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P-COLOR  作者: 外並由歌
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04-FORGET

 だいたい一ヶ月後にネアは再び輸入菓子店を訪れた。相変わらず前の通りには人影がなく、公園の雑草は元気で、店内ではあの少年が暇そうにしている。陳列棚を見て回っている間も、彼は勘定台の向こうでイヤホンを右耳にだけつけてギターを弾く運指を空でやっていた。それくらいしかすることがない、という顔をしていた。

 前回はガムだけを目的としていたけれど、折角だから原産国が別の商品も見てみようと思って展覧会の絵でも鑑賞するようにだらだらと歩いていたものの特に何かを得た気分にはならない。気が付くと「PRIMARY COLOR」の黒文字が載る安っぽいパッケージの前に立っている、というのを三回くらいやって、仕方なく三回目は素直にパッションピンクの箱を手に取ってカウンターに出した。

 少年はイヤホンを外し、レジを打ちもせずに数だけ目で確認すると「750」と英語でいう。ネアが小銭を手渡す。彼は長い睫毛を伏せて、また目だけで金額を確認している。


「You're 150 yen short(150円足りない)」


 独り言ちるようにいうので、始めは何を言っているのか努めて聞こうとしなかった。次いで少年は受け取った小銭のうち二枚をカウンターに積んでネアの方に押し出し、ローズを一箱だけ取り上げて、「I can't sell this if you don't pay 150(150払わないなら売れない)」とはっきりと言う。そこでようやくネアは自分が五百円硬貨と一緒に出したのが五十円硬貨二枚だったことに気付いた。

 店を出るとき、下校前にシェスカに「今日のネアはぼうっとしている」と言われたことを思い出していた。確かにぼうっとしているな、と思う。しかも、ただぼうっとしているだけでなく今日一日のろくな記憶も残っていない。少々呆けすぎではないかと微妙な危機感を覚え記憶を掘り起こしてみるが、三時限目に政治の授業があったことくらいしか分からない。諦めて家路を辿ろうと左方向へ足を踏み出したが、そこで、「待て」と声がする。

 耳慣れないものの聞き覚えはある声で、振り返ると例のミントの青年がいた。どんな挨拶をするべきか迷ってるうちに、彼はゆったりとした動きでネアの前に回り込む。手元を覗いていた。この間とほぼ同じようにネアがそっとガムを握っていた手を広げると、青年は「ああ」とか「Uh」とかそんなかんじの感動詞を漏らしてふらりと店の方へ歩き出す。しばらくして戻って来ると、やはり彼はミントを六つ持っていた。


「あんま来ないんだ」


 上がり調子で、疑問か感想のニュアンスが込められていた。この店に訪れるこちらの頻度について言っているらしく、ということは彼がここに来た回数は二度三度どころではないのだろう。大人しく頷いてから、「あなたはよく来るんですか」と聞いてみた。生返事があり、しばらく考え込む様子を見せ、「やめてくれない」と言う。


「? …えーと、何を…」

「アナタ」

「え?」

「って言うの」


 好きじゃないんだよね。開封し、包みから出したミントのガムを口に入れながらもぐもぐとそう言う。気怠い口調といい、愛嬌を感じないでもなかったが目つきは鋭い色を湛えていて、けれどやはり態度的にはいっそ眠そうなくらいで、だから心境がまるで読み取れずにネアは接し方に悩んだ。本日の呆け具合も相俟(あいま)って、敬語をやめろと言われた訳ではないのに「うん」と同級生に対する返事に近い相槌をうってしまう。彼は気にする様子を見せない。

 そのまま沈黙が続いた。何か言うべきなのか、それとも立ち去ってもいいのかと悩んだが、適当な話題もそれらしい別れの挨拶もすぐには思い浮かばず、結局黙っている。

 青年は、とくに変わった格好はしていなかった。この国の町を歩くのに不自然でない出で立ちだったし、欧米でも好まれて着用されそうな服装でもあり、旅行者なのか留学生なのかR2出身なのか判断がつかない。日本語に若干の訛りがあることを考えると他国で育ったように思うのだが。

 ちらと顔を窺うと目が合った。慌てて、取り繕うように声を出す。「あの」


「何?」

「外国から…、?」


 来たんですか? 来たの? どちらを使うべきか決めかねて曖昧に濁した。

 彼は一度だけゆっくりと瞬きをして、少し驚いたような表情を見せたが、直ぐに目を細め、当たり前だと言わんばかりの声音で返事をした。


「そうだけど」

「あ…えっと、……いつから」

「三ヶ月前くらい」


 へえ、と相槌を打ってしまうと、それで続ける言葉は見当たらなくなり、再び器用に入り込んできた沈黙に息が詰まる。やっとのことで「そうなんだ、この国はどう?」とか「どこから来たの?」という別の質問を考えることが出来たが、タイミングを逸してしまったように思えて聞けなかった。

 やがて青年が口を開く。話が続いていたのか、ネアの言葉が切れたために続きを作ってくれたのかはわからない。


「仕事があるから」

「…仕事?」

「そう」一度深呼吸する。ミントの風味を楽しむ為の行動のようだった。「迷惑かけた人に謝ったりとか」


 つまり、不手際の処理なのだろうか。なんとなく大学生くらいの印象を受けていたので、社会人の事情が飛び出したことに少なからず驚いた。大変ですね、と思わず呟くと、まあそれは終わったんだけど、とつまらなそうに彼は言った。ついでに「デスネもやめてくれない」と言われる。

 それじゃあもうすぐ帰るのだろうかと思い聞いてみたら、まだ別の仕事が残ってるのだと返ってきた。忘れたこと思い出せって言われてもね。そちらの仕事の内容を今知らされたように、青年が悪態らしきものをつく。無責任な言い草に聞こえて、結構問題のある社員なのかもしれないとネアは密かに考えた。それから、三限政治、と唱えるように思い出す。それ以上は相変わらず何も出て来ないのだけれど。

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