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第30話

聖女の攻撃で唯一生き残った門番は息を荒くしながら必死の思いで村の中央に向かって走っていた。

生き残れたのは運が良かったに過ぎない。一番生存率の高そうな後方でのんびりと進軍していたら、突然周囲にいた仲間たちが一斉に死んでいったのだ。

その恐怖は尋常ではない。


脈絡も何もなく、唐突に仲間達が真っ二つに引き裂かれる光景はまさに地獄絵図だ。

周りにいた獣人が無惨な姿になり果てる地獄の中でも、ただの門番には狼狽えることしかできなかった。


前の方から聖女が出たという話は噂程度には流れていたが、見える範囲にはそれらしき姿は見当たらず、聖女がいるという実感は湧かずにいた。

しかし、門番は確信する。これは聖女による攻撃だと。


無茶苦茶という言葉しか出てこない。どこにいるかも知らない聖女により、一瞬で皆殺しにされる。

人間と獣人の種族の差では埋まることのない、絶望的な力の差。

それを聖女は持っているのだ。


周囲に転がる同胞の死体を踏み越えて進むが生き残ってる獣人はいない。

本当に自分以外全ての獣人が死んだのではないかという錯覚にすら陥る。


対する帝国軍の兵のほとんどは今の攻撃では死ぬことなく、急に死んでいった獣人に戸惑っていた。

だが、一人たりとも死んでいないわけではない。

村の中央に進むにつれ、獣人の死体に混じって、同じ死に方をした帝国兵もちらほらと見かけるようになってきていた。

獣人と一緒に切り裂かれた家もあり、まるで距離が離れると精度が落ちているようだ。


(………よくわからないが、この攻撃も完璧ではないようだな)


理由はわからないが、遠くに行けば行くほど攻撃が大規模になっている。

まるで、獣人を殺すためなら帝国兵を巻き込むことを厭わないかのようだった。


(獣人を殺すために人間も平気で殺す。何が聖女だ。確かに化け物じみて強いが、そんな尊い存在とは思えない)


聖女の考察に気を取られのと、走り続けたことによる疲れから足元がおぼつかなくなったことにより、門番は地面を転がっていた死体に躓き、派手に転んでしまう。

すぐに起き上がろうとするが、疲れた体が休息を欲しており、上手く起き上がることができない。


「おい!そこの獣人!動くな!」


地面で蠢く門番に気付いた、近くの帝国兵がそう言いながら近づいてくる。

帝国兵自身も何が起きているかわかっていないのかキョロキョロと周囲を凍り付いた顔で見回していた。


「何か知ってるか?いきなッ、」


地面に倒れながら帝国兵を見上げていた門番の全身に生暖かい液体が降り注いで来る。

突然の出来事だが、この液体の正体は門番には考えるまでもなくわかりきっていた。

見上げていた帝国兵の上半身と下半身が引き裂かれたことにより周囲に撒き散らされた血だ。


帝国兵だけでなく、門番の周囲数100mほどの範囲にある家などの物も全てが1mぐらいの高さで上下に分かれていた。


ここで門番はある仮定をたてる。もしかしたらこの攻撃は討ちもらした自分に向けて放ったものではないかと。


その考えに至ると急に門番に恐怖心が溢れてきた。

聖女は自分の位置を大雑把にだが把握しており、自分を殺すために帝国兵を巻き込んだ範囲攻撃をしてきたということだ。


門番は痛む足に鞭打って無理やり立ち上がると、そのまま息も絶え絶えに走り出した。


(な、何が聖女だ…こんなのただの化け物じゃないか!ダメだ、聖女がいる限り獣人に未来はない!聖女が人間の上に君臨する限り獣人が勝てるわけがない!)


