第4話
リックは騎士全員が立ち去るのを見送ってから家内に戻ると、ミアがベッドの下から頭だけを出して、怯えた表情でリックを見上げていた。
「どっか行った?」
よほど怖かったのか、今にも零れ落ちそうな程の涙を目に浮かべ、震えた声でそう聞いてきた。
リックは安心させるために、ベッド脇に屈みこんでミアの頭をなでながら答える。
「あぁ、悪い人たちはもういないよ」
「…本当?」
「本当だよ。ほら、そんな汚い所からさっさと出るんだ。それと確認だが、ミアを襲ったのは帝都治安部隊なのか?」
「…てーとちあんぶたい?」
「あ〜、何か騎士というか鎧着込んだ連中」
「………うん、その治安なんたらかどうかはわからないけど、鎧を着た大人たちだったよ」
「チッ、あいつら通報された来たわけじゃないのか、クソ」
「…リック?」
「………ごめん、気にするな。それで、本題なんだがミアのことを聞かせてくれないか?」
「ミアの?」
「うん。今までどんな風に暮らしていて、どういう経緯で鎧の人達に襲われたのかとか」
「う〜ん」
ミアはようやく敵がいないことに安心したのか、悩んだような声を上げながらベッドの下から這い出てきた。
そのままベッドに腰を下ろして足をパタパタとさせる様は、さっきまでベッド下に塞ぎ込んでビクビクと震えていたとは思えない姿だ。
「どんな風に暮らしていたのかって言われても、普通にとしか」
「獣人だけでか?」
「うん。人間達から隠れて暮らしていたから色々と窮屈で貧しい生活だったけど、皆とっても優しいから嫌じゃなかったよ」
「………そうか」
「獣人の村はミアの村だけじゃなくて色んな所にいっぱいあって、近くの村と情報交換をして人間達にバレないように助け合って暮らしるの。大きくなると目立つから1つ1つは小さいけど、お互い協力するために村同士の交流は盛んなんだよ」
「獣人だけでか」
「え?うん、そうだけど」
まるで生まれ故郷だ。リックはミアの村の話を聞いてそう思った。
だが、リックの村に異物が紛れ込み、それが全てを歪ませている。
ミアの育った獣人だけの村というのは、リックの生まれ故郷から異物を取り除いた、謂わばリックにとって理想的な暮らしではないのか。
ミアの話を聞いたリックはそう思わずにはいられなかった。
(もし俺の村に獣人がいなかったら、俺はミアみたいに村が大好きな純粋な育ち方をしていたのかな?)
ぼんやりとそんなこと考えるリックだが、それは考えても仕方ないことだ。
リックはそう思い直して目の前のミアへの問いかけを続ける。
「それで、どうして騎士に襲われてたんだ?その村が騎士に見つかったとかか?」
もしそうならミアには悪いがリックにとってかなり都合がいい。
獣人の村を見つけた帝都治安部隊が村を襲撃。そのまま散り散りに逃げた残党を掃討していたと考えれば、森の中を装備を着込んだ大人数の騎士がいることと辻褄が合う。
騎士との会話に少し違和感は残るが、現状ではこの説が最も可能性が高いはずだ。
「え?ううん、違うよ。私は村の外で襲われたよ」
「………そうか。それで何で村の外に出たんだ?村の中の方が安全だろ」
「獣人の村はいっぱいあって情報交換してるって言ったでしょ。ミアは近くの村に定期報告の手紙を届けるために外に出たの」
「………子供1人でか?」
「うん。人手が足りないからね。子供が出来ることは限られてるから………こういう所でミアも役に立ちたかっただけど…。私も村の外に出るのは怖い。実際にお姉ちゃんが山菜とりに少し森に入っただけで帰ってこなかったこともあったし」
「………なるほど。それで、外で騎士に見つかったっと」
「歩いてたら突然隠れていた騎士が道を塞いで。逃げようとしたんだけど、その時にはすでに囲まれてて。………それで、捕まって酷いことを」
「ちょっと待て。騎士は隠れていて、気付いたら囲まれていた?それはつまり、あれか?待ち伏せをされていたってことか?それも、結構な人数に?」
「待ち伏せ?えっと、多分、そうかな。人数は20人ぐらいいたと思う」
「………」
リックはこの森で騎士どころか自分以外の人間をみかけたことすらなかった。
なんらかの任務で森に入った騎士がミアを見付けて、ミアに気付かれる前に待ち伏せしたというならまだ理解できる。
だが、20人もの人数に待ち伏せされたとなると話しは別だ。
20人の騎士が動くということは小さいことではない。
仮に賊の目撃情報があったっとしても20人の騎士が動くことはないだろう。
リックの感覚的な話だが、この人数の騎士が動くとき、それは明確な敵が確実に存在する時だ。
真っ先に思い付くのはミアが暮していたような獣人の村が見つかったということだが、それだと逆に人数が少ない。
村と読んでいる以上は1人や2人でななく大人数がくらしており、1つの村を掃討するのに20人しかいないといことはないはずだ。
次に考えられるのは最初からミアを狙っていたパターンだが、村の外を恐れていたミアは外にいる時間を出来る限り短く抑えるだろう。
その間に誰かがミアを見付けて、通報して、帝都治安部隊が駆け付け、移動しているミアを見付ける。誰が考えてもあまり現実的ではない。
それに獣人といえど幼い少女を殺すのに帝都治安部隊20人は多すぎだ。
帝都治安部隊は騎士の中でも花形的な部隊で、隊員全員が魔法を使えるという徹底ぶりだ。
さらに魔法に慢心せず、剣の腕も騎士でもトップクラスだという。
そんな騎士がミア相手に20人もの戦力を割くとはとても思えなかった。
現段階で一番可能性があるのは、別任務の帰り際にたまたまミアをみつけたパターンだ。
だが、たまたま見つけたとしても、騎士が待ち伏せしたり、その場ですぐに処刑しなかったり、執拗に追いかけたことなど不自然な部分は多い。
(………ダメだ。答えを出すには情報が少なすぎる。だが、ミアを問いただした所でこれ以上重要な情報が出てくるとは思えない。
一番事情を把握しているのは帝都治安部隊のはずだが、奴らと接触するのは論外だ。なら、次に事情を知ってる可能性が高いのは………)
「なぁ、ミア」
「うん?なに?」
「………ミアが暮していた村に連れて行ってくれないか?別に今すぐってわけじゃない。どちらにしろまだ外には騎士連中がいるかもしれないからしばらくはここで匿うことになるし。なんなら一度村に戻って村長的な人と相談してもいい。ダメって言うならすぐに諦める。
ただ少しでも可能性があるなら俺を獣人の村に入れるよう働きかけてくれないか?」
「えっ?いや、人間を村に入れるのは流石に…でも、リックなら大丈夫かも」
「………いいのか?」
「いいよ。もしかしたらそれで何かが変わるかもしれない」
「…ありがとう」
あっさりと決めたように見えるミアだが、この決断にはかなりの勇気がいるはずだ。
ミアは勇気を振り絞ったであろうミアをねぎらう為に、笑いかけながらミアの頭を撫でた。