第39話
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか?」
アーメリがマルク公爵の屋敷を訪れた翌日。リックとミアの2人はアーメリから指定されたケーキを訪れていた。
マルク公爵に用意してもらった顔を隠せる服を身にまとった怪しい二人組に対しても店員は笑顔で歓迎し、リック達は少し申し訳ない気持ちになりつつも店内を見渡す。
「あっ、来た来た!こっち、こっち!」
リック達がアーメリを見つけるよりも早く、リック達を見つけたアーメリが端の席から大声を上げながらブンブンと手を振る。
その様子を見た店員が「あ、お連れ様でしたか」と言いながらリック達をアーメリが座る席に案内した。
店内を見渡した限りアーメリ以外の客も多く入っており、アーメリの席は店内にある普通の席の一つで、席のすぐ横にも女性客が1人でケーキを食べている。
どう考えても密談向けの店ではないの。
「私の奢りだから、好きなの食べてね。ここのケーキおいしいから」
アーメリがそう声をかけるが、リックは緊張から甘い物が喉を通る自信はない。
対するミアは緊張した面付きをしつつも、恐らく初めてだろうケーキが気になるのかメニューをチラチラ見ている。
「………ミア、好きなの頼んでいいぞ。どうせ、金はアーメリが出すらしいし」
「えっ、でも…どれがいいのか、わかんない」
「いちごのショートケーキが1番無難なやつだ」
「じゃあ、それ食べる」
ミアの注文が決まり、ショートケーキとリックの飲み物を店員に頼むと、気を取り直してリックが切り出した。
「それで、俺らに何のようだ?聖女様の側近様とあろうものがこんな小物に用があるとは思えないんだが」
「昨日も言ったけど、そこのミアちゃんに興味があるだけだよ。邪心もない、純粋な興味」
「あの聖女様の側近が獣人に興味を持つ?なんの冗談だ?」
「もちろん、ただの獣人なら何とも思わない。獣人の犯罪者なんてとっとと聖女様の聖なるパワーで瞬殺だけど…ミアちゃんただの獣人じゃないよね?」
「………ただの獣人じゃない?」
「獣人でも人間でもない。そんな中途半端な存在」
アーメリの言葉に心当たりがあるリックとミアだったが、リックはそれをアーメリに悟られないよう表情を一切変えなかった。
だが、まだ子供のミアにはポーカーフェイスは難しく、明らかに動揺した表情になる。
「ミアちゃんは素直でかわいいね。そういうわけだから本当にただの興味心で近づいたの。それで、ミアちゃん…君何?」
アーメリがミアの顔に自分の顔を寄せながら言うと、ミアはアーメリから離れるように背もたれに深くもたれかかる。
だが、まだアーメリの事を信用できないリックはミアのことを話す気はなかった。
「ミアのことを聞きたいならアーメリ。まずは自分の事を話せ。どこでミアに興味を持ち、なぜここにおり、聖女が何をしているのか。その辺りを全て話した上で信用できるか判断する」
「別に良いよ。別に君達に知られて都合の悪いことないし」
その後アーメリはここ最近の出来事を話し始める。聖女率いる聖騎士隊がたまたま帝都を訪れた際に帝都近くの獣人の集落の掃討作戦に参加したこと。
掃討後にリック達のことを聞き、聖女がリック達を追うことを決めて、ヴェルトを訪れたこと。
ヴェルトでアーメリの魔法に人でも獣人でもない反応があったこと。
反応のあったマルク公爵の屋敷を訪れると、聖女が追っている二人組の片割れだったミアであったこと。
「今まで色んな獣人みたけど、ミアちゃんみたいなのは初めて。聖女様は君達のことを追ってるみたいだけど、私は別に犯罪者許すまじみたいな思いはないし、なんならミアちゃんと仲良くなりたいと思ってるよ。ただの興味だから目的とかないからね…リックが理屈屋なら私のことを信用しろってのは難しいかも」
「………1つだけ確認していいか?獣人の集落を掃討したといったが、そこにいた獣人は一人残らず死んだのか?」
「うん?言ったでしょ、私の魔法。私は範囲内のどこに誰がいるか感知できる。誰がの部分は大雑把にしかわからないけど、種族なら間違いなく判別できる。その私の魔法であそこにいた獣人は全部感知していて、その全てが死んだ。私達があそこを訪れた時点でいた獣人は確実に全員死んだよ」
リックはチラリとミアを見ると、ミアは少し青い顔をしている。
村にいた獣人が全て死んだということは、ミアの育ての父親と実の母親も死んだということだ。
