第37話
「リック殿!奴は教会の犬!罠に決まっている!」
全員がポカンとしてる中、最初に口を開いたマルク公爵はそうリックに興奮しながら助言した。
マルク公爵の発言にリックが戸惑っていると、次に傍観に徹していたウルバーノが、マルク公爵とは対称的に非常に落ち着いた様子でポツリと口を開く。
「教会の犬なのは間違いないが…そこの2人を捕まえるつもりなら最初からここに聖女を連れてくるだろ。呼び出して罠をはるなんてせこいことしなくても聖女とその側近なら、それができる力と権力がある。
だが、奴は1人できた。個人的にその2人…いや、そこの獣人の少女に用があると考えて間違いないのでは?」
「………百歩譲って…何か個人的な用があったとしよう。だが、教会の犬という事実は変わらない。獣人相手にまともな用があるとは思えない」
2人の言いぶんは最もだ。アーメリは聖女の側近として広く知られており、同時に聖女の狂信者であるとも知られている。
そんなアーメリが獣人と話し合うために誘いをかけるのを信じるというほうが無理があるのだ。
「………ねぇ、さっきの人は?」
ミアがリックの後ろに隠れながら、小さく問いかける。
「アーメリ。聖女の側近として最も有名な聖騎士隊だ。俺も実際に見たのは初めてだし、ここでの会話でようやくあの女がアーメリだと気づいた」
その後、リックはミアにアーメリの説明をする。獣人迫害の根本である統一宗教と聖女、側近であるアーメリとエーメリの双子のことなど、ミアの知らない人間の世界の話をした。
「だからあの2人の言い分は最もだ。マルク公爵の言うようにアーメリは信用できる人物じゃない。だが、ウルバーノが言うように罠を張らずとも堂々と聖女を連れて強引にことを成せばいい。聖女達にはそれができる力と、許される人望がある。
………ミア、行くかどうかは君が決めてくれ」
「ミ、ミアが決めるの?」
「あぁ、俺としては危ない賭けをするよりかは逃げた方がいいと思う。だけど、アーメリが用があるって言ったのはミアにだ。ミアがどうしたかいが優先するよ」
「……………ミアは、あの人に会いに行きたい」
「さっきも言ったが、アーメリは聖女の側近だ。獣人に対していい感情は確実に持っていない。それでも、会いに行くのか?」
「うん。あの人はミアに用があるって言ってた。帝都に渡される予定の実験体としてでなくミアに接してくれたのはリックだけだった。だから、あの人がミアに用があるって言ってて嬉しかった」
「だが、アーメリは獣人と人間のハーフであるからミアに興味があるって言ってただろ」
「でも、それはきっかけ。獣人と人間のハーフであるから興味をもち、今はミアにミアとして会いにきてくれた。あの人はそういう感じだったよ」
「………そうか。ミアが会いたいって言うなら止めないよ。俺も一緒に行くし、もしもって時は全力で逃げるからな」
「うん」
ミアは決意を込めた顔で頷き、それを見たリックが安心した表情を見せつつ、内心にある少しの不安を振り払い、いまだに言い争うマルク公爵とウルバーノに視線を向けた。
「マルク公爵、心配してくれことはありがたいが、俺達はアーメリに会いに行くことにした」
「!リック殿、相手は教会の犬ですよ!何かないわけ………いえ、リック殿が行くというのならワシに止める権利はないか。だが、リック殿はギルドの依頼だったとはいえ、恩がある。ワシは公爵としてその恩には報いねばならない。今日はこの屋敷に泊まるがいい。手配書が出回っているので、顔を隠せるようなフード付きの服を用意しておこう」
「マルク公爵…ありがとうございます」
「礼には及ばん。それと、ギルド職員。依頼完了に手続きをする。案内するから執務室へ来い」
「思わぬ来客もあったが、依頼は無事に完了している。ギルド的には問題はない。手続き後にその2人への報酬もマルク公爵から渡してやってくれ。本来はギルド経由で渡すものだが、リック達もいちいちギルドに戻るのは面倒だろう」
「わかった、渡しておく」
今後のことを決めたマルク公爵は部屋にメイドや執事を呼びだす。
すぐにかけつけたマルク公爵の部下に、マルク公爵がテキパキと指示を出して、支持を受けた部下はリックとミア、ウルバーノをそれぞれの場所へと案内した。
リック達が去り、マルク公爵の私室はマルク公爵当人と執事であるヘンリーのみが残された。
マルク公爵は疲れたのかため息をつきながら体を伸ばしており、ヘンリーはその様子をどこかぎこちなく眺めている。
だが、ヘンリーも何かを決心すると、その重い口を開いた。
「………マルク公爵様。僭越ながら意見を。あの2人を庇うことは身を滅ぼすことになります。彼らは帝国が血眼になって探している大犯罪者。庇ったことがバレれば公爵様といえど責任を問われるかと。アーメリが何を考えているかはわかりませんが、我々があの2人を匿っていることは聖女に伝わっていると考えるべきかと。何か手を打たなければ共犯扱いになることは自明。
マルク公爵様、今すぐあの2人の存在を聖女か軍に密告すべきです」
「ならん」
「!な、何故ですか!?」
「あの2人には恩義がある。貴族として恩義を仇で返すようなことは絶対になってはならん」
そう強く言い切るマルク公爵に、ヘンリーは歯ぎしりを立てる。
マルク公爵は人として決して褒められる人物ではないが、自分なりの貴族のあり方を持っており、それに反する行動は絶対にとらないのだ。
だが、その行動をヘンリーはよく思っていない。クズのくせにどうでもいいところで偽善ぶるデブとよく陰口をたたくほどだ。
「だが、お前の言う事ももっともだ」
唐突にヘンリーの意見に肯定的なことを口にしたマルク公爵に思わずヘンリーは目を丸くした。
マルク公爵が自分の意見を曲げることなどめったにない。
「アーメリから聖女に2人を庇っている情報が渡る。それは避けられないだろう。このままでは共犯として聖女の裁きとやらの矛先がこちらに向くはずだ」
「なら早く聖女に2人を引き渡すべきです!」
「だから、それはできんと言っているだろう」
「しかし、このままでは…」
「手はある。我々がこのヴェルトから逃げるのだ」
「逃げる?」
「そろそろ帝都に身を移したいと考えていたし、ちょうどいいではないか」
「し、しかし、勝手に引っ越しなどをしては皇帝がお怒りに」
「方法がある。勝手にヴェルトから逃げても皇帝が許してくれ、なおかつ聖女や聖騎士隊にワシらやリック殿に構っている余裕がなくなる方法が」
「そんな都合のいい方法が本当にあるんですか?」
「あぁ。なに、簡単なことだ。このヴェルトで獣人が反乱を起こせばよい」




