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P-COLOR  作者: 外並由歌
5/9

05-PEARL

 ローズの消費速度は、一日一枚弱だった。“原色”は八枚入りだから三つ買えば大体一ヶ月分になった。——今までは。

 空き箱をまた開いてみるが、昨日切らしたのだから当然中身はない。それでもネアは無意識に確認を繰り返してしまう。前回購入してから十日程度しか経っていないから、単純計算で、この体に悪そうな真ピンクで甘みのない花びら味のガムを一日三枚くらいは噛んでいたことになる。しかし実感はなかった。一体いつのまにこんなに食べてしまったのかといっそ疑問を抱くくらいだ。

 シェスカが知ったらまた怒るだろうなと溜息をついた。心配はかけたくないのだけれど、大抵帰りは一緒なのだからいずれは気付くだろう。自分の目から見ても随分ローズに依存していると思う。もしかしたらもう気付いているかもしれない、という考えに至ると、そういえば最近のシェスカはどこかピリピリしていて、以前と比べると若干しつこいくらいネアの隣に並ぶようになったような気がした。陰鬱な気持ちになる。迷惑では決してないのだが、気を遣わせていることが心苦しかった。これでは過去の話をしなくても同じだ。


 そう思いながらも、他方、ネアは懲りずにあの輸入菓子店に向かっている。歩きながら原因について考えていた。いくらなんでもこの消費速度の加速は不自然じゃないだろうか、と感じて。

(………うーん)

 ここのところ、日常に関しては碌な記憶が残っていない。前回“原色”を購入した日同様、現在までずっと意識に張りがないままだった。おかげでその日入っている教科を間違えたり、移動先の教室を忘れたり、酷いと、朝起きたら二限が始まる時間だったりした。これまではそういうことがなかったためか、担任も対処に困っている様子だった。叱って貰えばどうにかなる訳でもなさそうだということはネアも感じている。眠たい訳でも、何かに気を取られているわけでもないのだから。


 公園に突き当たり、その道を右に行く。珍しく人影があったので一瞬歩みを躊躇ったが、ミントの青年だと気付いて、控えめに歩き出す。彼は割合すぐにネアに気付き、こちらに向き直った。手には何も持っていないが、パーカーのポケットから真緑が覗いているのを見るかぎり、ミントの購入は済んだのだろう。


「パール食べたことある?」


 第一声はそれだった。ガムの風味の名前だろうとは見当がついた。ネアは、首を横に振る。

 青年がジーパンのポケットから何かを取り出しネアの方に向けたので、両手を差し出すと音を立てて小銭がのった。百二十五円。頭上から、「わりかん」という声がかかる。つまり、パールを一箱買ってこいということなんだろう。一度彼の顔を見上げ、目が合ったので頷き、店に入る。

 「PRIMARY COLOR」は数えると十二種類並んでいた。ネアがはじめにローズを買った店にはローズと青のブルーハワイしかなかったため、これだけ種類があることに驚いた。この店では丁寧に、色鉛筆のように白、寒色を経由した赤から茶までのグラデーション、黒、というふうに並んでいる。パールは多分白だろうと踏んで、明らかに一番金の掛かっていなさそうなパッケージを手に取り、裏返す。商品名の隣に「PEARL」の文字を見つけると、ローズも三箱掴んで勘定台に出した。店番の少年はそれを見て、小さく微笑む。



「俺も食べたことないの、パール」


 そう言いながら受けとったパールを開封した青年は、四枚、白いシートを取り出し、箱ごと残りの四枚をネアに手渡した。一枚、包みを剥かないまま口にくわえてあとの三枚をミントの空き箱に入れている。ネアはパールの箱から一枚出して、あとはローズと一緒に鞄に仕舞った。

 ローズとミント以外で食べたことのある風味を問われて、他は何も、と答えると何故か青年は口角を上げた。優しい笑顔には程遠いが嫌な雰囲気のものでもない、ただ試しにつくったというような笑みだ。

 口に含んだパールは無機物の味がしている。味というか、とにかくそんなイメージで、なんとなく歯のエナメル質と反発している感覚がある。ローズもミントもそうなのだが、美味しいので食べる、という類のものではない。元々期待はしていなかった。いつのまにか噛み始めていた青年も、特に反応を示さない。

 しばらくの間を置いて、一度青年は顎を休めてネアに言った。


「食べといたら」

「え?」

「他も。全種揃ってる店ってあまりない」


 素直に頷こうかどうか迷う提案だ。全種類制覇するつもりはなかったし、パールは味がいまいちなだけのものだったからよかったが、ミントのように刺激しか感じないタイプのものが混じっている可能性を考えれば冒険は控えたいというのが本音だ。肯定か否定か自分でも判断しかねる相槌をし、「お金に余裕があるときに」と付け加えておく。

 また例の如く沈黙があったが、その中でもぽつりぽつりと会話を交わした。青年の仕事や出身、あとは「PRIMARY COLOR」に関する話題。

 彼は中東のあたりから来たらしい。日本語が話せるのは、会社でのことか家庭でのことかはわからなかったが「言語や技術は幅広く出来るのがいい」という方針のためだと話した。日本語に限らず幾つも言語を習得しているらしいが、多少疑わしい話ではあった。ネアには青年がそんなに勤勉な性質には見えなかったからだ。

 聞くまでもなかったが青年は“原色”のミントを相当気に入っているようで、話に度々出たし、試しにお勧めの風味を聞いてみたら間髪入れずにミントと返ってきた。初対面のとき、はっきりしなかったとはいえネアはミントが嫌いかという問いに頷いたはずだし、噛んでる最中もいい顔は出来ていなかったように思うのだが。ちなみに、ミント以外のお勧めはレモンだと答えた。刺激の強い風味を好むのかもしれない。

 彼は長い間パールを噛み続け、なかなか吐き出さなかったのでネアもそれに合わせて噛み続けた。


 やがて噛み終えると、青年はきちんと包みに出してごみ箱に捨てた。どちらかといえば道端にゴミを捨てるのも気にしないタイプに見えていたので、それに多少の違和感を覚えながらネアもパールを出し、捨てた。口内に寂しさが生まれたので、意味もなく舌で口の上側を撫でる。

 噛みはじめからこれだけ経っているのに味の様子が変わっていなかったということは、それだけ一般的に入っている糖類などが含まれていないということなのだろう。ローズも同じで、噛んでいるときとそうでないときの違いと言えばわずかな風味と異物感の有無だけだった。

 帰る?と声がかかる。頷くと、青年は「次はいつ来る」と問うた。質問の内容の割には、彼はそれに関して興味がなさそうに見えた。

 ローズは三箱。以前までのペースなら一ヶ月後だが、今回のペースなら十日後くらいになる。どう言うべきか悩んで、「えっと」という言葉で一旦沈黙を繋いで、最終的に「二週間くらい後」と答えた。パールも合わせて、単純計算で一日二枚。妥協と自制の合間を縫った、希望的な見通しだ。


「前から思ってたんだけど、足りるの?」

「え?」

「ローズ」

「……まあ…一日一枚とか、二枚とかだから」

「あー、無理」


 意味がわからなくて疑問符を口にすると、青年は「俺、一日一箱でもちょっと足りない」と続けた。言いながら、ミントを一枚くわえている。

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