結果が全てか過程が大事か
結果が全て。
いや、過程こそ大事。
どちらでしょうね?
社会では結果が全てとは言いますね。
この「なろう」で言えば、ランキングに載って書籍化すればテンプレでも何でも良い。
いやいや、楽しく書けなければ書いている意味が無い。
このエッセイジャンルの中でも、そういうタイトルの下、沢山の意見の交換がなされている様です。
どちらでしょう?
個人的には、結果が全てだと思います。
ただ、難しいのは、結果とはどこの時点で何をどう判断したモノかと言う事です。
例えばですね、書籍化出来たとして、結果として爆死してしまったら?
プロ作家になれたけれども、小説だけでは食べていけなかったら?
ツイッターでの何気ない呟きが炎上し、出版社に相手にされなくなったら?
逆に、「なろう」では全く人気が出なかったけれども、一般公募で受賞して、作家になれれば?
また、趣味の創作活動をすっぱり止めて、仕事に専念して出世したら?
家庭を優先し、幸せな生活を送れれば?
何が結果なのでしょう?
逆に、過程とはどこの何を見て言うのですか?
「なろう」で作品を書く為、色々な分野の事を勉強し、それが仕事の成果につながったりしたら?
調べものに興味が移り、専門家にまでなったりしたら?
結果が全てではあるけれども、過程を大事にしない者には結果は伴わないし、過程での真摯な努力が他の結果になって現れるかもしれない。
一年では結果が出ずに、10年必要なのかもしれない。
結果がいつ出るかも分からないですが、誠実にやり続けねば結果が出ないのです。
それに、「なろう」で結果が出なかったからと言って、人生は終わりではありません。
他の分野で頑張っても良いし、趣味と割り切って楽しむのも良い。
人生万事塞翁が馬とは言います。
人生は何が起こるか分からないし、悪い事が良い結果に繋がる事もあるかもしれません。
過程を楽しむという事すらも結果なのでは?
楽しんだ者勝ち、な気がしますね。
困難な状況すらも、乗り越えた時には大きな満足に変わりうるのですから。
死ぬ時の事を考えるのもアレですが、満足して最期を迎える事が出来れば、幸せな人生ですね。
おっさんとして忠告させていただくと、昔の失敗をいつまでも忘れない様な人は、相互評価とか炎上商法とか、これってどうなの?と自分が思う行為はしない方が良いです。
自分の良心に従い、公明正大にやるのが良いです。
でないと、あんなことやるんじゃなかったと、いつまでも後悔して過ごす事になりますから。
後であれこれと悩むのが時間の無駄です。
誰も見ていなくても、自分の中で正しい行いをしている方が吉です。