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第35話

ヴェルト市長の執務室には、貼り付けた笑顔のヴェルト市長と優雅に茶を飲む聖女、その聖女の後ろにはアーメリとエーメリが立ち控えていた。

対するヴェルト市長は表情こそ笑顔であるが、その心は狼狽しきっている。


「すいませんね…このような粗茶しか用意できず。いつものように盛大な歓迎の儀を催したいのですが、急な来訪でしたので」


「いや、私の方こそ急に押し掛けて申し訳ない」


「聖女様ならいつでも大歓迎ですよ。民も喜びます。それで、今回はどういったご要件で?」


「帝都を騒がせた人間の男と獣人の少女のペアを知っているか?」


「えぇ、帝都から手配書が届いていましたね。………それが、どうかしました?」


「その2人を追ってきた。目撃情報によると帝都からヴェルト方面に逃走したらしい」


「そのような連絡を受けてますが………お言葉ですが、聖女様。この2人は確かに大犯罪者です。しかし、あくまで帝国内の問題…聖女様の手を借りたとなると諸外国からの批判は避けられません。聖女様は国際的に中立でなければ」


「中立だからといって獣とそれに連なる者を見逃していたら何もできない。そもそもついさっき帝都の戦に手を貸したばかりだ。心配するな、帝国に迷惑はかけないよ」


「流石は聖女様…名に恥じぬ正義の心をお持ちのようで。わかりました、我々もこの手配犯達を見つけるのに全面的に協力いたします。ひとまず騎士の巡回ルートから犯罪者が身を隠しやすい地点をいくつかピックアップします」


「その前に休息をとりたい。先程も言ったが、帝都の戦に協力してすぐに移動したから、部下も疲れが溜まっている。そうだな…3日ほどここで休ませてくれ」


「かしこまりました。では、お休みの準備をします。しばらく、ここでお待ちください」


ヴェルト市長はそう言うと、笑顔のまま執務室を後にした。

執務室から廊下に出たヴェルト市長に秘書がかけより、ヴェルト市長がそちらに目を向けるが、その表情を冷めきっている。


ヴェルト市長は聖女がいる執務室から逃げるように秘書と共に廊下を歩き、聖騎士隊の目がないところまで来ると口を開いた。


「………聖女様はなまじ民から信頼されてるからやっかいなんだよ。それで、この犯罪者2人に関する情報は?」


「街中に手配書を配布し、あのギルドにまで協力要請を出しましたが、情報は0です」


「そもそも街に入ってないということは?」


「門番が街に入ったことを覚えてます。獣人の少女と人間の若い男、しかも仲良さそうだったから間違いないとのことです」


「街から出た可能性は?」


「2人が入ってすぐに手配書が届き、それ以降は街の出入りは厳重化しております。出たという報告はないので、まだヴェルト内におるかと」


「………聖女に街を探られるとマズイ。しかし、今から街中の獣人を隠す余裕はない」


「そもそも街に入っていないと聖女に伝えるというのは?」


「正義のためなら人の迷惑を考えない悪人だぞ。念の為とか言って街中くまなく捜索する。あれはそういう女だ。自分で確かめないと気がすまない」


「では、どうすれば?」


「3日だ。3日経つ前にこの2人を見つける。これだけ情報がないなら誰かが庇っていると考えるのが妥当だ」


「み、3日ですか」


「この3日にヴェルトの将来がかかっている。時間がおしい。すぐにとりかかれ」


「………わかりました。全力を尽くします」


秘書は一礼をするとヴェルト市長の元から立ち去った。

たった3日でなんの情報もない2人を見つけなけれにらないのだ。

ヴェルト駐屯軍を総動員しても難しい事だが、失敗すればヴェルトは獣人の預かり所というヴェルト最大の経済効果をもたらす商売を失うこととなる。

ヴェルト市政にとってそれは何としても避けねばならない。




























ヴェルト市長の執務室に残った聖女と付き添いのアーメリとエーメリの2人は市長がいなくなったことで肩の力を抜いていた。

獣人村掃討からの大移動で3人はかなり疲れているのだ。

公的には公平ではあるが、客観的には聖女の方が圧倒的に立場が上なため、気は楽なはずだが、聖女もお付き2人も交渉人でなければ政治家でもない。こういった場はどちらかといえば苦手だった。


「休みか〜、しかも3日も」


アーメリが体を伸ばしてリラックスしながらそう言うと、エーメリがため息を吐く。


「アーメリ…聖女様の前ではしたない。しかも私達しかいないとはいえ、ヴェルト市長の執務室で情けない姿を晒さないで」


「あ〜うっさい、うっさい。それよりさ、聖女様!3日間の休息って自由行動ってことでいい?たまには1人で羽を伸ばしたいんだけど!」


「アーメリ…休息といっても私達は聖女様のお供することは変わらない」


「それじゃあ、本当の休みじゃないじゃん。聖女様と一緒にいたら、それは仕事。私は休みがほしいの!」


「聖女様といるのは仕事じゃなくて使命。ケーキ屋なら行ってげるから、おとなしく3日間は聖女様の体力回復をサポートするよ」


「やだ!仕事したくない!このままだと過労死する!」


「アーメリ………わがまま言わないで」


頬を膨らませながら文句を言うアーメリと、それを宥めるエーメリ。その様子を飲み物を口にしながら傍観していた聖女が、なんでもないように割り込んでくる。


「私はアーメリに休暇をやって構わないよ」


「ちょ、聖女様!」


「さっすがは聖女様!よっ、慈愛の姫!」


「アーメリ!ちょっと黙ってて!………それで、聖女様。アーメリのわがままを聞いていたらキリがないです。ここは心を鬼にしてダメと言うべきだと思います」


「確かにわがままなら適当にあしらうけど、今回のは正当な要求だと私は思う。休暇をほとんど与えてないのは事実だ。2人は変えがきかないからつい。

私は全ての人類の模範でなくちゃいけない。部下は酷使するのは褒められたことじゃないよ」


「ありがとうございます!じゃあ、私ヴェルト観光行ってきます!あ、宿はヴェルトで一番高いところですよね?夜になったら行くんで、宿の人には伝えておいてください!では!」


アーメリはビシッと敬礼しながらそう言うと、聖女とエーメリの返事も聞かずに足早に立ち去って行く。

「あっ、待ちなさい!」とエーメリが叫ぶ頃にはアーメリの姿は見えなくなっていた。


「あの、バカ」


「まぁ、アーメリも年頃の女の子だ。私の付き人で一生を終わらせるのはかわいそうじゃない。

そんなことより、エーメリは休暇いいのか?他の聖騎士隊もいるし、エーメリも1人で遊んできてもいいんだよ」


「いえ、私にとって聖女様と一緒にいることが最高の幸せです。休暇を常にとってると同義です」


「………それはそれでなんか嫌だが…まぁ、いい。私も久しぶりの休息だ。ヴェルトに劇場あったよね?一緒に行かない?」


「………聖女様と劇場ですか?もしかして2人で、ですか?」


「嫌?」


「いえ、いえいえいえ!行きます!喜んで!」



























1人、ヴェルトの街を歩くアーメリは鼻歌を歌いながらスキップをするという見るからにご機嫌だった。

だが、久しぶりの1人での休みに嬉しそうに向かう先はケーキ屋でも劇場でも女の子に人気のお店でもない。


「あった。ここだ」


マルク公爵邸前までやってきたアーメリはニヤニヤと笑いながら、そう呟いた。

アーメリは誰が見ても楽しそうにマルク公爵の屋敷に正面から堂々と入っていく。

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