門番はこのまま嬲り殺されることを覚悟しつつも、僅かな希望を込めて村長邸に向けて走り続けた。






























「たった今、最後の獣人が死にました。この村にいた獣人は一人残らず駆除が完了です」


アーメリの報告に聖女は「そうか」と聞き流す。

聖女の力により特攻隊を殲滅し、ノリに乗った帝国兵はそのまま一気に包囲網を縮め、勢いよく村中央にある村長邸を制圧した。

村長邸に身を潜めていた非戦闘員を乗り込んだ帝国兵が蹂躙していき、最後の1人が死んだというアーメリの報告により、本作戦は完遂となる。

第5獣人村はこの時をもって、根絶やしとなったのだ。


「聖女様」


「エーメリか。別働隊の案内ご苦労だった」


「ありがとうございます」


聖女と合流したエーメリが深々と頭を下げる様子を、エーメリと一緒にいた帝都治安部隊のサモアドは興味深く眺める。

初めて生で見る聖女と、先程まで偉そうにしていたエーメリがあっさりと頭を下げるという事実につい観察するように見回してしまう。


そんな一行に2人の男性が近づいてき、声をかける。


「聖女様。この度はご協力ありがとうございます」


声がした方向を振り向くと、そこには臨時部隊の隊長をした帝国兵がニコニコと笑いながら立っていた。

だが、聖女や双子の側近、サモアドの視線は自然ともう一人の男の方に向けられてしまう。


「確か…帝国軍のトップでしたか?」


「はい。帝国軍総司令官のハルシュと申します」


「ハルシュ総司令。なぜ、前線に?」


「聖女様が前線で戦っておるのに、後方になどおられません。もちろん、部下にとっては迷惑な話でしょうが、私は総司令としてでなく1人の信者としてこの場にいます」


「………殊勝なのは結構だが、あまり感心はできないな」


「実はやましい考えがないわけではないのです。ぜひ聖女様に直に頼みたい事がありまして」


「頼み?」


聖女の疑問にハルシュは2枚の紙を渡す事により応える。

2枚の紙にはそれぞれ人間の青年と獣人の少女の人相書きが書かれていた。


「これは?」


「手配犯です。いずれ手配書として帝国とその同盟国中に広める予定です」


「手配犯…罪状は?」


「帝国に対する国家転覆の計画。彼らは帝国を乗っとり、獣人の国を建国しようとしていました。この村に戦力を集めていたのです。獣人の集落は世界中にありますが、これだけ大規模な物は自然にできるものではない。誰かが集めでもしない限り」


「確かに自然に集まったとは考えにくい。ましてや帝都のすぐ近くに」


「そう。この青年はリックといい、珍しい治癒魔法が使える。それを利用して帝都の情報を得て、獣人達と手を組み、ひっそりとチャンスを伺ってました。ですが、その企みも私の優秀な部下にバレてしまい、彼は獣人の少女を一人だけ連れて逃走。この村は見捨てられたのです。

この獣人の少女が彼にとってどの様な存在かは知りませんが、何にせよ許しがたい男です。軍部総司令官、そして1人の信者として、この男に罰を与えてほしい。どうかお願いします、聖女様」


「なりません、聖女様」


聖女へお願いしていたハルシュだが、聖女の後ろに控えているエーメリから制止の声があがった。

急な横槍にハルシュは眉をひそめるが、エーメリはそんなハルシュに構うことなく聖女に呼びかける。


「この男が許せないのは同感です。すぐにでも断罪すべきだと思います。ですが、我々は中立であるがために、世界中の国々を巡れているのです。ここで、帝都指揮の作戦に参加しただけでなく、帝国軍総司令官の頼みを聞いたとなれば、帝国と敵対関係にある国々から信頼が損なわれます」


「違う。全ての人類に平等な慈悲を与えるべき。手を伸ばす者がいれば、手を差し伸べる。国とかは関係ない」


聖女はエーメリの言葉に聞く耳を持たずそう言い切ると、エーメリは何か言いたそうにしているが、おずおずと引き下がる。

一方、エーメリの双子の片割れであるアーメリはその一連の出来事をニヤニヤと眺めていた。


「エーメリちゃん、いい加減にさ諦めたら?いつもあしらわれてるじゃん」


「アーメリは黙ってて」


エーメリが聖女を引き止めるが、聖女はエーメリを無視して安請け合いする。そして、アーメリが茶化す。

これはこの3人の謂わば定番のやり取りなのたが、そんなことを知らないハルシュやサモアドはキョトンとその光景を見ることしかできない。


「それで、この罪人たちはどこへ?」


ハルシュは呆然と立ち尽くしていたが、見兼ねた聖女に話しかけられる、慌てて気を引き締め直した。


「え、えぇ。恐らく帝都から離れるように移動するでしょうから東へ向かったかと」


「なるほど…では、次の目的地は東だ」


「ちょっと待ってよ、聖女様!まだ、帝都大通りのシュークリーム屋に行ってないよ!この前、帝都に着いたら買ってくれるって約束した!」


「アーメリ…いつも言ってるけど、聖女様に何て口のききかたを。他の隊員にも示しがつかないでしょ」


「あそこのシュークリームが楽しみで聖騎士隊やってるんだけど!」


「目的地は東だ。すぐに出発する」


「………聖女様のケチ。ちょっと帝都寄るぐらいいいじゃん」


「諦めろ。東といえばヴェルトの街だ。あそこのケーキ買ってやる」


「………………聖女様の決めたことだし、仕方ないね」


ハルシュやサモアドは仲睦まじく話す3人の女性騎士の様子に恐怖を覚えていた。

さっきまで獣人を無表情に殺しまわっていた聖騎士隊とは同一人物とはとても思えず、今の様子を見たら人類最強の3人組とは程遠い。

だからこそ、恐ろしい。普通の女の子にしか見えない彼女たちが獣人とはいえ、人間と似た生物を大量に殺しているという事実に寒気がする。

その矛先が自分達に向けられると思うと、恐怖から腰を抜かしてしまうかもしれないほどだ。


そして、そんな矛先は現在、リックとミアに向けられた。

聖女率いる聖騎士隊はリックとミアを追い、東へと進軍を始める。

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