そんな目で見るなああああ」
「ハジメくんってばさー」
「ハジメってやつはさー」
「「……ねー?」」
こんな時ばっかり仲良しになって! ああもう。
「ユイの優しさが心底身に染みますよ……」
仕草は犬だけど。
それが原因でからかわれたけども。
ユイの優しい気持ちは、確かだから。ありがとう。
ぱかっと口が開いて、指が解放された。
それからパクパク唇が動いていたけど、まだ、音は出ない。
脳内にユイの声。
<イタイ?>
「もう痛くなくなりました。皮膚状態正常、後遺症もありません。だから大丈夫、不安そうにしなくてもいいですよ」
ユイの犬耳カチューシャをツンとつまんで、それから髪を流れに沿って撫でると、ホッとしたように微笑んだ。
綺麗だなぁ。
……心配させすぎたかな。
ショック療法になってしまったかも……うーん。
軽度のそのラインを目指したのはそうなんだけど、ユイを相手にした場合は、ショックの程度が測れない。未来人の計測よりもずっと難しい。
ほんのわずかなことでたくさん心配されて、ほんのわずかなことで俺に満面の笑みを向けてくれる。
彼女にとっては、ほんのわずかではないんだろう。
……こそばゆい。
ユイが、栗のイガを軽く蹴った。
あっちいけー!と。
<栗のイガ きらい>
「そんなにも?」
<イヤイヤ>
……きらい、を完璧に覚えてしまったみたいだ……。
う、うん、優しい気持ちが元なんだけどさ。
これから育児がさらに大変になるんじゃないか? ってヒヤッとする。
<私 ハジメ まもる>
ユイは俺の腕をすりすりとさすりながら、そんな風に言う。
びっくりした。
慌てて否定する。
「……そんなことしなくて大丈夫です! 俺が! ユイを! 守りますから!」
<私も>
「守られるほど弱くないですよ、俺」
俺がいやいやいやいやと首を横に振ると、ユイはイヤイヤイヤイヤ! と同じ仕草をする。
長い黒髪がぺしん! と犬の尻尾みたいに俺の腹を打った。
困ったな……
「「何話してるの?」」
心配したらしいヒフミとモモが、そっと語りかけてくる。
ユイの犬耳カチューシャは、俺の脳だけとリンクしているから、二人にはユイの主張が伝わっていないんだ。
「んーと……また後で」
ごまかす。
ユイが俺を守ろうとしてる、なんて言ったら、ヒフミとモモも「それはちょっと」と止めるだろう。
なにせユイに怪我をさせてはならないんだから。
血の色は、禁忌。
で、ユイにとって、それは凄く面白くないだろうなぁって。
ここで深入りせずに、後で、情報共有・対策会議をするとしよう。
二人はなんとなく「お察し」してくれたみたいだ。
「痴話喧嘩」ってそれは違うと思うぞヒフミ。
「ユイのことが大事なので」
ぷいっ。
「ユイを俺が守りたいから」
ぷいっ。
「ユイの幸せこそが、俺の心を守ることにつながるので、どうか御身を守らせてください」
ピクリ。
ユイが動きを止めた。
よし! 説得いけるか!? いく!
跪いて、昔の武士が姫様に願うように、手を取る。
<イイヨ>
──ようやくお許しをいただいたぞ!!
ここまで長かった……! 焦りのあまりに、5分が5時間のように錯覚したくらいだ。
小さなユイの手が、俺の手のひらに乗せられる。
ぎゅ! と握られた。
よしこの調子。
早いとこ、ここを出よう。
「移動しましょうか」
一歩踏み出すと、ユイもついてきた。
軽い足取り。
よかった。
歩きながら栗のイガを蹴っ飛ばしたから、根にもってるみたいだけど……。
「ヒフミとモモ、笑ってないで、はい、行くってば」
「は、はーい……! ふふっ」
「ハジメ、顔が赤いぞ」
うるせー!
未来植物の説明をしながら、歩く。
栗、リンゴ、桃、ブドウ、梨。
季節など関係なく、ただただ「水を得て」「木が育てば」「花が咲き、実がつく」というデザインが共通している。
園芸室の出口のところで、ユイがツンと手を引いた。
<私も 心 あるんだから>
ドキリ、と心臓が軋んだ。
やけにおとなしく話を聞いてくれていたと思ったら……その一言を、これまで、黙って考えていたのか?
