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P-COLOR  作者: 外並由歌
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02-NEA

 制服の胸ポケットから薄い紙製の箱を取り出す。目に痛いピンク色をしたパッケージは、商品名らしきものが黒のゴシック体でそっけなく印刷されただけのいかにも安上がりなものだった。横から白い内箱を押し出し、中に並ぶシートを取り出す。

 白い包みから外装と同じく異様なまでにピンク色をしたそれを抜き出し、噛んだ。そこで隣から呆れたような声音が聞こえて来る。「ネア、またそんなもの食べてるの?」

 明るい茶色の、ウェーブのかかった長い髪だった。肌は白く、深い二重の見目よい少女である。彼女——シェスカはネアがこちらに転校してから初めて出来た友人だった。新大陸出身のハーフだけれども、育ちはR2だからかそちらの菓子は好まず、ネアがこのガムを噛むといつも嫌な顔をした。


「体に悪いと思わない?」

「思うけど、」

「大体、八枚入りで二百五十円でしょう? ぼったくりもいいところだわ」

「そうだね」


 曖昧に笑いかける。もちろんシェスカの言う通りだと思っている。だからこそ、これを選んで噛んでいるのだ。

 それをシェスカが知らない訳ではないらしく、溜息を吐くときに少しだけ寂しげな表情を見せた。彼女は優しい。言葉や態度はきついところがあるけれど、他人を気にかけるときはまるで自分のことのように悩み続ける。だから、何も言わないのも申し訳なくはあるのだけれど。


「そのうちやめるよ」


 流石に目を合わせられなかったのでネアは知らないが、シェスカはそれを聞いてやはり納得行かない様子だった。




 二ヶ月前に、体育祭があった。ネアが元々通っていた高校の体育祭だ。

 七月の炎天下で行うため熱中症が危惧され、スポーツドリンクの配給が予定されていたのだが、それが三本足りなかった。

 ネアは保健委員で、参加する競技も殆どなく、自転車通学者だったこともあって、その買い出しを頼まれた。


 ハンドルの前に備え付けられた篭の中で購入したペットボトルを跳ねさせながら校門へと続く緩やかな坂を上がっている。じりじりと照り付ける日の熱さと、歩く振動で次から次へと足を滑っていく汗の感覚を意識しながら、やがて見えて来るはずの校門を左側の木々の間に探していた。

 ふと、何かが落ちるような音がした。日常に聞く音ではなく、映画の中で聞くような、遥か上空から大気を切って落ちて来る音だ。その音に顔を上げるより早く、轟音が地の底から湧き出るように周囲に満ちた。核となるような音がもう一つする。

 左から、熱を持った風が押し寄せて来る。いつの間にかネアの足は止まっていた。時間をおいてようやく、今のはなんだったのかという疑問が頭に浮かんだ。

 木で休んでいたらしい鳥達が、みな空へ飛んでゆく。嫌な感じがして、ネアは自転車を押す腕に力を込め、走った。

 すぐに校門のある場所が見える。けれど、一瞬その認識は間違いだったように思えた。


 校門が崩れていた。


 そこで自転車を止め、ネアは走る。一体どうなっているのだろう、という不安と疑問に突き動かされているようだった。

 駐輪場に続く短い石畳は、幾つものひびが入っていた。木々は先に行くほど、刃物で撫でられたように表面をぼろぼろにして、傾いでいる。道の先に駐輪場は、無かった。そこを左に曲がればグラウンドだった。ネアの足は結論を急くかのように走り続ける。


 広がる景色に足が止まる。

 行事に浮き立つ様子は、そこになかった。そして、誰もいない。

 その代わりに暴力的な“何か”がこの場所を蹂躙していったような跡がある。グラウンドは無闇に掘り返され黒くなっていたし、校舎は今にも雪崩てきそうな恰好で。

 再び足が動き出す。なぜだか走らなければならないような気がした。周囲を見渡しながら、どこかにいるはずの友人や教師達を探しながら、ひたすら走っていた。

 トラック上に作られた凹みの真ん中まで来て、一度止まって、その場であちらこちらを向く。誰もいない。——置いて行かれたような感覚がして、途方に暮れそうだ。


「——だれか!」


 呼び掛けた直後、きいんと機械的な音が上空から聞こえた。見上げると小型の飛行機が、かなりの低空飛行で学校の真上を旋回していくところだった。

 あっという間に遠くへ行ってしまったその機体から目が離せない。外装に無頓着なグレーの機体は、どう見ても旅客機ではないし、どこかの富豪がプライベートに持つようなのとも違う気がした。


(…戦闘機…?)


 ふと浮かんだ単語に、引っ張られるようにして情景が連なっていく。崩れた校舎。えぐれたグラウンド。薙ぎ倒された木々、爆風、轟音。

 戦闘機。


(く、う、しゅう……?)


 国語や歴史の教科書でしか触れなかった言葉が出て来たために、どこか場違いな、嘘っぽい響きを感じた。

 いつの間にか見つめていたはずのものが空に消え去っていて、知らず知らずのうちに肩に入っていた力が抜ける。瞬きを挟んで、視線を落とす。

 人の腕が落ちていた。




 悲鳴を上げたっきり、ネアの記憶は途絶えている。あの学校に入ったのもあれが最後だった。

 ネア以外の生徒や教員、事務の職員たちはあの爆撃でみな死んでしまった。教室棟はかろうじて原形を留めていたけれども、職員玄関のある特別教室棟は半壊で——昼時を除いて教室棟は閉められることになっていたから、屋内にいた人は当然特別教室棟のほうにいた。だから、誰も、残らなかった。


 こんな話を、友人に出来るだろうか。したって仕方がないのに。もうあの人達は死んでしまって、それをシェスカがどうにか出来る訳はないのに。

 思い出したくもないような記憶をわざわざ共有して、優しい彼女に嫌な気分をさせたくない。

☆ネア(16)♀

たぶん純日本人。

漢字で書くと音愛。

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