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P-COLOR  作者: 外並由歌
3/9

03-TAFFEE

「あ、れ」


 もう一度、棚に並ぶ品物を丁寧に見直していく。そんなことをしなくても、ネアがよく購入するあのガムのパッケージは目立つはずなのだけれど、いくら視線を巡らせても今日は真ピンクの箱は見当たらなかった。

 売れていないことは予想はついていたけれども、だからこそ減ることのないパッケージの山に安心してしまっていた。あまりに売れないから処分してしまったのだろうか。



 自動ドアを二つくぐると、温い空気を感じる。今日は日差しが強いから、ずっと外にいると暑さを感じるくらいだった。腕時計を見ると午後二時近くを指している。まだ時間はあるな。そう思って、いつもとは違う方向へ足を進めた。

 土曜日だけれども、検定の受験があったためネアは制服だ。鞄の中には筆記用具と財布くらいしか入っておらず、歩き回るのに支障はない。それに目的地には割合早く到着するだろう。

 確か、輸入菓子だけを取り扱っている店がネアの通学路から少し逸れたところにあった。寂れた様子だったけれど、シャッターが閉まっているようなことはなく、むしろこれ以上廃れたり突然消えたりしないような、当然あるべき風景と化したような印象を受けたのを覚えている。そして雰囲気的に、ネアが依存しているガムを売っていそうな気がする。気がするだけだけれども。

 十分程前に辿ってきた広い道を遡り、脇道に逸れていく。ときどき民家を挟みながら、畳だとか陶器だとかステンドグラスだとかに商品を絞った店が、商売を続けているのかいないのかよくわからない様子で並んでいる。やがて別の道が横断している所に差し掛かり、少し悩んで右へ向かった。

 左手には人気もなく、手入れもあまりされていない雑草の多い公園があった。公園というより空地といった方がイメージに近い。右手には、シャッターが沢山あった。もともと何の店だったかも定かでない建物が多いが、その中にぽつりぽつりとまだ息のある骨董屋や手芸店が混じっている。他の店よりも若干道路に面している幅が広い木造風の店が見えてくると、ネアは足を止める。

 戸のガラスは薄汚れていて中の様子は見えにくかった。出ている看板には店名らしいものはなく、「欧米・亜細亜 輸入菓子」と端的に取り扱っている商品を示す青ペンキの文字があるだけだ。少し躊躇ったが、戸に手をかけてみる。からからと耳に心地好い音が鳴り、建て付けも想像以上に良い。ひやりとした微風が腕や足などの露出した場所を撫でた。

 店内は駄菓子屋のような雰囲気だった。カウンターの向こう側で眠るように座っていたゲルマン系の少年が少しだけ瞼を上げ、こちらを一瞥した。ざっと見、中央には西欧の洒落た雰囲気の菓子が、右奥には東洋系の、左側には米国の多少見目が派手なものが並んでいるようだったので、人一人分の狭い通路を左へと曲がる。

 低い位置の商品を見てみると、そこに“原色”はあった。



 ピンクのガムを購入して店を出ると、戸口で青年と出くわした。背の高いアラブ系の青年は、癖のある長い前髪を掻き分けるようにしてこちらを見下ろし、次にその視線はネアの手元に向いた。気怠くも何かに注意を引かれた一音がぼそりと聞こえる。


「ローズ」


 彼の口から、カタカナ英語が飛び出したことに驚いた。地球先進時代と呼ばれるようになり、人の行き来がそれほど珍しくもなくなって、英語は公用語とされている。だからどの国の人間も大抵、不自由のない程度には英語を話せるし、他国人とのコミュニケーションには英語を使うのが普通だ。そうなると他国へ行く際も、その国の言語は覚える必要がないのだ。

 彼の音は、日本語だった。もしかしたら育ちは日本語圏なのかもしれないが、それにしてはどことなくぎこちなさを感じる発音だった。

 それから、自分も手元に視線を落とす。三つ重ねて握っていたピンクのパッケージを、僅かに指を緩めて見直す。ローズ、というのは、このガムの風味の名前だった。それを知っていたことにも驚いたけれども、青年の雰囲気というか、存在感のようなものに圧されてすぐに言葉は出てこなかったし、自分がどういう行動をとるべきかネアにはわからなかった。

 青年はそれ以上何も言わず、するりと店内に入っていく。真っ直ぐにネアの購入したガムが並ぶ台まで行き、真緑のパッケージをひとつ掴むと店番の少年に投げて寄越した。


「Six(六つ)」


 言いながら青年はポケットから取り出したくしゃくしゃに丸めた紙も投げる。少年がカウンターの上でそれを広げる。千円札の中に、五百円硬貨があった。あと五つ同じパッケージを掴んで出口へ向かう青年に、店番は一つ目の箱を投げる。


「Hand the straighter one(もっと綺麗なやつを寄越してよね)」

「It's best(それが一番綺麗なやつだよ)」


 振り向きもせずそう答えて店を出てくると、青年はそのやりとりをぼうっと見ていたネアに再び顔を向けた。いつも来るの、と疑問形で問い掛けて来る。今度は確かな日本の言葉だ。そのことにも、彼と少年のやり取りにも、彼が話し掛けて来ることにもネアは少々呆気に取られていたが、かろうじて首を横に振ることで返事が出来た。青年はガム五箱をポケットに突っ込みながら、続けて「それは」とネアの手にあるガムを小さく顎で示す。「いつも買うの」


「——…」頷く。「よく、」

「ミント食べたことある?」


 ふるふると首を振ると、開けていたビビッドグリーンのガムをこちらの口元まで突き出してきた。位置的にはそのまま咥えるべきだったのかもしれないが、気が引けたので右手で受け取ってから口に入れた。噛んでみると、味らしきものを認識するより先に突き刺すような刺激が口内に広がり、思わず眉を寄せそうになる。流石に失礼な気がして噛む動作だけは続けるものの、甘味などはまるでなく、食べ続けるのは困難にしか思えない。

 青年は表情も変えずに「ミント嫌い?」と聞く。それはミント味全般のことを言っているのかこのガムのミントのことを言っているのかわからず、どう答えようか思案したが、結局頷く。彼は「ふぅん」といったような、少し異国の響きのある相槌を打っただけだった。


「ローズでかえして」


 屈んだかと思うとそう言ったので、ネアは刺激を纏う苦みと戦いながらローズの箱を開封し、ピンクのガムを差し出す。青年はネアの手から直接口で受け取り、それを唇と歯で引きずり込んでいった。感想もなにもなく、ただ黙々と噛んでいる。

タイトルの綴り間違いはあえてのものです。

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