第7話
リックがミアを保護したその日の夜。
一刻も早く移動したいリックだが、帝都治安部隊がまだ森を捜索している可能性もある。
夜闇に紛れて移動するのは非常に有効な手段であるが、それは素人でも思い付く手段であるがゆえに敵にも警戒されていると考えるべきだ。
騎士の中には面と向かってリックを疑っていることを公言している人物もおるため、この家が見張られていることすらありえる。
リック1人で辺りを偵察しようとも考えたが、この家にミアを1人にするのはリスクが高い。
だからといってこのまま家に籠もっていても状況が好転することないが、リックに状況を打開する策は思いつくことはなかった。
リックにできることはミアから少しでも多くの情報を聞き出すことぐらいだ。
「なるほど。それで隙を見て逃げ出してきたと。でも、よく逃げられたな。大怪我で見張りもいたんだろ?」
「獣人は体が丈夫だから、大怪我でも死ぬ気になれば案外動けたりするんだよ。その分さらに死にかけるんだけど。見張りは………その、新人だったのかな。大怪我の私を適当に見張ってたから…隙を見て………に、逃げ出してきたの。そう、こっそりと逃げたんだよ」
「ふぅん。獣人といえど見た目は耳以外は普通の女の子だしな。そういえば尻尾はあッ」
その時、リックの発言を遮るようにドンッという扉を叩く音が家中に響き渡った。
その音にミアはビクリと肩を震わせ、リックは手でミアに落ち着くよう伝える。
リックが玄関の方に視線を向ければ、外からガチャガチャとドアノブを動かし、鍵のかかった扉を何度も開けよとしているのがわかる。
扉を叩く異音を聞いたリックは当然の様に帝都治安部隊による襲撃だと考えたが、ドアをガチャガチャとしている様はエリート部隊とは程遠く、リックでも素人の動きだとわかるぐらいだ。
「………リ、リック」
「落ち着け。帝都に向かう道中で迷った者が無人の小屋だと勘違いして来ることはたまにある。今回もきっとその輩だ」
ミアを安心させるためにそう言ったリックだったが、そう言った輩は鍵がかかっていることに気付くとすぐに身を引いていく。
ここまでしつこいのは始めてたが、帝都治安部隊ならあの扉を破る術ぐらいはあるだろうし、襲撃でなければ何かしらの言葉をかけるだろう。
そのどちらもしないということは、訪問者は少なくとも帝都治安部隊ではない、リックはそう自分に言い聞かせていた。
だが、現実はリックのそんな期待をあっさりと、それも最悪の形で裏切る。
叩かれるだけだった扉が、いきなり弾き飛ばされるように破られたのだ。
弾き飛ばされた扉がリック家の至る所を傷付けながら突き進み、リック達のすぐ目の前まで迫ってきた。
リックはギリギリの所で動きを止めた扉を目を白黒させつつも、助かったことに安堵の息を漏らす。
そして、扉が飛んできた先である玄関に目を向けると、本来扉があるべき所に1人の少女が佇んでいた。
「………なんだ…あいつ?耳がアレだから獣人?ミア、知り合……い?」
リックが見る限り玄関にいるのは獣人の少女1人のみ。扉を破った張本人はこの少女で間違いないだろう。
だが、リックにはこの少女に押し掛けられる心当たりがない。
帝都治安部隊に獣人の隊員がいるとも考えづらく、そして何より少女が見ていて不安になるほどボロボロなため、リックは自然とミアの仲間だと判断し、少女のこと聞こうと後ろにいるミアに声をかけたのだ。
しかし、声をかけながら後ろに視線を向け、後ろにいるミアの表情を見たリックは紡いでいた言葉を詰まらせた。
ミアは呆然と目の前の光景を見ていたのだ。
ギリギリまで迫ってきた扉への恐怖でも、扉を破ったのが獣人だという驚愕でも、助けが来たという歓喜でもなく、呆然としていた。
「………ミア?」
リックがミアに声をかけるが、ミアには聞こえてないのかただただ呆然と前を見続けるだけだ。
「…お、姉ちゃん」
呆然としたままそう一言だけポツリと呟いた。
帝都治安部隊はジルベール博士から与えられたボロボロの獣人の先導で森を進んでいた。
好き勝手に森の中をサクサクと進む獣人の後を、必死に森を掻き分けて追うのは帝都治安部隊だ。
そんな帝都治安部隊がこのままで本当に取り逃がした獣人の少女が見つかるのかと不安に思うのは仕方がないことだった。
「あれ、本当に大丈夫なんですか?」
サモアドが苛立ちながらゲオルに問うと、ゲオルは獣人を見失わないように注意しながら答える。
「ちゃんと一番近い獣人の所まで案内しろと命令したろ。このタイミングで例の獣人以外が引っ掛かるとは思えない」
「いや、そうじゃなくて…あいつ、あのまま俺らを振り切って逃げるつもりなんでは?」
「………あの獣人の首輪。あれは魔法具だ。それも恐らくジルベールが改造してかなり強力なものだろうな」
魔法具とは魔法が使えない人間でも簡易的に魔法が使えるように、魔法使いが普通の道具に特殊な魔法をかけたもののことを言う。
誰でも簡単に魔法を行使できる魔法具だが、魔法具作成に必要な付与魔法を使える者は少なく、1つの道具に対して1つの効果しか付与できず応用がきかず、さらに魔法が使える者であれば簡単に付与を解呪することができる。
だが、魔法使いなしで魔法の行使ができることは魅力的で、相手に魔法をかけ続ける必要がある場合は魔法具1つあれば事足りるというのは魔法使いの負担軽減に効果的だ。
そのため、付与魔法を使える者は治癒魔法と並んで重宝されていた。
「魔法具…それでどういう効果なんですか?」
「意思の封じ込め、というよりは理性をなくしてどんな命令にも従わせる。理性はないから案内に俺らのスピードが考慮されてないってわけだ。
ちなみに、知ってると思うが、獣人は同種族同士の位置関係をぼんやりと知ることができ、それは血の繋がりが濃いほど正確な位置を知れる。だが、原理はよくわかってないが、理性がない相手の位置を知ることができない。そのおかげで我々は、こうして一方的に相手の位置を知れるのだよ」
「へぇ、それはすごいですね」
「………待て、止まれ」
ゲオルが腕を横に伸ばしながらそう言うと、後ろをゾロゾロと進んでいた帝都治安部隊は足を止める。
ゲオルの伸ばした腕のすぐ後ろで動きを止めたサモアドが前にいる獣人の進行方向に視線を向ければ、森には不釣り合いな1つの家があった。
「ハハハ、あのリックとかいうクソ!やっぱり匿ってやがったか!ほら、隊長!俺の言った通り!」
「うるさい、黙れ。では、総員手筈通りに」