第3話
(…騎士か。厄介だな)
驚いたような反応を示す騎士と対面しているリックは落ち着いたように見えて、実はひどく驚いていた。
この森は地図上では帝都内ということになっている。
つまり、帝都において施行されている条例はこの森の中でも同様に効果が発揮されるということだ。
ならば、ミアを襲ったのは帝都に仕える騎士だと考えるのが普通だが、リックはミアを襲った犯人は少なくとも騎士ではないと考えていた。
騎士が帝都内で獣人を見つけたら問答無用で殺しにかかる。
だが、ミアの怪我は『生きたまま苦痛を味あわせようした』、素人目で見てもそんな傷だったのだ。
治療をしなくては命を落とすだろうが、すぐには死ぬことはない。
軍人である騎士がするにはあまりにも悪趣味な殺し方だ。
帝都を守護する、国民からしたら正義の味方でもある軍人が、わざわざ無意味に痛めつけて殺すなどいう外法な行動をするとはリックには思えなかった。
なのでリックは騎士ではなく、たまたまミアを見つけた帝都に住む人間の仕業だと判断したのだ。
だが、実際にリックの前に現れたのは騎士だった。その事実がリックに改めて、帝都ひいては人間の歪みを再認識させる。
そして同時にリックの頭にある疑問がよぎった。
(待て…なぜこいつらは放っておけば死ぬミアを追ってきた?)
リックは希少な治癒魔法を使えるため医療知識がほとんどなくてもミアを治療することができた。
医療知識がほとんどないリックにはミアを普通の医者に見せたとして助かる見込みがあるかはわからない。
しかし、普通の医者はこんな森の中に歩いていることなどめったにないはずだ。
もし、医者や治癒魔法が使える人物がミアを見つけたとしても獣人であるミアを助けることはないだろう。
つまりミアが助かったのはめったに使い手のいない治癒魔法を使え、かつ獣人に興味を持っていたリックがたまたま森に住んでおり、そこにミアがやってきたからだ。
もはやミアが助かったのは奇跡とも言えよう。
そして、こんな奇跡が起きるなど普通は誰も想定していない。
(捕まえて痛めつけていた獣人に逃げられたとして、なぜ追う?放っておけば死ぬことは騎士どもだってわかるはずだ。
止め?いや、それにしては人数が多い。こいつらだって暇なわけじゃないはず。死にかけの獣人を殺すためにここまでの手間をかけるとは思えない。
それに、この森の中を装備を着込んで探し回るのはかなりの重労働だ。そこまでしてほぼ死ぬことが確定したミアをなぜ探しているんだ?
何かミアを確実に殺さなきゃいけない理由が?いや、それなら捕まえた時点で殺すはずだ。
………わからない。わからないが、思ったより面倒なことに首を突っ込んだのかもしれないな)
できることならこのまま突っ返したいが、森とはいえ騎士を無下に扱うことはできない。
リックは否応なしに目の前に佇む騎士に声をかけた。
「騎士様…ですよね?こんな森の中にどういった御用でしょうか?」
「突然、申し訳ありません。難しい顔で考え事をしていたようですが…そちらはもうよろしいのですか?」
「………騎士様がなぜこちらに来られたのか少し考えていただけですよ」
「左様ですか。申し遅れました、私は帝都治安部隊隊長のゲオル・ロイドです。以後お見知りおきを」
「帝都治安部隊…確か獣人の掃討を専門にしてる部隊でしたっけ?」
「正確には治安維持に関わる全般なのですが、今の帝都で大きく治安を乱す存在は獣人ぐらいですから、その認識で構いませんよ。
それに、ここに来た理由も獣人の事ですから」
「………へぇ、それは」
「非常に凶暴な獣人がこの辺りに潜伏していまして。見た目は幼い少女に見えますが、決して近付かないでください」
「………」
「しかし、安心して下さい。すぐに我々が獣人を処分してみせます」
「………話はそれだけですか?あいにく私は乱暴な獣人とやらに心当たりがないので」
「隊長!」
リックとゲオルのやり取りを隊長の後ろで黙って聞いていた他の騎士達の1人が唐突に大声を上げた。
ゲオルはため息を吐いてから背後を振り返ることなく答える。
「うるさいぞ、サモアド。都民の前だ」
「しかし、隊長!あの様子じゃそう遠くに行けないはず!この辺り一帯はくまなく捜索して、もう可能性があるのはこの家だけです!ここは家宅捜索をすべきです!」
「憶測だけで守るべき民を疑うことはできん。サモアド、民あってこその我らだ。間違っても自分達を上だと思うな。治安を守る我々が信用されなければ治安は悪くなる一方だぞ」
「し、しかしこのままだと手遅れに」
「サモアドッ!余計なことを喋るな!」
「グ、ゥ…すみません、隊長」
サモアドと言う名の騎士はゲオルの言葉におずおずと引き下がる。
ゲオルはサモアドが引き下がったことを確認すると目の前のリックに深々と頭を下げた。
「お見苦しい所をお見せしてしまいました。今回はご協力感謝いたします。もし、獣人を見かけたらすぐお知らせください。
では、我々はこれで失礼いたします」
ゲオルが踵を返してリックの家から離れていき、他の騎士も隊長の後ろに付いて離れていく。
だが、サモアドは隊の動きに逆らい、他の隊員の目を盗んでリックの元に近寄り、サモアドの行動に唯一気が付いた女性の隊員はオロオロとしながらもサモアドを追いかけ始めた。
リックは近づいてくる2人の騎士を警戒の視線を向けていると、視線の意味を察したサモアドは舌打ちをし凄みながらリックを睨む。
「おい、ガキ。隊長はああ言ってるが覚悟しとけよ。もし、お前があの獣人の小娘を庇ってんならタダじゃおかねぇぞ」
「サ、サモアドさん………まずいですよ。隊長にお、怒られますよ」
「うるせぇ、クラー。元はと言えばお前のせいだろ」
「いや、だって、その…仕方ないじゃ、ないですか」
「チッ、ムカツクな。とりあえず、お前は獣人を庇ってるとしたら今の内に自首することだな。こんな森の中に暮らしてるような奴だ。何しでかすかわかったもんじゃない」
「ダ、ダメだって、ホント。隊長いつも言ってるでしょ。治安を守る我々が信用されなければ治安は悪くなるって」
「いい加減に黙れ。そもそも、俺はその考え方も好きじゃない。下手に出て舐められたら本末転倒。治安を守る我々が舐められたら治安は悪くなる。本来はこうあるべきだ」
「だ、だからってあまり不用意に反感を買っても意味ないんじゃ」
「あぁ、うざい!おい、森暮らし!人間を裏切るってのなら容赦しないからな!次に会うときは異端として処刑する時か…俺がお前に対する無礼を隊長に詫びさせる時かだろうな!」
「サモアドさん…もしかして自信ないんですか?」
「うるせぇ、行くぞ!隊長に置いて行かれたらお前のせいだぞ、クラー!」
「えっ、ま、待ってくださいよ!」