斜めに見上げてくるユイの瞳には、おどろくほどに様々な感情が見て取れて、圧倒された。
その博士級の知識と、幼児の純粋さで、あなたは、まだ言葉にできないどのようなことを、考えているんだろう?
少しずつ聞けば、全て、教えてもらえるのかもしれない。
でも俺は、なんだかそれがこわくって……
「分かっていますよ。大事にしますね」
うそぶいて、甘やかしの言葉でごまかしてしまった。
今、甘やかされたのは、おそらく俺の心の方だ。
外に出ると、夏の日差しに焼かれた。
温室の中とは違う、カラッとした空気。
湿度40%、気温30度。
日本領域ドーム内の11時の空調だ。
ユイが日の光を眩しがって、俺の影に隠れる。
背中からケラケラとおかしそうな笑い声が聞こえてきた。
「早めのお昼ご飯になっちゃったね」
「ユイさんの食事が無事に済んで、よかったよ」
「うん、ユイの食事の様子は、他人に見せられないからなぁ」
デザインフルーツを食べるなんて、未来人ではないと、アピールしているようなものだ。
俺たちは毎食、決まった飲み物を口にする。
「エナジージュース持ってきてるよ」
「じゃ、ここで飲んでいこうか」
「蝶々避けの電波を設定するから、ちょっと待ってて」
俺はカバンから、三本のボトルを取り出す。
強化プラスチックの円柱型ボトルに、緑・黄色・オレンジのジュースがなみなみ入っている。
<これ なに?>
「エナジージュース。未来人の一食分の栄養が摂取できる、完全食品。俺たちは朝昼晩、三回これを摂取するんだ」
<ハジメ 初めて 食事>
「あー……」
あっ、モモにジト目で睨まれてる。
はい、ユイのことでてんてこ舞いで、俺も朝食抜いていましたすみません。
「ハージーメーくんー? もう! どうりでユイちゃんが珍しそうにボトル見てると思った!」
「初見だったらそうなるよな」
<知ってる でも 見た 初めて>
「接続詞が使えてすごい! ……ボトル持ってみる?」
<♪♪♪>
ユイが緑のボトルを上、下、横、ところころ動かすと、その中でジュースが揺れて、小さな泡がぷつぷつ浮かんだ。
「はい、そこまで。泡が入りすぎると吸収率が悪くなるから」
ぶー、と頬を膨らましたあとに唇を鳴らしてみせて、ユイが不満をあらわにする。
「困ったなぁ……なにか代わりの気分転換……」
「ハジメくんがユイちゃんに食べさせてあげたんだし、今度はユイちゃんから、食べさせてもらったら?」
「は????」
なんでモモとユイはにこにこ意気投合してんの?
女子だから?
にこーー!っとユイが差し出してくるジュースのストローを、俺は、口にする以外の選択肢はなかった。
びっくりしてしまって、味覚回線はショートしたのか、味が全くしなかった。
「”たのしいピクニック”……幸せプランの予備分をひとつこなせた。よかったじゃん。……ふはっ」
「ヒフミ〜笑うな〜! つられて、ふっ、ゲホっ」
笑いそうなの堪えてて、ジュースはグイグイ飲ませられて、そんなん噎せるに決まってるだろ!
白衣にしずくが溢れてしまって、ユイにごめんって謝ったんだけど、それ俺のだし俺が洗濯するんだよな????
「ふっ、くくくっ」
なんかもうヘンテコで、笑うしかない。
今日、よく笑ってるなぁ。
表情筋がぴきぴきしてる。
笑っているから、俺はきっと、楽しい気持ちなんだろうな。
「これからの授業をどうする? 戻るか?」
ヒフミが聞く。
これからまた、ユイをずっと黙らせて椅子に縛り付けておく?
幼児に成長したての、このおてんば人型ロボットを? 静かに! って叱りつけながら?
「……ユイが笑顔になれる時間を多く作りたい。それが正解だと思ってる。だから今日のところは教室に縛り付けるんじゃなくて、ゆとりを持って学校探索する方がいいかも」
「「賛成」」
3人で頷きあった。
ユイの手をとって、さあ、どこに行きたい?
できるだけあなたの望みを叶えてあげたい。
あと9日間。
[レポート]
美少女型ロボット 唯 2/10
・知識 博士級
・知能 幼児
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ
・なつき度 MAX+一
※エネルギー残量:まんぷく