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P-COLOR  作者: 外並由歌
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07-SHESKA

 走り抜ける車のライトを眺めながら、シェスカはベンチで自分にもたれ掛かるネアの肩を抱き、話を聞いていた。ベンチのある歩道は比較的広めに取ってあり、時々過ぎ去る人の障害にはなっていない。国道沿いだからなのか区の入口にあたるためかは定かではないが、道は整備されており、地面は石畳になっていて、ベンチも大理石風の素材で出来ている。

 時刻は七時半を過ぎており、じき八時になろうとしていた。流石に遅いので、自宅にも、ネアの親にも連絡はしてある。

 ——ネア、という少女は、シェスカからしてみれば感動の薄い性格をしているように思えるが、それが本来の彼女なのか、それとも学友を亡くしたためにこのような状態になってしまったのかはわからない。何もかもを忘れているような少し気の抜けた応答と、ガムを噛む前の深々と迫る恐怖を黙してやり過ごすような横顔が、これまでシェスカの知っていた、ほぼ全てだった。

 鬱々とした声が、時折嗚咽を連れて零れている。今まで話さないでいるつもりだったという、転校前の学校が遭った爆撃の様子と、目に痛いほど直接的な色をしたあのガムを噛んでいた理由。そして、先刻思い出した自身の「狡さ」について。

 一学校を襲った空爆については、どの報道にも取り上げられていなくとも周辺には伝聞で知られていることで、シェスカも知っていた。無口な祖父は重たそうにその要旨しか伝えなかったが、それがかえってシェスカに衝撃を与え、同じように囁かれていた「生き残り」の噂を纏ったネアが転校してきたときはどうあっても放ってはおけないと思った。たとえ噂を知らなかったとしても、ネアの普段の様子を思えばおそらく自分は放って置かなかっただろうとも思うのだけれど。


「全部全部忘れてた…忘れようとして、忘れてたの……先生の話も、……友達の名前も」

「…うん」

「私が……わたしが、自分が、傷つかないように…だよ……」


 その声が、速度は緩やかながらも感情に震えて所々高くなるのを、胸が痛むのを感じながら聞く。きっとそれは違う、とシェスカは思う。友人が死んでしまって、納まっていた居場所が一つ、突然消えて、そんなときに自分の精神の安定を望むのはきっと間違った反応ではない。悲嘆を押さえ込む為に起こした記憶の作用は「狡さ」に分類するにはあまりに切実で、彼女の責任を言及するのは何か違うと、そう思うのだ。

 それでも、ネア本人が自分を許せないというのも自然な感情なのだろう。どうしても、自分にあった責任から逃げていたように感じてしまうようだった。


「ネア。でもね…、私は、ネアは悪くないと思う」


 相手は強く首を横に振って、それからさらに深く俯いた。その頭を撫でながら続ける。


「友達が死んだんでしょう……。辛くて、逃げ出したくなるのはみんな一緒よ」

「… ……でも…、」

「じゃあ、全部ちゃんと思い出して、自分に責任があったと思ってる今のネアは、何をする必要があると思うの? どんな責任があると思うの?」

「……何をしたらいいか、は、よくわからない……」


 復讐をしたい? 問うと、ネアは体を強張らせる。言葉を探しているようだったが、シェスカは彼女が答える必要はないと思っていた。復讐など思い付きもしなかったはずで、実際にそうだったなら、ネアはそんなことをする必要なんてないのだ。うなだれた頭をやわく抱きしめる。


「しようと思わなくていいよ、出来なくていいのよ」

「でも……でも私、狡いよ……」

「狡くない。……復讐出来ないのも、…他人を恨めないのも、……大事なことだと思うわ。だからそのままでもいいのよ、ネアは」


 自分なら多分、たとえどんな事情が相手にあろうと復讐するだろう、とシェスカは静かに泣くネアの弱々しい赤い膝を見ながら思った。むしろネアの体験を殆ど自分のことのように感じてすらいて、自分が及ぶ範囲ではないにも関わらず、今からでも何か行動を起こそうと考えてしまいそうだった。そういう点では「復讐できる人間」も十分自分勝手だ。

 殺し損ねた生き残りを、例の戦闘機の搭乗者が殺しに来るかもしれない。だから下手に関わればこちらの命も危ない、などと、まことしやかに囁きあい、周囲はネアを危険物のように扱う。一方で、何も知らないが故に彼女を傷付け続けた弁論者もいる。多くの友人は、ネアと付き合い出してからこちらを遠巻きに見るようになり、やんわりと関係を持つのを避ける。噂を知っていて境遇を想像できるはずの担任でさえ、今日、ネアを理不尽な言葉で叱った。それらの態度や行為がシェスカには許せなかったし、恨まないことも、復讐の二文字を遠ざけることも難しい。だから純粋に、ネアにはそのままでいて欲しかった。そんな怒りに駆られないまま、もう傷付かなくていいように彼女が過ごせたらと、願っていた。

☆シェスカ

新大陸出身のヨーロッパ系ハーフ。正義感強め。

極端めな友達思い。

でもある一人だけを擁護してあとは敵ってタイプではなくて、本当は誰とでも分け隔てないタイプ。

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