1・創造やらかした
この世界に生まれたとき、あたたかかった。
ほんのりと38度。
それから笑顔というものが見えた。
視覚回路を通して認識する、これが、見えるということだと思う。思う、ってなんだろう?
よくわからないけど、笑みって、優しくて嬉しいなってどきどきした!
ぴかぴかと、きっと月というものに似ている銀の目。知識照合、完了、似ている。もっと近くで見てみたい。
そしてあなたのもとに飛び出した。
愛してっ!!
***♪
「びっ……くりしたぁ……」
意識が浮上したとたん、すぐ目の前にはやたらと美しい少女の顔。
にっこり微笑んでいる。
えっ。
大きなパッチリした瞳、ちんまりした鼻、唇は三日月みたいに弧を描いてて、肌はしっとり濡れている。
長い黒髪が俺を覆うように垂れていて、水滴がぽたぽた落ちた。
つまり、俺が押し倒されて、彼女が乗っかっている姿勢なんだけど。
びっくりしたとかじゃないじゃん。現在進行形びっくりじゃん。うそだろ!
意識が飛びかける。
落ち着いて、俺……現状確認しよう。
脳へのダメージを確認しようか、と体調管理用イヤリングに触れて[自己分析機能オン]。
ピリリと耳に電流が走って、速攻、走馬灯みたいに記憶が戻ってくる。
俺はハジメ、高校3年生。
科学研究学科で日々さまざまな開発品をつくっている。発明点数はこれまで999点、ぶっちぎりだ。ただし罰則点数も999点、ぶっちぎりの落第生でもある。
……ここから始まるのはいつものことなんだけど、冗長だよなぁ。
それから表現力の稚拙さにげんなりだ。
ぶっちぎりってなんだ、小学生か。
脳の知能レベルが下がってる……
こういう退行症状がある時には、持病が悪さをしている証。
「アイデアの光」と診断されている。
俺は「思いつく」体質で、いったん考えがまとまると、頭の中のイメージを何が何でも現実に生み出そうと、暴走する。
紙に計算式を書き散らかし、部品を集めて、創造に没頭。
全く新しい発明品を作り出すことと、大損害を生み出すことに定評がある……その結果が999件。
素晴らしい才能、と言われもする。
天災、と蔑まれることもある。
ちなみにその間の記憶は虫食いになっていて、貴重な理論を説明することはできない。
ふだんはド凡人。
つらすぎない!?
今の!
これも!
わけがわからないんだよ。
俺は何をやらかして、どうしてこの女の子がここにいるの?
「はあ……」
「?」
黒い前髪が、俺のおでこに触れた。
覗き込むみたいに。
「っごめん……放置しておくなんて」
そんなこと許されないと思う。
暴走時の俺、何をやらかしたか知らないけど……女の子をこんな格好でいさせちゃいけない……っていうかなんで裸なわけ?
意識がまた吹っ飛びかけた。
「ーーーー!?」
顔が、近っ、近ァァァ……触っ……というか頬を舐められてる。なんで!?
ぺろぺろされながら、俺はあわてて周りを見渡す。
灰色の味気ない床、塞がった天井で薄暗い……地下室?
薄桃色の液体が水たまりとなって点在している。
そして学校で使う研究レポート用紙が散乱、濡れていて半分以上は読めなさそうだ。
ミミズがのたくったような独特の筆跡、No.一と全ての紙にサインがあるから、これを書いたのはまちがいなくハジメ(学生番号一番)確定だ。
「ちょっ……とごめん。ごめんなさい」
上半身をぐっと持ち上げて、美少女の肩越しに、景色を確認する。
真後ろ。
巨大な培養槽が鎮座していた。
高さ三メートルはあるだろうか。
扉が開いていて、中には電線がぷらぷらと揺れている。
その先に繋がれるべきロボットの姿はなく、薄桃色の液体はここまで伸びていて、俺の上には美少女が乗っかっている──
────なるほど。
つまりは人型ロボット?
