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第31話

帝都の横にある森を1人の人間の青年と尻尾がない獣人の少女が身を潜めながら東に進んでいた。

ミアの故郷から逃げるように立ち去った2人だが、村からの追手が来ないか警戒しているのだ。


村の中にいた時は村長が遣わせた追手がチラホラと現れたが、村を出てからはその僅かな追手の姿もない。

リックは逃げ切れたと判断して胸を撫で下ろした。


「ミア、もう大丈夫だ。ひとまずはこの先にヴェルトって街に行こう。帝都ほどではないが、なかなかに発展している所だ。ヴェルトに着いたら宿と頭を隠せるフード付きの服を買おう。それと金を稼ぐ手段もいるな。急だったから持ち合わせが少ない」


「………………うん」


「………」


村を出てからリックがいくらミアに話しかけても、ミアは上の空だった。

平和に暮らすために向かった故郷で、今まで愛されて育ててくれたと思っていた両親に憎まれていたことがわかるというのは幼いミアには耐え難いことなのだ。

両親の前では啖呵を切っていたが、いざ落ち着くと色々と考えてしまうのだろう。


「村でのことがショックなのはわかる。だけど、帝都や故郷から解放されたことを喜ぶべきだ。残りの人生はミアの人生なんだよ」


「…………………うん」


「…どうしたもんかね」


ミアを励まそうと頭をひねるリックだったが、結局妙案は思いつくことなく、目的地のヴェルトに着いてしまった。

ヴェルトの出入口に駐屯兵らしき騎士が見張りをしていたが、出入りする人々をチェックしているわけでなく、人々は人間も獣人も騎士の横を素通りしていく。

リックとミアの2人も隠れることなく、正面から堂々とヴェルトに入った。


「………獣人なのに簡単に入れるんだね。正確には半獣人だけど」


呆気無く入れたことにミアが疑問の声を漏らすと、知っている限りのヴェルトの概要を説明する。


「ヴェルトは帝国で最も栄えている帝都の玄関口的な街だ。帝都を訪れる人々の中継地点になっている」


リックによると帝都に向かう人々のほとんどはヴェルトを経由していくそうだ。

それゆえにヴェルトには多種多様の人物がいるという。


商人、旅行者、移住者などの人が多く訪れ、獣人もかなりの数ヴェルトに入っている。

商人にとって獣人は安い賃金で人間以上の力があるということで、護衛や力仕事、場合によっては商品として重宝されていた。


そんな商人にとって帝都の獣人措置条例は厄介なことこの上ないのだ。

帝都は最も人が多く、最も購買意欲が高く、最も人を疑わない。商人にとって帝都は最も稼ぎやすい場所であるため、ほとんどの商人は定期的に帝都を訪れていた。


獣人措置条例のせいで商人は帝都の中に獣人を連れていけないが、外は魔物や野盗に襲われやすい商人にとって獣人は必須である。

ヴェルトぐらい帝都の近くにくれば、魔物や野盗を見かける事はほとんどないが、ヴェルトまでの道中では獣人は必要だ。


帝都の外に獣人を置いていくと逃げられる可能性があり、付加魔法がついた物は貴重なため、全ての獣人につけていたら商売にならない。

そんな状況だからこそ、ヴェルトでは獣人の預かり所という独自の施設があった。

商人達が帝都へ物を売りに行く間、獣人を預かるというだけのサービスだが、これが商人の間では人気なのだ。


「そういう経緯もあり、ヴェルトは獣人の比率が帝国で最も高い街になっている」


「へぇ〜」


ミアはリックの話を興味深そうに聞きながら周囲を忙しそうに見渡していた。

今まで故郷の村と周辺にある獣人村にしか行ったことなかったミアにとって、獣人が多めとはいえ人間の街というのは新鮮なのだろう。


(少しは元気になったかな)


キョロキョロとするミアは見ながらリックはこのままミアが落ち込んだままなのではという不安が解消されて安堵していた。


「とりあえずギルドに行こう」


「ギルド?」


「依頼の斡旋場みたいな所だ。人々から寄せられた依頼を紹介してくれて、達成すると報酬がもらえるんだ。ギルド本部が運営していて、ある程度の街なら支部がある。そして、最大の特徴は依頼を出すにも受けるにも身元確認が一切ないところだ」


「?それってすごいの?」


「すごいというかやばい。魔物退治なら兵士に頼むし、欲しいものがあれば業者から買うのが普通だ。

わざわざギルドを介するってことは訳あり。ギルドに依頼する奴も、受ける奴も、碌な奴いない」


「………怖い…今からそこに行くんだよね?」


「ごめんな。でも、俺達もその訳ありの仲間入りしたんだ。それに、手っ取り早く確実に稼ぐにはギルドが一番なんだよ。ギルドに関わる奴はクズばっかりだが、ギルドの運営側はかなり規律的で力がある。依頼人が報酬を払わず逃げようものならギルドが地獄の果てまで追いかけてくるそうだ。国を超えてギルド同士の特殊なネットワークがあるらしく、敵対関係にある国同士でもギルドは秘密裏に繋がっている。もちろん、国がそんな組織を認めるわけがない。帝国では経済効果から半ば黙認されているが、国によってはギルドと大規模の紛争を繰り返している所もあるぐらいだ」


「………大丈夫なの?そこ?」


「俺も今までは真っ当に生きてきたから利用したことない。もちろん非合法組織だし、いい話も聞かない。でも、金払いはいい上に組織的にはしっかりしていて、末端の支部でもギルド職員は規律を守っているらしい。まぁ、組織そのものが違法なんだが」


違法という言葉を聞いたミアの表情が一瞬だけ曇ったのをリックは見逃さなかった。

獣人の村という特異な場所で生まれ育ったミアだが、あの村にもルール、いわば法はあっただろう。

ミアの年頃の女の子が今まで平和に暮らしてきていたら、法を破るということは一部の悪人がすることだという思いがあるのだ。

違法行為を自分がすることになるなど考えたこともない。


リックは俯くミアの肩に手を置く。

ミアは突然のことに驚き、リックの方を見上げてみると、リックはニッと笑っていた。


「心配するな。世界がどれだけミアを否定しても、この先なにがあっても一緒だ」


「………うん」


「ほら、着いたぞ。ギルドのヴェルト支部だ」


リックは大通りから一本外れた路地にある大きめの建物の前に立ち止まりそう言った。


「違法って言っても帝国じゃそこそこ認められている。大通りは流石に無理だが、こうして人通りの多い場所にあっても咎められない」


違法な施設というわりには堂々とギルドの看板を掲げており、ミアが怪訝そうにしているとリックが説明する。

その堂々とした様子にミアは少し安心したのか、リックの手を引かれて素直にギルドへと入っていった。


ギルドに入ると、ギルド中の視線がリックとミアへと向けられる。

基本的にギルドは依頼人以外に新顔が来ることは滅多にない。

入ってきたのは人間の青年と獣人の少女という、ギルドに来るにはまだ若く、そしてなにより青年が獣人の少女と手を繋ぎ入ってきたのだ。

仲良さそうに入ってくる人間と獣人の組み合わせに、ギルドの人々は驚き、目を丸くして二人を見ていた。


一方のカウンターで受付をしていたギルド職員は厄介なものを見るように目を細める。


「………いらっしゃい」


ギルド職員はひとまず形だけの歓迎を口にした。

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