第36話
マルク公爵邸の執事長、ヘンリーは部下から聞いた突然の来訪者の存在を聞き、追い返すよう命令をしたが、その部下から耳を疑うような報告を受けてしまう。
事の真偽を確かめようと自ら屋敷の玄関口に足を運び、部下の報告が嘘でないことをその目で確認することになった。
「………アーメリ様。こちらマルク公爵の屋敷です。聖騎士隊、それも聖女様の側近ほどの方に訪問は喜ばしいですが…約束なしの訪問は受け付けない決まりになっております。申し訳ありませんが、お引き取りください」
「ふ〜ん。私のことを知ってるんだ?」
「えぇ。アーメリ様は有名ですから。聖女様とエーメリ様が一緒でないとは珍しいこともあるのですね」
「そう、それ。私は1人で来た。この意味わかる?」
「………わかりかねます」
「つまり私は1人のアーメリとして来たの。聖騎士隊でも聖女様の側近でもない。個人として来たの」
「なら、なおさらお引き取りいただきたい。キルヒェン公国とは無関係の一般人ならば、取り次ぐ必要はありません」
「でも、プライベートだとしても肩書きってのはくっついてくる。あなたはこの国の皇帝がプライベートで来訪したら門前払いにするつもり?」
「話を逸らさないでいただきたい。皇帝とあなたでは立場が違う」
「私が言いたいのはプライベートでも肩書きは付いて回る。そして、あくまで1人の人間。プライベートでひどい扱いをしたら肩書きの方に影響がないと言い切れる?」
「……………」
「この屋敷にはずいぶんとたくさんの獣人がいますね。私がそのことを聖女様にポツリと漏らさないと限らないでしょ?」
「………職権乱用ではありませんか?」
「私の肩書きはそれが許される。あなたのご主人様は私がアポなしで来たけど、通したと言っても許してくれる。それだけ私の肩書きは強い。でも、私を通さなくて屋敷の獣人を皆殺しにされたとなれば許してくれない。執事さん、どっちを選ぶべきか考えればわかるでしょ?」
「……………アーメリ殿、こちらへ」
諦めたヘンリーはマルク公爵の元へアーメリを案内すべく屋敷を歩きはじめた。
「完璧ではないか!まるで買った時に戻ったかのようだ!」
依頼された治療を施したリック。完璧の治療にマルク公爵は喜び、舞い上がっているが、当の治療された獣人の少女は死んだ目でマルク公爵を見た後に、恨みが篭った視線をリックに向ける。
その視線にリックはバツが悪そうに目を逸らし、ミアは視線から逃れるようにリックを盾にした。
「さて、依頼は完了したから報酬の話に」
ウルバーノがギルドへの報酬の話をしようとするが、それを遮るように公爵の部屋にノック音が響きわたった。
部屋中の視線が扉に突き刺さる中、返事を待たずにドアが開き、ヘンリーが気まずそうに姿を現す。
「マルク様。来客です」
ヘンリーが恐る恐るといった感じにそう言うが、覚えがないマルク公爵はヘンリーを睨みながら返事をする。
「来客?約束はないはずだし、見ての通り取り込み中だ。帰ってもらえ」
「いえ、それが…客というのは」
「はいは〜い、お邪魔しますよ」
マルク公爵の許可を待たずに、来客であるアーメリはヘンリーを押し退けてマルク公爵の部屋に入ってくる。
アーメリを見たマルク公爵とウルバーノは怪訝そうに顔を歪め、リックとミアは突然の来訪者にキョトンとするのみだった。
(………あいつはアーメリ?確か聖女のお付きの騎士。なぜここに?何しに来たか全くわからないが、厄介事なのは間違いない。ここは大人しくしてギルド職員であることをバレないようにするか)
ウルバーノはアーメリを見るなり、口を閉ざして静かにこの場をやり過ごすことを決めた。
一方のマルク公爵は壁に掛けてある装飾の剣に手をかけながら、アーメリを睨みつけながら口を開く。
「………教会の犬が何の用だ?」
マルク公爵が苛立ったままの口調で、アーメリに威嚇するように言うが、アーメリはヘラヘラと笑いながら周囲を見渡した。
アーメリの感知魔法はどこに人がいるかだけでなく、その人物の性別や種族、役職といった簡単な情報も感知することできる。
その魔法を使い部屋内の人物の読み取っていっていた。
(………マルク公爵とその執事。それと、逃走犯のリック。役職は学生か。もう退学になっただろうに学生なんだ。私の魔法もあまりあてにならないな。
それと、目当ての獣人もどき。隣の部屋に全く動かない獣人もいる。部屋の隅に何故かギルド職員もいるね)
ウルバーノは自分がギルド職員であることがとっくにバレてることなど知らずに、部屋の端で腕を組んで静観している。
アーメリはそんなウルバーノには触れずに、目当てのミアの方に視線を向けた。
「無視するな!ここに何の用だ!?」
マルク公爵が一向に反応しないアーメリに激昂し、怒声を上げるが、怒りを向けられているアーメリ自身はうるさそうに眉をひそめるのみだ。
「うるさぃなぁ…私はあんたに用はないの」
「ワシに用がない?なら、なぜこの場にきた」
「用があるのは…」
アーメリはそこで一旦言葉を切り、ミアの元まで近寄ると視線を合わせるようにしゃがむ。
いきなり、近づいて来たアーメリにミアは警戒するように後ろずさり、リックはアーメリにいつでも魔法を放てるように手の平をこっそりと向ける。
「君に用があるんだ」
「………私?私を捕まえに来たの?」
「そんな無粋なことしないよ。まぁ、私のご主人様はそのつもりなんだけど…私は君とお話したいの」
「話って…何で」
「何で?何でって言われたらおもしろそうだからかな?君…純粋な獣人じゃないでしょ?」
「ッ!」
「逃げても無駄だよ。君はもう私の魔法の効果範囲内に入った。どこに行っても君の居場所は把握できる」
「………何が目的だ?」
リックがミアとアーメリの間に腕を伸ばしながら、威圧するようにそういうが、アーメリは飄々と笑いながら答える。
「目的?ちょっとした興味かな?私はこの子のことを知りたいってだけ。別に疑うのは無理ないけど、仲良くなってくれたら君達に協力することも約束するよ」
リックが変わらず疑いの視線を向け続けると、アーメリはやれやれと肩をすくめてから、懐から一枚の紙を取り出した。
「この地図の丸印。私のオススメのケーキ屋があるの。明日のオヤツの時間にここで会おう。私ほどの人望があれば、誰にも聞かれる心配のない個室も用意してもらえる。一応、体裁があるから耳は隠してきてね。
罠とかじゃないから。そもそも君達を捕まえるつもりなら、そんな回りくどいことせずにここに聖女様をつれてくればいいだけじゃない。
とりあえず、この屋敷じゃ落ち着かないから明日ここで会おう。ただ、来なかったり、逃げたりしたら、君達の居場所を聖女様に知らせる。脅しじゃないよ。本来の私はそうするってだけ。
じゃ、明日ね」
アーメリはそれだけ立て続けに言うと、踵を返してさっさと部屋から立ち去ってしまう。
残された者達は嵐が去ったかのようにしばらく呆然と、アーメリがいた場所を眺めていた。