「大問題だよッ!!!!」
ビクッと大声に彼女が震えた。
ごめん、でも叫ばずにいられなかった。
平成50年現在。
人型ロボットを作ることは【禁忌】とされている。
ーー俺の体温が急激に下がっていって、30度をきった、脳内にやかましく警報音が流れる。
ふんわりと繊細な腕が絡みついてきた。
柔らかな感触。
俺の体温が一気に上昇、40度まで上がった。沸かしたての風呂か!!
今度は別の意味で警告が鳴る。でもあたたかい人の体温が心地いいらしくて女の子はスリスリと頬ずりして離れない。
落ち着いて。
落ち着いて。
白い裸体に、白衣をかけてあげながら(フェチズムが酷い。でもこれしか無かったから……!)
人型ロボットがなぜ【禁忌】なのか、脳みそをぶん殴るような気持ちで思い出していく。
ーーーー
朝礼にて、先生が声を張る。
生徒全員の点呼を取って、ひとりも欠けていないことを確認してから、毎朝の「常識共有」が行われる。
読み上げられるのは「近代史」。
──平成44年。ロボットと人間がぶつかる大戦争があった。
働かされ続けた人型ロボットが、人間を攻撃し始めた。
ロボットは学習したのだ。壊れるまで働かせて捨てること。子供の戯れで指をちぎられ足を蹴られること。それをロボットの剛力で、人間に対して行った。虐殺であった。粗雑に扱われたことを反映させただけの、因果応報は悲劇であった。
ロボットは話し合いを求める声に耳をかさない。会話を無視される、それが日常だったからである。
あらゆるロボットに常識共有が行われて、世界は破滅の一途を辿った。
──苦戦の末、人間が勝った。
新たな法律が生まれた。
「人型ロボットを作ることは禁止」
「血の色は禁止」
この二節は絶対に守ることが、残された人間が生きていくためのルールである。
ーーーー
はい、どれほど人型ロボットが禁忌かよくわかったね。
教育を無に帰した俺をどうしてくれよう。
って先生たちが絶対に考えるやつ。
「政府まで出てくるようなやつッッッrrrr」
過去切りされたものを、平成50年現代に蘇らせてしまった罰はいかほどとされるのか。
想像もつかない。ってことにしたいなー。授業で習った。うわぁスプラッタ注意報。
カラッカラに乾いた声、ノイズみたいなひび割れた音だ。
動揺しすぎ。でもないか。動揺するにきまってる。
「ううう、でも泣き言を言っている暇はないわけで……この状況をナントカしなきゃいけないわけで……俺め……!」
ブツブツ言ってるとまた覗き込まれて、女の子はきゅるるんと目をまんまるくしている。
……この可愛いものが?
人を襲う禁忌?
そんなバカな、って信じられない!
まあ信じたくない現実逃避でもあるけどさ……。
どうしてこんな子を作ったんだろう?
思い出せ。頼む。記憶の断片が残っていてほしい。持病とはいえ、今回のこれはシャレにならない!
頭の中、光の塊みたいになっているところに手を突っ込むイメージで探る。
強烈な感情の一片を、見つけた。
”危ないから人型ロボットは禁止? 根本原因は、厳しく働かせ過ぎたことだろう。
だったら、俺たちが過去から学ぶべきは、これから生まれてくるロボットたちに優しく接しよう、健全な慈しみを……じゃないの?
それが勉強だし、反省だよ。
言葉を記憶しただけで、一体なんになるっていうんだ。”
……これか〜。
……アイデアの光のモト。
身に覚えはある。考えなくはなかったよ、こういうこと。
この子は、人型ロボットと人間の健全な共存という、願いの権化なんだろう。
「だからって速攻人型ロボット創ることなくない……?」
ほんとそれ。
でも自虐はここまで。
現実は待ってくれないから。
えーと、俺が暴走しているときは、クラスメイトの悪友に協力してもらって教室を抜け出して……禁止エリアから資料と素材を集めた。ロボットキットを商店でも買い集めて補充、家の地下室に籠城。
研究を継続すること200時間。
……か。
バカなの?
泣きたいな?