あまりいい親ではなかったが、少し前までのミアにとってはいい親であり、死んだとなれば複雑な思いだろう。
「………リック。私は大丈夫だよ」
そう弱々しくいうミアはあまり大丈夫そうには見えない。
だが、ここでミアを心配していてはいつまで経っても話は進まないので、仕方なくリックはアーメリの方に向き直した。
「それで、アーメリ。結論としては興味本位ならば信用できない」
「………なんで?」
「当たり前だ。自分で言っただろ。ただの興味だから目的はないって。目的がないから飽きたら裏切るし、目的ができたらそっちを優先する。目的がないからこそ、信じられない」
「確かに…私は君達に興味で近づいたからすぐに裏切れるし、罪悪感もない。でも、その程度のリスクなら私と仲良くなる方のメリットの方が断然に大きいと思うよ」
「………メリット?」
「聖女様は索敵を私に任せきりだからね。私と協力関係である限り、聖女様に見つかることは絶対にない。それに、メリットは他にも一杯ある。例えば、キルヒェン公国への密告ルートも知ってるし、キルヒェン公国にいる間匿うこともできる。リスクに対してメリットが計り知れないでしょ」
アーメリの言う事は最もだ。アーメリが味方とはいえなくても、協力してくれるだけで、多くのメリットがある。
リスクは裏切るかもしれないの1つだけ。冷静に考えれば断る理由はないのだが、問題なのはアーメリが聖騎士隊であることだ。
全ての獣人の天敵である聖騎士隊と協力することに抵抗を持つなという方が無理な話だった。
決めあぐねているリックを見かねてか、アーメリが妥協案を口にする。
「わかった。じゃあ、一方的な協力でいいよ」
「一方的?」
「協力して欲しい時に、協力内容とかを手紙かなんかで送ってくれれば協力するよ。君達の居場所を教えろとか言わない。街の郵便局は高価だから君達の手紙の代金は私持ちにするよう話は通しておくよ。宛先は聖騎士隊アーメリで大丈夫。郵便局は聖騎士隊の動向をかなり把握しているから」
「………そちらに得がないが」
「あるよ。ミアちゃん、ついでにリックと仲良くなれる」
「………それだけか」
「それだけ。私はいい生まれだから欲しいものとかあんまりないんだよな。ただ、1つだけ条件がある。ミアちゃんが何なのか。これを教えてもらえないと協力は一切しない」
得られるものの方が大きい。そう判断したリックはミアが人間と獣人のハーフであることを話し、ついでにミアが生まれる経緯である帝都と獣人村の間で行われていた事実も事細かく話した。
もともとリック達は大犯罪者である。この話を帝都関係者以外にしてもリック達の立場はこれ以上悪くなることはないし、あわよくば聖女が帝都と話をつけてくれるかもしれない。
そんな思惑の元、リックは帝都と獣人村が契約をしている話をした。
それを聞いたアーメリはふむと興味深そうに呟くのみだったが。
「きな臭いと思っていたが、あの獣人村は帝都と契約していたのか」
「あぁ。だから俺達の目的は平穏。2人で安心して暮らせるだけでいいんだ」
「なるほど…自分で言うのもなんだけど、キルヒェン公国と教会の勢力は絶大。獣人が平穏に暮らせる場所なんてないと思うよ。小規模な集落はあるけど、そこも人間の脅威に常に晒されている」
「………だよな」
「でも、キルヒェン公国に来たら状況が変わるかもしれないよ」
「教会の総本山だろ。危険なだけだ」
「キルヒェン公国は獣人を悪と断定した。それは思いつきじゃない。断定できる情報を持っているからなんだよ。キルヒェン大聖堂の図書室に私ですら入れない禁書が収めらている区画がある。そこには獣人の秘密が書かれた本があるらしい。その本の情報をうまく使えばもしかしたら今の状況を打開できるかもよ」
「やけにフワッとした話だな…」
「私も聖女様とかから聞いただけで、今まであまり興味なかったから。でも、どおせ行く宛もないでしょ?帝都の人もまさかキルヒェン公国に向かっているとは思わないし、目的地をキルヒェン公国にするのも手だよ」
確かに行く宛がないリック達だが、流石にキルヒェン公国に行くのはかなりの決断力がいる。
悩むリックとそれを見守るアーメリと話の最中に届いたケーキに夢中のミア。
そんな3人のテーブルに割って入ってくる一人の人物がいた。
「休暇中のところ失礼します、アーメリ様」
3人が声をかけられた方に視線を向けるとそこには聖騎士隊の鎧を着た騎士が立っていた。