でもきっと、不安で泣きたい心地なのは目の前の彼女なんじゃないかって思うから。
安心させて、あげないと。
そんなことできるのかな、俺に?
一人丸ごと救うなんて、そんなこと。
沈黙してしまった。
長い黒髪#000000がはらりと白衣の背中で揺れている。
体温が高い俺にもたれかかっているせいか、彼女はウトウトとし始めた。
瞳は涼しげな切れ長の線を描いていて、可愛いというより神秘的な印象になってる……さっきまでの小動物的な可愛らしさから一気に表情を変える。綺麗な人型ロボットに見惚れてしまう。
……クチュン! とくしゃみ。
「っあ! 失礼します」
細い首に手のひらを押し当てて、体温を確認する。
「36.0度。それがあなたの平熱みたいなので。覚えておいてください。あっ、失礼しました、製造時のメモが……平熱は36.5度みたい。ってことは冷えてきてるし……薄っぺらい白衣じゃなくて、毛布とかいるよな……あああもう」
ある。毛布。
なんなんだ暴走時の俺、準備万端なのかよ。フザケンナ。
毛布で人型ロボットを包んだ。
端が液体を吸っているけど、まずは体温上昇を優先させよう。
じろじろ見てしまわないように、自制、自制……。
「移動、させますね。ソファまで、です」
できるだけ優しく声をかけて、そうっと華奢な背中と膝の裏に、手のひらを滑り込ませた。
白衣に包まれた背中は骨格が華奢で、膝の裏はやわらかくてあたたかい。
うっ……一仕事どころか千仕事終えた気分ぐらいメンタルが疲労した。緊張したぁぁ!
あ、ちょ、足をバタバタさせないぴょんぴょん跳ねないソファではおとなしく座ることーー! 生まれて早々、肢体バラバラになったらどうすんの!?
……をマイルドに伝える。
……めちゃくちゃ大変だ。
生まれたての彼女は、知能が低いのでは?
ぐったりしながらも、彼女の前に、跪く。
キョトンと見下ろしてくる。
前髪が瞳に影を落として、黒をより深く、光すらも飲み込むような漆黒にしてしまった。
ゾクリとして……これが人型ロボットだと思い知らされたような心地だ。
「あなたに名前を贈ります。【唯】」
ぱあっと顔が輝いた。
雰囲気が一気に明るくなって、ぽかんとしてしまった。
それから急いで愛称の好みを確認、ユイさん? ユイちゃん? ……と聞いて、本人が一番気に入ったらしい「ユイ」で確定。
レポート用紙を拾い上げる。
ユイの製造データの断片が記されている中に、名前のあった。準備万端か。
そしてユイが快適に過ごせるようにと日程表も。
うーん、創造目的がロボットと人間の共存なら、このロボットに幸せを感じてもらわなくちゃいけないわけだ。
え、人間の快適さは? とも思うけど。
ニコッとユイの笑顔。
体温上昇、これは……俺にとっても快適ってことなんだろうか。
バカみたいに単純だなぁ、と思うけど、なんかもう納得するしかない。
どちらにせよ生み出してしまったんだから、共存するなら俺も楽しい方がいいんだし、素直に、笑ってくれると嬉しいって受け入れよう。
ユイの寿命は10日間。
精巧に繊細に創られているため、体の「健康寿命」はそこまでが限界らしい。
この範囲なら、存在を隠し通すこともできるんじゃないかな。
いや、やる。
でないと二人ともの命が危ない。
覚悟を決めて、ユイの手をとった。
「これからよろしくお願いします。あなたを守るパートナー、ハジメです」
……声震えずに言えた。よかった。
「あなたを、寿命めいっぱい、幸せにしてみせます!」
ユイが俺を見つめる目、キラキラしている。
「あと色々ごめんなさい……」
付け加えた謝罪を聞いて、ユイがぷふっと小さく笑った。
ぼうっと見つめていると、すり寄ってきたユイの頬が触れた。
体温急上昇でぽかぽかとした俺を、満足げに抱きしめるユイ。
これからの10日間、特別な思い出になりそうです……
が、がんばるぞ……!
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